【対談】パーパス×ブランディングで変革する、日本企業の生き抜き方とは ――岩嵜博論氏×森門教尊

  • 事業変革

パーパスといえば、もはや日本のみならずグローバルにおいて動かざるコンセプトになりつつある。今回は、書籍「パーパス『意義化』する経済とその先」の著者であり、ビジネスデザイナーとして早くからパーパスを日本に紹介されている、武蔵野美術大学教授の岩嵜博論氏を迎え、企業におけるパーパスの位置づけからパーパス策定の勘所、それがブランディングに与える影響や具体的な方法論について、当社パートナーの森門教尊が詳しくお聞きする。


1.なぜ、現代の企業は「パーパス経営」を志向するのか?

世界的に加速するサステナビリティの課題と企業の社会的責任

森門:
岩嵜さんは、パーパスをいち早く日本に紹介されていましたよね。そしてその後、多くの企業がパーパスを志向するようになっていったと思います。改めて、これだけ多くの企業が「自社でもやりたい」と手を挙げるようになった理由は何だとお考えですか。

岩嵜:
私の書籍「パーパス『意義化』する経済とその先」は佐々木康裕氏と共著なのですが、もともと私たち2人の関心は「未来のビジネスの姿」というテーマで、その探索をする中でパーパスというコンセプトが出てきました。パーパスは今、グローバルのビジネスが共有する重要なイシューになり始めています。私たちは、グローバルで議論されていることと同水準のことを日本でも議論しようという想いが強く、この「未来のビジネスの姿」と「それを世界ではどう議論しているか」をかけ合わせて探索すると、自ずとパーパスというコンセプトに行きつきました。

では、なぜ世界のビジネスはパーパスを志向しているのかというと、やはりサステナビリティ的な課題が大きいと思います。功利主義的なビジネスのあり方を一辺倒で追求するだけでは、企業の持続的な成長も社会の存続も難しくなっているから、もっと長期的視座に立って、企業の社会的責任を果たすことと企業の成長を両立するような経営をしないと立ち行かなくなる、というのが世界のビジネスのコンセンサスなのですね。

それが、実際には行ったり来たりすると思うのです。今はちょうど揺り戻しのタイミングでもあって、インフレや戦争が起こっていたりするので、「そうも言っていられないのではないか」という議論も、一方ではあります。でも、戻りつつまた進んで、という形で少しずつ、このコンセンサスは継続してとられるのではないかと思います。

森門:
それは、前提として企業がもっと長い時間をかけてサステナビリティに取組もうとしていた流れがあり、そこに時代性のようなものが大きく影響したということでしょうか。

岩嵜:
そうですね、気候変動を始めとしたサステナビリティの課題については、SDGs2030年というゴール設定がなされ、タイマーがセットされているような状態ですよね。ビジネスや社会がずっと先送りにしていた問題をもう先送りにできなくなっているというのが、今のタイミングなのだと思いますね。

また、実はグローバルではその前哨戦のようなものがあって、2001年のエンロン事件(※1)を始めとする、エリート層による巨大な詐欺事件のような企業不祥事が相次ぎ、そのあたりからビジネスとしての反省が始まっています。なので、この議論は今すぐに始まったことではなく、2000年代後半あたりから始まり、2010年代後半あたりに気候変動やサステナビリティの課題がより先鋭化して、2020年代にいよいよビジネスとしても真剣に取り組まねばならなくなった、というのが大きな流れだと思います。

森門:
もう見過ごせないほどに課題が肥大化した、先鋭化した、ということなのですね。エデルマンの最新調査(※2)では、国民の政府への信頼がここ数年徐々に低下している反面、企業は課題解決の能力を上げているのではという期待から、企業の方に支持が集まっているそうです。国民が信頼する先を探していたということが、「何かやらねば」と企業側を動かす動機にもなっているのでしょうか。

岩嵜:
それについては、日本ではよくVUCA(※3)と言われますが、社会課題が複雑化していることも大きいですね。コロナで明らかに実感したと思いますが、周辺にある社会課題がより複雑化しすぎて公共だけでは解決できなくなっています。解決できないので公共に対する不信も上がってしまうけれど、こういう状況においては民間企業が動くことや、民間と公共が連携することも含めて、新しいパブリックのあり方を考えていかなければならない状況になっている、ということだと思います。

 

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岩嵜 博論(いわさき ひろのり)
武蔵野美術大学 クリエイティブイノベーション学科 教授 / ビジネスデザイナー
リベラルアーツと建築・都市デザインを学んだ後、博報堂においてマーケティング、ブランディング、イノベーション、事業開発、投資などに従事。2021年より武蔵野美術大学クリエイティブイノベーション学科に着任し、ストラテジックデザイン、ビジネスデザインを専門として研究・教育活動に従事しながら、ビジネスデザイナーとしての実務を行っている。 ビジネス✕デザインのハイブリッドバックグラウンド。著書に『機会発見―生活者起点で市場をつくる』(英治出版)、共著に『パーパス 「意義化」する経済とその先』(NewsPicksパブリッシング)など。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了、博士(経営科学)。

