一般に、アジア女性の価値観は「家族主義」を中心とし、経済の発展・成熟とともに「経済主義」「生活享楽主義」と変化していく傾向がある。これまでアジアの新興国が経済発展をとげる過程において、高級ブランドは経済的に豊かな成功者のステイタスシンボルとして所有されていた。現在、多くのアジア市場の成熟化が進む中で、ステイタスシンボルとしてのブランドの意味が薄れ、ブランドに投影したい意味や役割が分かりにくくなっているのではないかと考えている。本コラムは、博報堂生活者データベース「Global HABIT」のデータと、各国の普遍的価値観の文化的考察を基に、現在のアジア消費者における価値観とブランドの意味を読み解いていきたい。
また、アジアの国別の特徴やブランド事例はレポートにまとめており、詳しくはレポートを参照されたい。
まずはじめに、価値観の変遷として3つの主要な価値観を紹介したい。
1) 希釈化する伝統的価値観 「家族主義」
アジア諸国の「女性の価値観」という言葉を聞いて、第一に思い浮かぶのは「家族を大切にする」という価値観ではないだろうか。歴史的・文化的にもアジア諸国は信仰する宗教は異なるものの、どの宗教においても家族を大切にする意識が根付いている。実際、Global HABITにある「なりたい女性像」の評価項目の一つである「家族のことを一番重視する女性」は2009年の時点では全ての国で最も高い項目のひとつであり、アジア女性の特徴となっていた。しかし、それが大きく変動しており、2017年にはすべての国で低下している。
(図1)Global HABIT「なりたい女性像:家族のことを一番重視する女性」2009年、2017年比較
2) 伸張する「経済主義」と上昇志向
自国の経済が発展するとともに、自分も経済的に豊かな生活をしたいという気持ちと、そのための上昇志向が強くなる。それを裏付けるように、生活価値観における「お金は成功のシンボルだ」という価値観は、特にタイで大きく伸張している。また「家族との時間を多少犠牲にしても、仕事で成功したい」という強い上昇志向はシンガポール、ベトナム、インドで相対的に高く、伸長している。タイは伝統的に国民気質として楽観的でマイペースであると言われており、他のアジア諸国と比べて上昇志向は高くないものの、経済的な豊かさを実現したいという意識は急増している。一方で興味深いのは、シンガポールで「お金を成功のシンボル」と考える人が若干減少していることである。シンガポールは建国以来、経済的成功を追求してきたが、一定の成功を収めた今「お金至上主義」とも言える考え方が若干希釈化している。
(図2)Global HABIT「経済主義的な価値観:2009年、2017年比較
3) 経済主義の先にある生活享楽主義
他国と比べ経済的な豊かさが圧倒的に高いシンガポールで、「楽しさ、面白しさを求め、生活をエンジョイしたい」「自分の感性や感覚を磨いていきたい」という価値観が、大幅に上昇している。このことは、経済的な豊かさが一定水準に達することで、家族や仕事での成功だけでなく、自分らしい生き方を追求したいという意識が高くなることが示唆される。また、自分の感性や感覚を磨きたいという価値観は、中国、タイ、インドでも大きく伸長しており、経済発展による価値観の変化とみてとれる。
(図3)Global HABIT「生活享楽主義的な価値観:2009年、2017年比較
2. アジアの普遍的な文化的価値観
アジア諸国の文化的特徴を把握するために、オランダの社会学者Geert Hofstedeが開発した各国の国民性を評価する指標として広く知られている価値観分析についても触れておきたい。提示されていている6つの指標の内、アジアの特徴と言えるのが、「Power Distance上下関係の強さ=権力格差の大きさ」、「Individualism 個人主義の低さ=集団主義の強さ」である。
この指標における集団主義とは、「生まれた時から自分は集団に属しており、その集団に貢献することが求められる」という価値観であり、集団主義が根付くアジアでは、たとえ経済発展が進み、人々の関心が自己の内面の充実や自己表現に向かうようになっても、アメリカのような個人主義的価値観になるとは考えにくい。一方で、自分が満足できるように行動し、お金を使い生活を楽しむことを許容するという「Indulgence快楽主義」の価値観については、シンガポール、タイがアジアの中では比較的高い。また、中国とインドについては、社会規範に沿った行動をするように自分を抑制する意識が強く、周囲からどうみられるかということを強く意識している。
(図4)Hofstede, Geert
各国に特徴的な価値観を理解するキーワードとして以下がある。
・シンガポールは、人材が唯一の資源と位置づけられており、競争的な教育システムを通じて「エリート」を育てることに焦点を当ててきたため、シンガポール人は「負けることに対する恐れ」があり、「キアス」という独特の文化が醸成された。
・中国は集団主義的価値観が強く、面子を大事にするが、面子を保つ根拠が「経済的成功」だけではなく、「内面的な豊かさ」の証明である知性・教養を示すことに変化している。つまり「理想的な自己」が変化しており、「内面も外見も自分をよくケアしている・できる人」がコミュニティ(圈子)に適合する新しい理想的なイメージとなっている。
・タイでは多くの国民が仏教徒であり、仏教は自己を世俗的な欲から切り離し、物資的な世界との距離を置くことを説いているため、多くのタイ人は自分が謙虚で非物質的であると認識されるように努めている。
・ベトナムは、儒教の影響を強く受け、他者からの評価と名誉は重要な価値観であり、ベトナム人に長く伝わる「虎は死して皮を留め、人は死して名を留む」はベトナム人がいかに名誉を大事にするかということを現している。
