マーケティング視点で考える日本市場の攻略

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日本の消費者は、世界一厳しい目を持っていると言われる。価格にも敏感で、品質にもうるさい。マニアやオタクと呼ばれるような、プロ顔負けの製品知識を持つ消費者も少なくない。「お客様は神様」という根強い価値観からか、普段は穏やかな日本人も、ひとたび自分が顧客の立場に立てば突如人が変わったように厳しい態度でサービス提供者に接してくることもある(最近ではカスタマーハラスメントが社会問題にもなっている)。世界中で成功を収めているグローバル企業にとっても、つかみどころのないこの日本市場を攻略することは簡単ではなく、頭を悩ませている日本法人のマーケティング担当者も多いのではないだろうか。

 

本稿では、日本市場を攻略するためのマーケティング戦略策定の4つのポイントについて述べる。外資系企業のマーケティング担当者だけでなく、長年日本市場でのビジネスやマーケティングに関わってきた日本企業の方々や、これから初めてマーケティングに挑戦しようというスタートアップ企業にとっても、この国のユニークなマーケットを再発見するような視点が提供できればと考えている。

ポイント おカネはありながら、消費意欲はない

「貯蓄から投資へ」という政府のスローガンが聞かれるようになって久しい。2003年の小泉政権の頃から使われているようなので、もうかれこれ15年以上も経過していることになる。未だにスローガンとして使われているということは、逆に言えばまだまだ十分に浸透していないということだろう。実際、投資どころか「貯蓄は美徳」という価値観に沿ってか、日本人が長年貯蓄し続けた結果、2017年時点での個人金融資産は1800兆円にも達している(図1)。つまり、今の日本市場には、決しておカネがない訳ではない。消費意欲がないだけなのだ。

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経営コンサルタントの大前研一氏は、いくら政府や日銀がおカネを供給しても吸収されない今の日本社会を「低欲望社会」と呼び、その特徴は下記の通りだと述べている(※1)。

  • ・もうこの先、経済が大きく成長することはないことが明らかになっている。
  • ・いくら物価が下がっても、消費意欲は上向かない。
  • ・物欲や成功したいという欲望もない。
  • ・3度の食事すら数百円で簡単に済ませる人が多い。
  • ・「オタク文化」が流行。

さらに大前氏は、これはデフレや不景気などを背景とした一過性の現象ではなく、「人類がかつて経験したことのない現象であり、日本で世界に先駆けて進行していること」だと指摘する。

このような感覚は、経済成長著しいアジアの国々や消費意欲の旺盛な米国の人たちには理解しがたいかもしれないが、日本市場でマーケティング戦略を検討するうえでは、まずこの現実を大前提として受け入れるというところから始めなければならない。

ポイント 単一民族でありながら、ターゲットは多様

米国やアジアの国々では、エスニシティ(民族)がターゲットセグメンテーションの軸として用いられることも多いが、単一民族国家とも言われることの多い日本の場合はエスニシティ軸がマーケティング上、考慮されることはほとんどない。そのため、「なんだ、シンプルでわかりやすい市場じゃないか」という印象を持つ外国人マーケッターも多いかもしれない。

しかし、しばらく日本で生活してみれば、それは大きな誤解であることにすぐに気が付くだろう。一見、似たような外見で似たような属性(デモグラフィック)を持っていても、細かく見ればその価値観(サイコグラフィック)は実に多様である。そのため、日本市場のマーケティングにおいては、属性ではなく価値観によるターゲットセグメンテーション軸の探索・設定が極めて重要なステップとなる。これが「言うは易し、行うは難し」で、実に難しい。

仮に「有職女性」をメインターゲットと設定した場合でも、このセグメントを共通のニーズを持つ一つの塊としてとらえるのはあまりにも乱暴であり、ここからさらに価値観別にメッシュを細かく切って分析をしていく必要がある。

例えば、博報堂のキャリジョ研(「働く女性」(キャリジョ)をテーマに、博報堂および博報堂DYメディアパートナーズの女性プラナーが立ち上げた社内プロジェクト)の調査では、キャリジョ・クラスターとして、働く女性を7つのタイプに分類している(※2)。

 

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■図2:博報堂キャリジョ研 「イマドキの”働く女性”進化論〜キャリジョ・クラスター分析〜

 

同じ「有職女性」であってもこれだけの幅があるのが、日本市場の特徴だと言える。

その他にも、近年の日本市場で注目されている、「エスニシティ」ならぬ「サブクラスター」とも言える層ついて、以下の通り例を挙げる。

●ソロ男(ソロダン)

