ここ10年の間、商品、サービス、金融資本、人材そしてデータのグローバルな取り引きは、世界全体のGDPの少なくとも10%、2014年だけを見ても7兆8千億米ドルに達している。[*1]
例えばアジアを見ると、韓国では2015年のGDPの46%、マレーシアでは同71%が商品やサービスの輸出からもたらされている。[*2] 今日、グローバルな貿易や金融の成長は鈍化し、かつての急成長を取り戻すことは期待できない。グローバリゼーションは、これまでとは異なる方向に向かい、急増するデータや情報の流れを特徴とする新しい局面を迎えている。[*1]
言い換えるなら、グローバリゼーションがデジタル化した、ということだ。[*3]
多国間のデータのやり取りは、過去10年間における世界の貿易額の3分の1以上を占め(世界の貿易額総計7兆8千億米ドル中2兆8千億米ドル)、2020年までに9倍に増加すると予想されている。[*1] 世界の商品貿易額の12%はEC(電子商取引)によるものであり、世界のサービスの50%はデジタルで取り引きされている。[*1] そして、フェイスブックやインスタグラム、ピンタレストといったSNSでの投稿、交流、会話や、アマゾン、タオバオ、Ebayなどのオンライン・マーケットプレイスでの買い物を通じて、生活者自身が、国境を越え多くのデジタル情報を生み出している。
現在も続くグローバリゼーションの波は、多国籍企業にも各国の経済にも多くの恩恵をもたらした。増え続ける投資の流れと勃興しつつある市場の門戸を開くことは、発展途上国における経済成長と生活水準の改善につながった。[*4] 企業側も、グローバル戦略を採用することで、顧客層の拡大、製造における規模の経済の創造、未開拓の市場の開拓、事業の多様化、そして熾烈な国内競争への対策など、そのメリットは多岐にわたる。
しかしグローバル戦略を実行するためには、異なる制度や市場の不確実性(経済や政情の不安定)、現地協力機関の選定、人材の発掘、そして文化や言語の異なる生活者の多様なニーズといった、海外市場で待ち受ける様々な困難を乗り越えるための適切な取り組みと人材が不可欠だ。有名ブランドを持つ多国籍企業が、強力な資本と経営実績をひっさげて海外に展開しようとして失敗した例は枚挙にいとまがない。ヨーロッパ、中国、トルコへの進出を試みたBest Buy、カナダにおけるTarget、韓国のWalmart、中国でのHome Depotといった例はそのごく一部だ。[*5] 失敗の大きな要因となるのは、現地の競合環境と地元の生活者のニーズを十分に理解していなかったことにある。ベストバイは米国で成功を収めた「ビッグボックス」コンセプトをヨーロッパに持ち込んだが、ヨーロッパの生活者は巨大店舗よりも小規模店舗を好むことを理解していなかった。[*6]
Ebayは中国人生活者における「関係(グアンシー)」の重要性を考慮していなかったために、TaoBaoに敗れた。中国の生活者は単なる取引上の関係を超えた、売り手と買い手の間の関係性を信頼の拠り所とする。しかし、Ebayのサイトでは売り手と買い手の間で直接の交流は不可能だった。[*7] 複数の企業が、翻訳ミスや特定の文化でネガティブな意味合いを持つ色を使用してしまうといった、異文化適応での失敗によって起きる困難に直面している。例えば、KFCの“finger-lickin’ good”が中国語で「あなたの指を食いちぎりなさい」と訳されたり[*8]、ペプシは自販機やクーラーボックスの色を濃い「リーガルブルー」から、東南アジアで死や弔意を表す薄い「アイスブルー」に変えたり[*9] 、といった具合だ。
企業が異なる文化圏で異なる価値観や習慣を持つ生活者に対応する際に、顧客中心主義はますます重要になる。市場に様々なブランドが溢れている現在、豊富な選択肢を持つ生活者は、製品がもたらすソリューションに注目するようになる。事実、過去5年から10年の間に、ブランド・ロイヤルティは次第に希薄なものとなり、一方で、異なるニーズに応じて、特定の課題に対応するソリューションを提供する複数のブランドに人々の関心が分散する傾向が強まった。そのため、自社のブランドが、どの生活者グループのどのような課題を解決できるのかということをもっとよく理解するべきだ。それに加えて、企業は国を超えて起こっているメガトレンドについて理解することも重要である。メガトレンドとは、グローバルでかつ継続的なマクロ経済の潮流で、ビジネスや経済、社会や文化、個人の生活にいたるまで影響をおよぼす。将来の主要な顧客層となるジェネレーションY(現在15歳から34歳までの世代)はその一例だろう。2020年までに世界全体で25.6億人に達するこの世代は、個々人の嗜好に合ったものを好み、テクノロジー使いこなし、常にネットにつながっている。そして都市志向が強く、環境意識が高い一方、要求が高く、忍耐力がないといった特徴がある。メガトレンドのもう一つの例は、究極の利便性に対する要求がますます高まっていること。それにより、複数のチャネルを連携させたシームレスなカスタマージャーニーを可能にするオムニチャネルサービスが人気になっている。