・インドの価値観は両極端の価値観も包括する豊かな受容性があり、アジアの特徴である集団主義と個人主義の両方の側面を持っている。仏教的価値観もこの両軸を内包しており、社会や家族に対する忠誠心を美徳とする一方で、議論や対話を通じて自己の考えを表現することが奨励されている。また、欧米の影響を受けた個人主義は、欧米諸国との交流の増加に起因するもので、米国に代表されるグローバル企業で働く英語圏の大学卒業生に顕著にみられる。
シンガポール |
キアス KIASU |
中国 |
面子 |
タイ |
仏教的価値観 |
ベトナム |
名誉 |
インド |
包括性 |
3. アジアにおけるブランドの意味と、日本企業への示唆
最後に、まとめとして各国のブランドに対する意識の違いを比較したい。
5カ国におけるブランドの意味として主要な軸が3つあるといえる。1つ目の軸は「社会的ステイタスを現す成功のシンボル」という動機である。この特徴は、グローバルブランドに強い憧れがあるインドや、社会での面子を重視する中国、ベトナムで顕著であり、経済水準が上がる中で自分が上のクラスに属していることを示したいという欲求が、定評あるブランドの所有の動機となる。
2つ目は「高いVFMや安全性を表す信頼の証」である。ベトナムにおいては、基本的な商品の品質や安全性に懸念がある中で、定評のあるブランドが選ばれており、シンガポールでは、定評あるブランドだから買っておいて損はないというキアスの価値観から選ばれている。
3つ目は「自分の感性や価値観の投影」である。特に経済水準が高いシンガポール、タイ、中国において共通する動機であり、ブランドが表現しているスタイルや価値観が、自分の感覚や理想とする生き方に合っていると感じることが、ブランドの購買動機となる。ミレニアル世代では、社会的な責任を果たしているかどうかも重要な評価基準となる。
この3つをまとめると以下の図になる。
以上のように、経済的発展に伴う価値観の変化と、文化的特徴を念頭に入れておくと、後述する各国の価値観の変化とブランドの意味が理解しやすくなると考えている。
アジアにおけるブランド戦略への示唆
今後の動向としては、特に自己投影のためのブランドの価値としては、ミレニアルやGen Zと呼ばれる新しい世代に向けてグローバルで共通して共感される価値観を体現し、社会的なメッセージを発信するブランドが支持されていく方向と、各国での愛国心の高まりとローカル製品の品質向上に伴う、各固有の文化や生活習慣に根ざした共感性という、全く異なる2つの共感性に対する対応が求められると考えられる。これに対処するためには、まずグローバルでのメガブランドを目指し、社会における普遍的なメッセージを世界に投げかけていくのか、各国の生活者インサイトに根ざしたローカルブランドを目指すのかを明確に決めることが必要である。ベトナムやインドにおいても、今後経済水準が急速に向上するにつれて、自己投影としてのブランドの価値が重視されることが予想されるため、このような判断はますます重要になると考える。
また、ステイタスシンボルとしての価値については、中国でのグッチの事例や、ベトナムでのiPhoneの事例において共通してみられる希少性のコントロールという視点がますます重要になると考える。普通の人には理解できないかもしれないが、自分はその価値がわかると感じられるような尖ったデザイン、特定の人しか保有することができない限定性を意図的に演出することは、ソーシャルメディアやインターネットで世界中の情報が即時に広まり入手できる社会であるからこそ、ますます重要になると考える。以上のように、New Normalによって起こる生活の変化は新しい事業機会を生み出す。
国によってコロナによる影響は異なっており、また、ご自身の所属する企業・業界によっても事業機会は異なると思われる。この機会に改めて各国における事業環境を見つめ直し、長期的な視点で事業機会を検討し会社の変革を促すことが出来れば、このような世界的な未曾有の危機をも、自社の機会として捉えることが可能なのではないだろうか。
国別の具体的な特徴やブランド事例を参照されたい方はレポートをご参照いただきたい。
また、当社では個別マーケットのデータ提供やプロジェクトのご相談も行っている。上記のようなテーマについて、貴社でご検討されるときは、ぜひお声がけいただきたい。(ご相談はこちら)
Global HABITは、2000年からアジアの主要都市を中心に定期的に実施している博報堂オリジナルの生活者調査の データベース。Global HABIT調査 では、「同一の生活者」(シングルソース)に、ライフスタイル、価値観からメディア接触、購入態度、様々な カテゴリーのブランド使用状況や意識を聴取。
本レポート調査都市:シンガポール、タイ(バンコク)、ベトナム(ホーチミンシティ)、中国(上海)、インド(ムンバイ)。分析対象は女性で総数は14,367人。
参照文献・Website
1. Euromonitor. ( Accessed for data on GDP, GDP per capita for each country)
2. Hofstede, Geert. ( Accessed for framework to compare values across countries based on 6 dimensions, namely: Power Distance, Individualism, Masculinity, Uncertainty Avoidance, Long Term Orientation and Indulgence). Retrieved August 28, 2020 from, https://www.hofstede-insights.com/product/compare-countries/