独身20代~50代男性、親と同居していない単身世帯で、一人で自立・自給しながら、束縛のない自由なライフスタイルを楽しむ生活者を指す。趣味や自分の時間を大切にし、忙しく働くことで高い給料をもらうよりも、休日などゆとりが多い生活を好む傾向があるなど、年齢を超えて共通の価値観を持っていることが特徴。

これまで、女性に比べて「単身・独身男性」は、消費意欲が低く、新商品や新しい消費行動を受け入れてもらうことは難しいとされ、マーケティングのターゲットとしてのポテンシルは低いとされてきた。しかし、博報堂の調査によれば、「購買時に企業のマーケティング施策に高い反応を示す」、「一度決めたブランドを継続して買い続ける」、「計画的な買物をすることが多い」など、その高いポテンシャルが見直され始めている(※3)。

●パワーカップル

夫婦共働きで世帯収入が高く、購買力の高い層。定義は様々で、ニッセイ基礎研究所は「夫婦ともに年収700万円超で全体の約0.5%」(2017年)、三菱総合研究所は「夫の年収が600万円以上、妻が400万円以上で全体の約1%」(2018%)としている。特徴としては、SNSなどによる情報発信力が高く、周囲への口コミ波及力が高い点が挙げられる(マーケティング的には重要)。また、多少おカネをかけてでも時短グッズや時短サービスは積極的に活用し、家事代行などの外注サービスにも抵抗がないと言われる(※4)。

 ●新大人世代(※5)

「新大人研」が提唱している、従来のステレオタイプの「シニア層」とは異なる、新しいライフスタイルや価値観を持った40~60代のセグメント。従来のシニアを語る「人生下り坂」観は過去のものとなり、子供が独立して、いよいよやりたいことができる「人生これから」観の大人が主流となっていく時代の中で、近年、日本市場において存在感を高めてきている。今後ますます人口ボリュームの増加が見込まれる。

日本市場が全体として低欲望社会であると言っても、上記のような消費意欲旺盛なセグメントは今も一定程度存在する。彼らのニーズをとらえることができるかどうかが、マーケティングの成否を分けることになる。

 

ポイント 無宗教でありながら、伝統的価値観は根強い

多くの外国人は、日本は無宗教の国だと認識しているかもしれないが、実はそうではない。確かに、日本では政教分離が憲法によって定められているし、国民のおよそ7割が「特定の信仰を持っていない」という調査結果もある(統計数理研究所が1953年以来5年ごとに実施 している「日本人の国民性調査」より)。

しかし、実際には外国には見られないような日本独特の伝統的価値観というものは紛れもなく存在する。このような伝統的価値観は神道や仏教、さらには儒教や武士道などの価値観が複雑に絡み合って長い歴史の中で形成されてきたものであり、日本人自身もそれを「宗教」として特別なものとして認識しておらず、ごく自然に生活の中に溶け込んでいる。そのため、例えばインド市場におけるヒンズー教やインドネシア市場におけるイスラム教などと違って、外国人にとっては見えづらいことが多い。ただ、それを「宗教」と呼んでいるかどうかは別として、日本市場でマーケティングを展開するに当たって、考慮しておかなくてはいけない重要な要素の一つであることは間違いない。日本市場においてこれを無視するということは、イスラム教市場で食品のマーケティングをするのに、ハラル(イスラム法上で食べることが許されている食材・料理)を無視するのと同じぐらいのことである。

日本の伝統的価値観は多様で複雑だが、マーケティング視点で重要となる代表的な例として「モノを大切にする」ということが挙げられる。それを象徴する一つのエピソードがある。

「どうやったら野球が上手になりますか?」という小学生からの質問に対し、元メジャーリーガーのイチローは「バットやグローブなどの道具を大切にすることだよ。」と答えたそうだ。バットやグローブのみならず、ユニフォームやスパイクなど、ありとあらゆる道具をイチローが大切にしていることはよく知られている。同じ日本人からすると、さすがイチローと感心はするものの、誰もが子どもの頃に似たような価値観に触れたり教わったりした経験があるため、意外性はそれほどないはずだ。

ただし、日本人以外の外国人にとって、これは驚愕すべきことであるようだ。多くの外国人にとって、道具というのはただの道具にすぎない。大切なのは自分であり人間であって、道具ではない。そのため、バッターが凡退して怒りがこみ上げればバットをへし折ったり、ピッチャーが打たれればベンチにグローブを叩きつけたりするなどのことは、米国メジャーリーグでは日常茶飯事の光景である。ひどいときには、グローブを座布団のようにお尻に敷いて座る選手もいるらしい。そんな中、自分の道具は自分以外には触らせず、長い時間をかけて一つひとつ丁寧に手入れをするイチローの行為は異彩を放っており、米メディアも「まるで子どもに接するようにバットを大切にしている」と称賛していた。

