<第2回> ライフネット生命のビジネスモデルとビジネスライフ―生命保険業界に持ち込まれた新たなビジネスモデル

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2016年8月3日にアークヒルズWIRED Lab.にて開催されたビジネスモデル学会イブニング・セッションの内容を、3回にわたり連載いたします。
インターネット生命保険のパイオニアであるライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長の出口治明氏と、博報堂コンサルティング 取締役フェロー/明治大学大学院グローバルビジネス研究科教授の首藤明敏が、「ライフネット生命のビジネスモデルとビジネスライフ」をテーマに深い話を繰り広げました。(以下敬称略/全3回)


第2回 生命保険業界に持ち込まれた新たなビジネスモデル

 

1. 缶ビールのビジネスモデルで起業

出口: では、日本を良くするために、僕は何ができるのか?「世界経営計画のサブシステム」という視点で考えた時、僕はたまたま日本生命に入って生命保険しか知らないので、じゃあゼロから保険会社を作って、保険料を半分にして、若い人たちに安心して赤ちゃんを産んでもらおうと思い、ライフネット生命を60歳で立ち上げました。

保険料を従来の半分にしたわけですが、これは缶ビールのビジネスモデルです。缶ビールはだいたい200円くらいですよね。でもカフェや居酒屋で飲めば500円ぐらいします。同じ味ですよね。カフェや居酒屋のビールの方が、アルコール度数が高いとかおいしいということはないでしょ。でも皆さんお金を払う時に、200円で買えるものをなぜ500円も取るのだ、300円返せとどうしてネゴされないのでしょう?分かっているからですよね。家賃・光熱費、それから何よりも働いている方々の人件費が乗るから。ライフネット生命もそれと同じです。なぜ保険料を半額にできるのかといえば、インターネットを通じて皆さんが缶ビールを買ってくださるからです。

 

2. 信頼を得ることの重要性と難しさ

こうして生保業界に新しいビジネスモデルを持ち込んだわけですが、一方で問題点もあります。先日大阪で講演を行った後、懇親会である若い男性が僕のところにやって来て、「ライフネット生命に入りたかったのだけれど、嫁さんに却下されてしまいました。残念です」と。僕もそれを聞いて残念だったのですが、奥様はなぜ反対されたのですか?と聞くと、こう言われたそうです。「『あなたがライフネット生命に入りたいと言うから、ホームページをちゃんと見たよ。いい会社みたいね。でもあなたは甘い。この会社を作った出口さんは、もう70歳近い方。あと2~3年で死んじゃうかもしれない。私たちはまだ30歳で、病気になるとしても40代、50代になってから。それまでこの会社があるかどうか分からない。悪いことは言わないから郵便局にしなさい』と言って押し切られてしまい、かんぽ生命に入りました」と。

この奥様は、まさにライフネット生命の問題点を的確に理解されています。世界中見てもインターネット生保はありません。インターネット銀行・インターネット証券・インターネット損保はあるのに、なぜインターネット生保がないのかと言えば、銀行・証券はクリックしたら取引が終わり、損保は1年契約なので気楽に買えるのですが、生保はメインの商品が終身、短くても10年単位なので、会社を信頼してもらえなければ買ってもらえないのです。

テレビコマーシャルで会社の名前を売ることはできても、信頼を売ることはできない。そこが難しくて世界中どこにもなかった。じゃあどうやって信頼を得てきたのかと言うと、正直に言って未だにいい解は見つかっていません。ただ一つわかったことは、会社のことを信頼してもらおうと思ったら、僕を含めて140人の社員が「我々はこんな会社です」と言い続ける以外に誰も代わりに言ってくれないということです。だから僕は、日本生命にいる時は本もブログも書いたことがありませんでしたし、講演もしたことはありませんでしたが、今は、本を出版し、TwitterやFacebook、ブログもやっています。そしてあちこちで、Twitterをフォローしてください、Facebookで「いいね!」をクリックしてください、僕の本を読んでください、ブログを読んでください、そして10人以上集まればどこへでも話をしに行きますと率先してPRしています。トップの僕が発信を続けることが、お客さまにライフネット生命を信頼していただくために何より重要だと思うからです。

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3. 想像以上に増えなかった池の水

首藤: 少し耳の痛い話もあるかと思いますが、直近の業績について聞かせてください。2015年度の決算発表資料を拝見すると、経常収益は保険契約の伸張に伴い増加をしています(図1)。ずっと赤字続きでしたが、今は黒字になっていますね。
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図1:ライフネット生命の経常収益 (出所:ライフネット生命保険株式会社「2015年度決算説明会資料」)

 

出口: はい。

首藤: ただ、一方で課題もあります。新規契約件数です。創業して3~4年はガガガガっと伸びていたのですが、2012年ぐらいから伸び悩んでいますね。特に直近3年間は新規契約数が伸びていません(図2)。
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図2:ライフネット生命の新規契約件数/年換算保険料 (出所:ライフネット生命保険株式会社「2015年度決算説明会資料」)

 