現地でのパートナーシップの活用
現地の生活者のインサイトを得て、理解を深める手段の一つとして、現地の協力会社(者)をパートナーとして味方につけるという方法がある。彼らは製品やブランドが新しい市場に参入するために必要なコネクションを持っており、かつ現地の社会的規範や文化的価値観に関する情報源ともなる。しかし、長期にわたる安定した協力関係を確かなものにするには、これらの協力会社(者)を慎重に選別することが極めて重要となる。成功例も失敗談も枚挙にいとまがない。例えば、シンガポールを代表する外食グループであるTung Lokグループは、インドネシアでは地元企業と提携して成功したが、中国では同様の成功は叶わなかった。またグル―ポンはTencentを中国におけるパートナーに選んだのは優れた選択だったが、中国全土の事業運営を現地の人材ではなく、外国のスタッフに担当させた結果、その協力関係をフルに活かすことが出来なかった。[*10]
それゆえ、組織内で中国市場の文化的機微・ニュアンスに対する理解に欠け、誤った判断が重なってしまった結果、中国国内で13の事業所の閉鎖と人員400人の解雇という事態になった。他にも海外市場に対応するために優秀な現地の人材を雇用しながら、戦略的な決断においては現地からの意見を尊重せずに不幸な結果をもたらす例がしばしばある。[*11]
異文化間の違いをマネージする
それでは、企業がアジア市場に進出するにあたって、特に留意しなければならない点は何であろうか?まず肝に銘じておく必要があるのは、アジア各国間の生活者の多様性であろう。アジアコンシューマーインサイト研究所(Institute on Asian Consumer Insight: ACI)が行ったアジア10カ国の研究によると、宗教や伝統、娯楽や仕事の成功に対する意識の違いは多々あり、購買行動や将来の見通し、価値観における差異につながっている。そしてアジアの生活者はいくつかの共通点 ―家族や預貯金、将来の人生設計を重視する点やセレブリティの際立った人気など― はあるにしても、相違点がしばしば共通点を凌駕する。
次に、かつて伝統的だった国の若い生活者は、以前よりもはるかに国際的になっており、西洋的な文化や嗜好を取り入れようとしている。CBREの調査によると、アジアのミレニアル世代は増え続ける可処分所得も手伝って、西洋的なファストカジュアルレストランで外食をし、海外旅行を楽しみ、稼いだお金を娯楽に使う傾向が北米やヨーロッパの同世代よりも強くなっている。[*12] 事実、2024年までにアジアのミレニアル世代はグローバルの消費者市場を牽引するようになり、2025年には旅行業界の成長を牽引するようになると予想されており、インド、中国、マレーシア、タイそして韓国といった主要市場において、国際便の利用者数が急増すると考えられている。[*12]
三番目に、ビジネス慣習の文化的規範を読み違えることで起こる重大な過ち ーグルーポンが身をもって体験したようなー を避けるべく、企業は注意深く行動しなければならない。中国一のショッピングサイトになるために、彼らは米国で成功した競合企業のトップクラスの社員を引き抜き、資産を増やすというアグレッシブな戦略をそのまま中国にも持ち込めると考えた。例えば、中国最大の共同購入サイトを運営するラーショウ(拉手)グループを買収しようとして巨額の資本を投じたが、現地ではそれは西洋の傲慢と映り、中国の複数の共同購入サイト企業が協力して企てを阻止。それがグルーポンの中国進出計画の失敗につながった。
スタートアップ企業にとってのチャンス
これらの避けられない困難はあるものの、企業にとって、現代はグローバリゼーションがリアルからデジタルにシフトし、様々な国の顧客を獲得することのできる時代である。今日ほど、小規模の企業であっても、グローバル市場に挑戦するのが容易な時代はいまだかつてない。過去数年の間に、いくつものスタートアップ企業があっという間にグローバル市場に進出した。例えば、2009年創業のウーバーは現在81カ国581都市で事業を展開している。Airbnbは2008年以来、191カ国3万4千都市で人々をつなげてきた。さらに、国際貿易の恩恵を享受したい国々の政府は、これまで以上に海外進出の支援に熱心だ。しかし、適切な方法と支援なしには、企業は成功しえない。現地市場の成長が著しい場合は特にそうだ。グローバル市場で成功するには、正しい戦略と異文化における生活者意識・行動への理解、企業の多国籍化に適応できる人材が必要だ。そして、企業が陥りがちな過ちを回避し、成功の可能性を最大化するには、現地市場に精通したパートナーからの的確な助言が不可欠である。
※本コラムは、アジアコンシューマーインサイト研究所(Institute on Asian Consumer Insight: ACI)の情報ポータルサイト「Insight+」に2017年7月19日付で掲載された記事 ”The Pros and Cons of Adopting a Global Commercial Strategy” を博報堂コンサルティングが和訳して転載しております。