このようなモノや自然を大切にしようという伝統的価値観は、幼少期から八百万の神に親しむ日本人にとってはごく自然の考え方だ。これをマーケティングの文脈で日本市場の特徴として言い換えれば、「モノ」や「所有」に対する独特な感覚ということになる。近年、シェアリングエコノミーの台頭が著しいが、その一方で「モノ」や「所有」に対するこだわりにも根強いものがある。このことは、「モノ」に対しても精神的な価値を見出す日本人の伝統的価値観と無関係ではない。

 

ポイント 先進国でありながら、中央政府による統制は強い

最後に、先進国でありながらまだまだ中央政府による規制が強く、それがマーケティング上のハードルになることが多いという市場特性についても触れておかなければならない。シェアリングエコノミーで世界中に破壊的イノベーションを起こしたユニコーン企業ですらも、日本市場においては規制の壁に阻まれ、思うように事業拡大することができていないことは注目に値する。

まず配車アプリのUBERについては、日本ではいわゆる「白タク」として道路運送法違反と見なされており、ハイヤーの配車など限定的なサービスしか展開できていない。日本の規制当局はライドシェア解禁には慎重な姿勢を崩しておらず、すぐに規制緩和されるとは考えにくい状況だ。最近になってUBERもついに方針を転換し、国内大手タクシー会社との連携を重視する戦略を打ち出しており、タクシー業界を完全にディスラプト(破壊)した海外市場とは全く異なる展開となっている。

また、民泊のAirbnbについても、日本事業は思うように伸びていない。2018年6月に住宅宿泊事業法(民泊新法)が施行されてから、営業日数が年間180日に限られるといった制約が設けられるなど、登録者の参加のハードルが高くなったため、登録物件数はピーク時の約6万2000件から一時約2万2000件まで減った(※6)という。また、全国の自治体では、地域住民への配慮から、民泊の宿泊数や場所などについて国よりもさらに厳しい条例を定めるところが相次いでいる。

日本では、いかに便利で安く革新的なサービスを提供したとしても、それが伝統的な業界モデルをドラスティックに破壊するものや、伝統的な国民生活の価値観に反するようなものであれば、いつ政府の規制の対象になってもおかしくはない。常に新しいことを追求する立場のマーケターには、そのリスクを念頭に置きながら意思決定をするという姿勢が求められる。

 

日本市場に即したブランド価値規定によってビジネスを再定義

「①おカネはありながら、消費意欲はない」、「②単一民族でありながら、ターゲットは多様」、「③無宗教でありながら、伝統的価値観は根強い」、「④先進国でありながら、中央政府による統制は強い」という4つのポイントについて述べてきたが、いずれも一見して矛盾をはらむような特徴ばかりで、外国人から見たら摩訶不思議に思えるかもしれない。しかし、これが「ここがヘンだよ日本市場」の実態だ。

これらのポイントをよく理解した上で成功を収めた最近の例として、フリマアプリのメルカリが挙げられる。メルカリは、元々は欧米由来であるフリーマーケットの文化を、「『捨てる』をなくす」という日本市場に即したブランド価値によって再定義した。これが日本人の「もったいない」価値観(インサイト)に見事に突き刺さり、フリマアプリとしては後発であったにも関わらず飛躍的に拡大した。このような、日本人のインサイトを突いたブランド価値規定による自社ビジネスの再定義こそ、マーケターが手本とすべきアプローチである。

本稿で述べたような日本人独特の価値観や日本市場のユニークな特徴をマーケターがうまくとらえることができれば、海外発の商品やサービスであっても日本のローカル文化に馴染む形でビジネスを再定義することが可能となる。日本市場の攻略を目指すマーケターには、ぜひ実践してほしい。

 

 

 

※1:「低欲望社会 「大志なき時代の新・国富論」」 大前研一 2015

※2:「イマドキの”働く女性”進化論〜キャリ女・クラスター分析〜」博報堂キャリ女研 2018 (http://career-woman-lab.com/assets/pdf/cluster.pdf

※3:「ソロ活動系男子研究プロジェクト」博報堂 2014(https://www.hakuhodo.co.jp/archives/newsrelease/18193

※4:ニッセイ基礎研究所2017.8 (https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=56482&pno=2?site=nli

産経新聞2018.11 (https://www.sankei.com/life/news/181115/lif1811150011-n1.html

※5:新しい大人研究所(http://h-hope.net/

※6:SankeiBiz 2019.2(https://www.sankeibiz.jp/business/news/190227/bsd1902270500002-n1.htm

 

 

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