出口: 池の水が想像以上に増えない中で、釣り竿が2本から10本に増えたということが全てを物語っていると思います。開業当時は、インターネット生保は2社だったのですが、インターネットには将来性があるということで、他社がどんどん参入してきて、今は10社になりました。ただ、インターネット生保のマーケットはそれほど伸びていません。売上を公表していない企業もありますが、2015年末時点でのライフネットの売上が約94億円。インターネット生保業界10社の総売上は、最大に見積もって約250億円程度と言われています。250億の中で我々は94億を取っているわけですが、生保業界全体の売上は40兆円あるわけですから、そこから見ればこの数字はとてつもなく小さい。池の水が想像以上に増えなかった中で、先に釣り竿が増えてしまったということです。

では、なぜ池が大きくならなかったのかというと、いろいろな要因があるのですが、1つ考えられるのは東日本大震災です。実は生保業界というのは、僕が日本生命に入社してから、監督官庁である当時の大蔵省、今の金融庁に褒められたことが一度もない業界なんです。セールスレディの大量脱落・大量導入問題や個人情報の遺漏、保険金殺人、保険金不払い・・など、良くない話題でメディアを賑わせてしまうことはあっても、褒められたことはまずありませんでした。でも、東日本大震災の時に初めて、当時の麻生金融大臣から10回以上も褒められました。生保会社は安否確認にセールスレディを動員し、市民の皆さんに安心感を与えた、よくやったねと。このことを生保業界の幹部は喜んで、日本中に吹聴していますから、いざという時にはやっぱり人がいた方が安心だよね、生保は人から買った方がやっぱり安全だよねという人々の意識がそこで少し強化されたのだと思います。

これは数字でも明らかなんです。東日本大震災の前に生命保険文化センターで実施した調査では、「今後インターネットで保険に加入してもいい」と答えた人が1割を超えていたのですが、昨年(2015年)の調査では1割を切っているんです。こんな業界はあまりありません。もちろんこれは1つの仮説で、これだけが理由ではないと思いますが、要因のひとつだとは思っています。

 

4. 意識と行動の段差

首藤: インターネットチャネルの加入割合を見ると、2012年までは伸びていたのに、2015年には確かに減っています。加入意向も少し下がっているというお話ですが、でもまだ高いですよね(図3)。
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図3:インターネットチャネルの加入割合と今後の加入意向 (出所:生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」)

 

出口: おそらくこれは、総論と各論の問題だと思います。一般論として、デバイスも進化しているし、これからはインターネットが便利でいいよねという考えと、実際に生命保険に自分が加入するとなった場合、インターネットというチャネルを選択するかは別の問題になると思います。

首藤: でもデジタルトランスフォーメーションというキーワードがあるように、あらゆる市場がインターネットで塗り替えられていくという流れがありますよね。例えば、全レンタカー会社の時価総額をウ―バーが一気に超えてしまったとか。

出口: 人間とは面白いもので、頭で理解することと、実際に行動に移す時の意識には大きな段差があるんですね。特に生命保険については、土着性が強いとかいろいろなことが言われているのですが、1回入ってしまったら普段それほど真面目に考えないという性質があって、粘着性が非常に強いのです。

僕が一人で講演をやる時には、通常FacebookやTwitterでお客さまを集めるのですが、来てくださる方はライフネット生命に少しでも興味を持ってくださっている方がほとんど。でもその中で、実際にライフネット生命に加入されている方は驚くほど少ない。ですから、そこには意識と生命保険への加入という行動に、理屈ではない段差があるのだと思います。社会常識の壁って本当に厚いと感じます。

首藤: その壁をどう超えるのかというのが課題ですね。

出口: そう思います。

首藤: 保険加入者はシニアの割合が高いと思いますが、自分でインターネット保険に切り替えるのは面倒という方も多そうですね。

出口: スイッチングコストが高いんですね。それから、その層は生活にゆとりがある方も多いので、保険料についてはあまり神経質ではないのだと思います。

首藤: それでは、スイッチングの作業自体を全て引き受けるということはできないのでしょうか?

出口: 契約の切り替え代行ということですね。これは逆に、インターネットという点がネックです。人がいれば代わりにやることができるのですが、4~5本契約されている方もいらっしゃいますので、それを全てチェックして切り替えるということは、インターネットではなかなか難しいですね。

首藤: そうなんですか。住宅ローンの借り替えサービスのように、何かいい方法もありそうな気がしますが、やはり難しいですか?

出口: 住宅ローンは、金利と金額のみなので、実はものすごくシンプルな商品なんです。でも生命保険は、保険会社によって全て内容が異なります。生命保険会社は、実はメガバンクの4~5倍の規模のシステムを持っているんです。年齢によって保険内容も変わってきますし、しかも契約1件1件にセールレディを紐付けしていますから、システムが膨大になるんですね。でも、工夫はできるかもしれません。

 
【参考】
  • ライフネット生命保険株式会社「2015年度決算説明会資料」 http://ir.lifenet-seimei.co.jp/ja/library/presentations.html
  • 生命保険文化センター「生命保険に関する全国実態調査」 http://www.jili.or.jp/research/report/zenkokujittai.html

≫ 「第3回:ビジネスモデルと成長ストーリーの再構築」に続きます


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ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長 出口 治明氏

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。

■主な著書
「生命保険入門 新版」(岩波書店)
「生命保険とのつき合い方」(岩波新書)
「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社)
「働く君に伝えたい『お金』の教養」(ポプラ社)
「『働き方』の教科書」(新潮社)
「日本の未来を考えよう」(クロスメディア・パブリッシング)
「『全世界史』講義Ⅰ・Ⅱ」(新潮社)
他多数


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