 

ステークホルダー主義の潮流 ~「小さな船」から「大きな船」へのシフト~

岩嵜:
さらに、ステークホルダー主義的な流れも重要な要素です。私たちはパーパスを「大きな船」と表現しています。ミッション・ビジョン・バリューは、「企業がどうしていきたいか」をその企業だけを主語として語るものですが、パーパスは「こんな社会を目指していきたい」というストーリーを企業が作り、そこに色々なステークホルダーも乗せて目指すべき社会に向けて進んでいく「大きな船」です。企業によってはこの「大きな船」をビジョンと呼んでいる場合もあるし、パーパスと言いつつ小さな船の話をしている企業もまだあるのですが、大きな流れで言うと、ひとつの企業しか乗れない「小さな船」から、より多くのステークホルダーと一緒に目指す「大きな船」へのシフト、というのがビジネス的には大きなポイントだと思っています。

これを端的に言い表したのが「ステークホルダー主義」または「ステークホルダーキャピタリズム」と言われる考え方です。

2019年に、アメリカの企業経営者たちが所属しているビジネスラウンドテーブル(※4)という団体が「Statement on the Purpose of a Corporation(企業の目的に関する声明)」において、株主だけではなく、従業員や顧客、地域コミュニティ、サプライヤーなどさまざまなステークホルダーに配慮した経営をしなければならない、と宣言しました。これは日本の「三方よし(※5)」とよく似ていると言われますが、それを欧米企業は戦略の中心に置き始めているのです。儲けることは儲けること、社会に良いことは片手間でやる、という分け方ではなく、これを完全に一体化させて統合的にやるというのが世界の経営の一つの潮流だと思います。

森門:
この考え方は、実はブランディングにおいては作業の複雑さを増してしまいます。ただ、私たちも長年ミッション・ビジョン・バリューの策定をサポートしてきた中で、そこだけでは企業が社会に向けて説明するものとしては足りなくなっているのも感じますし、また、先ほどの企業への期待ではないですが、企業がそれだけ多くの人を背負い込めるだけの器になってきている、というのも確かですよね。

岩嵜:
そうですね。企業も、複雑さの中でどう舵取りをするかというモードに変わってきているので、その複雑さにどう耐えられるか、そこからある解を導き出せるか、というビジネスコンセプトが2010年代以降急速に出てきているのも納得できますよね。

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森門 教尊(もりかど のりたか)
株式会社博報堂コンサルティング パートナー
外資系コンサルティングファームを経て、博報堂に入社。博報堂ブランドコンサルティングの立ち上げに参画。成熟産業の事業変革モデル構築・ブランド再生など支援。その後はデジタル戦略から実践まで一貫して扱う博報堂ネットプリズムに参画。現在はブランディングの視点からパーパス策定/経営変革等に携わる。

 

2.ビジネスの文脈における「パーパス」の位置づけとその効用

森門:
私自身、企業のパーパス策定をサポートしていることもあり、ビジネスとしてパーパスに取組んでいる側面があるのですが、企業にとって、パーパスの位置づけやこれを構築するメリットとは何なのでしょうか。色々あると思いますが、岩嵜さんはどうお考えですか。

岩嵜:
これは、先ほどのステークホルダー主義で考えるとわかりやすいと思います。「大きな船」に色々なステークホルダーを仲間として乗せ、より複雑な社会課題やビジネス課題に向き合うためのツール、というのが、パーパスのビジネス上の非常に重要な位置づけなのではと思っています。パーパスがあるから仲間になってくれるのです。

例えば、某大手企業2社が合同で新会社を作ったとき、両社のCEOが記者会見で「両社は似たような企業文化を持っている。つまり、同じようなパーパスを持っているから両社の連合ができたのだ」というようなことを話していました。両社がタッグを組めたのはパーパスを共有できていたからであり、これも「大きな船」としての、パーパスを中心としたステークホルダー主義的な動きです。両社が今スムーズに連携しているのは、そのような枠組みで仕事をしているからであり、彼らが作る未来の世界がどうあるべきか、という議論をかなりしているのではないかと思います。

森門:
パーパスが仮に最上位に近い概念だとすると、トップ同士がパーパスを仲介して握り合えれば、実際にその連携を駆動していく事業の責任者たちは動きやすいですね。

岩嵜:
それはありますよね。各ステークホルダーで考えると、非常に影響が大きいのはやはり従業員ではないでしょうか。パーパスを中心に置くと従業員が自己駆動型になる。これはパーパスの非常に大きなメリットだと思います。従来のトップダウン型の組織は、ツリー型の階層構造になっていて、その階層を通じて伝達された命令に下の人たちが一方的に従います。パーパスが問いかけるのは、そうではなく、リゾーム(地下茎)型の竹のような組織です。中心がなく各々が地下でネットワーク的につながり、時々そこから芽が出ていくような、自律分散型の構造です。パーパスが整っていると、その目指すべき世界に共感した人たちが集まり、そこに向かう方向性の中で、それぞれが自発的に考えて動くことができるようになるのです。