http://www.mckinsey.com/business-functions/digital-mckinsey/our-insights/digital-globalization-the-new-era-of-global-flows
*2:The World Bank “Exports of goods and services”
http://data.worldbank.org/indicator/NE.EXP.GNFS.ZS
*3:Harvard Business Review “Globalisation Is Becoming More About Data and Less About Stuff” (by Susan Lund, James Manyika, and Jacques Bughin: 2016)
https://hbr.org/2016/03/globalization-is-becoming-more-about-data-and-less-about-stuff
*4:Yale Insights “How has globalisation benefited the poor?” (by Nina Pavcnik: 2009)
http://insights.som.yale.edu/insights/how-has-globalization-benefited-the-poor
*5:Forbes “Expanding Retail Overseas: 3 Lessons from Best Buy, Walmart and Home Depot” (by Bryan Pearson: 2016)
http://www.forbes.com/sites/bryanpearson/2016/06/10/expanding-retail-overseas-3-lessons-from-best-buy-walmart-and-home-depot/2/#577951761d26
*6:Business Insider “Best Buy’s Overseas Strategy is Failing in Europe and China” (by Aimee Groth: 2011)
http://www.businessinsider.com/best-buy-europe-2011-11?IR=T&r=US&IR=T
*7:ReadWrite “Why major American corporations have struggled in China: eBay” (by Clayton Jacobs: 2017).
http://readwrite.com/2017/02/20/why-major-american-corporations-have-struggled-in-china-ebay-il1
*8:Business News Daily “Lost in Translation: 8 International Marketing Fails” (by Chad Brooks: 2013)
http://www.businessnewsdaily.com/5241-international-marketing-fails.html
*9:Campaign Asia “Cultural blunders: Brands gone wrong” (by Mike Fromowitz: 2013)
http://www.campaignasia.com/article/cultural-blunders-brands-gone-wrong/426043
*10:Tech in Asia “4 Mistakes Behind Groupon’s Failure in China” (by Julia Q. Zhu: 2011)
https://www.techinasia.com/4-mistakes-behind-groupons-failure-in-china
*11:Harvard Business Review “The Most Common Mistakes Companies Make with Global Marketing (Nataly Kelly: 2015)
https://hbr.org/2015/09/the-most-common-mistakes-companies-make-with-global-marketing
*12:Asia Today “Asian Millennials: The New Big Spenders in Global Consumer Market” (by Lee Mi-hyun: 2017).
http://www.huffingtonpost.com/asiatoday/asian-millennials-the-new_b_12937942.html