森門:
これは思い当たるところがあります。某社のCEOがパーパスを作ろうと考えた動機は、あらゆるジャッジがCEOに上がってきて自律分散ができない、ということでした。本来は各部門で決定できるような内容まで細かく全部上げなければならないのもおかしいし、それだとまずスピードが遅れてしまいます。それを懸念して、共有できている概念や文化があれば、言わなくても判断できるのではということでした。もちろんCEOが判断すべきものもありますが、自律的な意思決定を促すことができたり、判断基準が属人化しなくて済んだりするのは非常に大きいですよね。

岩嵜:
もうひとつ、私はパーパスというのは行動がすべてだと思っています。なので、掲げるだけでは不十分で、どういう行動や事業を生み出し運営していくかがとても大事です。なので、パーパスには「共感性がある」、「インスピレーションが生まれる」、そして「人々の行動を誘発する」という要素が必要なのではと思います。そう考えると、これまでブランド構造というのは複雑な構造を掲げることも多かったと思いますが、それがもっとシンプルなものになってもいいのではないかと思っています。

森門:
特にステークホルダーの数があるだけ、総花的に全部の意見を取り入れたものを作ろうとすると、最後はとても丸いものができるか、全部入りの幕の内弁当のようなものができてしまう。なので、これはもうプロセスの話かも知れませんが、最後にはシンプルに削ぎ落したり精錬したりしていくことが必要ですよね。
ビジネスの側面におけるステークホルダー主義はどうでしょう。

岩嵜:
これは色々ありますよ。従業員もですが、サプライヤーの存在も非常に重要ですよね。そのパーパスに共感するサプライヤーがそこに参加することはもちろんですが、パーパスがあることにより、これまでその分野のサプライヤーではなかった人が参加する可能性も出てきますね。また、地域コミュニティなども大事です。色々な周辺にいるステークホルダーを巻き込み、仲間にして、より複雑な問題や課題に答えを生み出せる価値あるビジネスを創るための、非常に重要なコンセプトですよね。

森門:
企業体ではなく、パーパスを中心に置いたエコシステムができるということですね。

岩嵜:
はい、エコシステム発想は非常に大事です。その企業がやるべきことももちろんありますが、その企業だけではできないこともあって、オープンイノベーションのオープンエコシステムのような考え方がおそらく必要です。自社で囲っておくだけでなく、外にどうオープンに開かれるか。先日どこかの会議で、「仮にパーパスが流行りでなくなったとしても、唯一間違いがないのは“企業はオープンであるべきだ”という志向性を持つことである」と言っていたのですが、私もそれには非常に賛成です。

森門:
パーパスというのは、やはり内に閉じていくものではなく、それがあることでこれまでなら連携し得なかったものがコラボレーションを果たす等、表に出て色々な行動に落ちる際の中心概念になるということですね。

 

――これらの役割をもつパーパスを、企業が実際に策定する際の重要な勘所とは何か。ブランディングとのかけ合わせにより生まれるものとは。

続きは後編をご覧ください。(後編は近日公開予定です)

 


(※1)エンロン事件:
米国の総合エネルギー会社エンロンが起こした不正会計事件。デリバティブなどの金融技術とITを駆使した革新的なビジネスモデルを確立し、一時は優良企業とみなされていたが、2001年に特定目的会社(SPC)を利用した巨額の粉飾決算が発覚し倒産。この事件を契機にコーポレートガバナンスが重視されるようになり、2002年、企業の不祥事に対する厳しい罰則を盛り込んだ企業改革法(SOX法)が導入された。


(※2)エデルマンの最新調査:
大手PR会社エデルマンが毎年実施している信頼度調査の最新版「2023エデルマン・トラスト・バロメーター」。2023年1月15日にリリースされた。

(※3)VUCA:
「Volatility(変動性)」「Uncertainty(不確実性)」「Complexity(複雑性)」「Ambiguity(曖昧性)」の頭文字を並べたもので、社会やビジネスにとって、不確実性が高く未来の予測が困難な状況を指す造語。

(※4)ビジネスラウンドテーブル:
アメリカで有名な財界ロビイの一つ。 1972年に設立され、アメリカの主要企業 200のトップが会員となっている。アメリカには全国レベルの財界組織として、保守派の全米製造業者協会 National Association of Manufacturers; NAM、草の根レベルで支持を集める全米商業会議所 U.S. Chamber of Commerce、中小企業を代表する全米独立企業連盟 National Federation of Independent Businessなどがあるが、ビジネスラウンドテーブルはその会員が示すように大企業の利益を代表する。ロビイング活動は強力で、それを支える調査研究活動や政策立案作業には会員企業の優秀な社員がスタッフとして協力する。

(※5)三方よし:
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。近江商人の心得をいったもの。


 

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