どんなに苦労して策定したパーパスも、単なるお題目や「絵に描いた餅」となってしまえば水の泡だ。実際、パーパスの浸透・実体化のハードルは高く、成功事例もまだまだ少ないのが現状ではないだろうか。
そこで一番の難関であり最重要事項とも言えるのが、社員一人ひとりの自分ごと化である。
どのような進め方、どのような心構えが望ましいのか?自分ごと化を促進する3つのポイントをご紹介したい。
社員の自分ごと化は、なぜ重要なのか?
パーパスや企業理念、ミッション、ビジョン、バリュー等で構成される理念体系は各社様々な形で表現されている。これらは、組織をうまく機能させるうえで重要な役割を果たしていると捉えている企業も多い。なぜならば、ステークホルダーに対し会社の目指す方向や存在意義等を示すことで、社会を含めたステークホルダーからの信頼獲得や組織の一体感醸成、エンゲージメントの向上、質の良い人材獲得に作用するからだ。こうした作用は、理念をより深く浸透させることで最大限に引き出される。つまり、浸透のゴールを単なる認知拡大とするのではなく、「自分ごと化」まで持っていくことが肝要となる。特にパーパスは、「社会における存在意義」であることから、ほとんどの場合理念体系の中でも最上位レイヤーに位置付けられる。やや抽象的な表現となることも多く、パーパスのみを見聞きするだけでは社員にとって自分との接続性を十分に理解・納得することが難しい。そのため、自分ごと化へ向け段階的かつ丁寧なひも解きが必要となる。例えば、そのパーパスである必然性と込められた想い(企業としてのらしさ・強みや、思い描く未来の社会とともに語られることが多い)、経営トップの想い、パーパスと事業の紐づきと今後の方向性などだ。
これらを通じて、個人の志、考え方、仕事のやりがいなどが組織のパーパスと共鳴し、社員一人ひとりによる、パーパスを起点とした自律的な行動が可能となる。
このように難易度も重要性も高いパーパスの自分ごと化だが、以下の3つのポイントを意識することで、よりリアルに、そして前向きに浸透活動を推進できるのではないだろうか。
・ムードの醸成と機運の向上
・個々の“気づき”を育む活動としてのアプローチ
・個々のペースに合わせた浸透活動設計
ムードの醸成と機運の向上
まず重要となるのは、パーパス経営に向けた本気度を社員に肌身で感じてもらえる情報発信だ。そのためには、実際に目にする機会、耳にする機会、口にする機会をうまく増やしていく必要がある。
その際に大事なポイントを、2点紹介する。
・経営トップからの熱のこもったメッセージ発信
・とにかく頻度高く、あらゆる機会を活用した発信
1点目に関しては、特にパーパス発表時に経営トップ自らの言葉で全社員へ向けた丁寧な説明を行うことで実現されることが多い。経営トップからの言葉がなければ、他人事のように感じているのではないかと捉えられてしまい、浸透が進みづらくなってしまう可能性が高い。自分ごと化のカスケード(浸透の連鎖)は、経営トップを起点としてこそ最大限の効果が期待できる。そのため経営トップはパーパス発表までに、パーパス経営実践に向けた想いを自分自身の言葉で熱く語れるよう準備しなければならない。
2点目に関しては、社内ポスターやパソコンのスクリーンセーバーへの掲出、名刺や社員証への記載、オウンドメディアや社内イントラでの特集コンテンツの配信など、できるだけ多くの接点を活用しながら、頻度高くパーパスに触れてもらう工夫をすることが求められる。
このように、最初のステップとしてパーパスを身近に感じてもらうことができれば、パーパス経営への社内の機運がブーストされ、パーパスによる一体感の醸成につなげることが可能となる。
個々の”気づき”を育む活動としてのアプローチ
パーパス浸透活動への参画を、業務命令ではなく、社員自身にとっての“機会”として位置付けるようなアプローチもまた重要だ。そのためには、一連のパーパス浸透活動が、社員自身の学びに繋がるだけでなく、社員同士の相互理解、社員と会社の相互理解を深めることにより、心理的安全性を高められる活動であることを丁寧にコミュニケーションできるとよい。策定に関わっていないほとんどの社員にとっては、パーパスがいつの間にか出来上がった文言のように感じられてしまい、自分ごととして腹落ちさせることが難しいのが実情だ。そのため、一連の浸透活動が、闇雲に参画という負担を強いられるものとして受け止められてしまう可能性が高く、それではあまりにもったいない。
そうではなく、様々な施策における、会社の“らしさ”の再認識、経営トップや他部門メンバーとの親近感の醸成、自身の働く意義ややりがい、キャリアプランの発見・再構築を通じて、自身の想いとパーパスの共鳴ポイントや会社と自分との結びつきを改めて感じることで、会社を自分の“居場所”として認識してもらえれば成功と言えるのではないだろうか。
具体的な施策としては、階層別の研修、タウンホール・ミーティング、パネルディスカッション、マイパーパスの作成などを実施することが多い。
個々のペースに合わせた浸透活動設計
社員の自分ごと化促進の難易度が高いのは、社員のタイプや仕事へのモチベーション/エンゲージメントの高さが様々であることも一因となっている。リアルな社員の状況に向き合い、それぞれをうまく“その気”にさせることが重要だ。
「物には可燃性、不燃性、自燃性のものがあるように、人間のタイプにも火を近づけると燃え上がる可燃性の人、火を近づけても燃えない不燃性の人、自分でカッカと燃え上がる自燃性の人がいます。」という京セラの創業者である稲盛和夫氏の言葉がある(図1)。(※1)
(図1)自然性社員・可燃性社員・不燃性社員
施策設計を行う際に、建前やあるべき姿、例えば「社員は自燃性であって当然」「みんな積極的に参画してくれるに違いない」というような押しつけや思い込みで検討が進み、現実には社員の多くがついていけず思ったように浸透が進まないリスクも大いにある。そしてこれこそ、ターニングポイントになり得る課題なのではないだろうか。可燃性社員と自燃性社員それぞれに目を向け、リアルな状況を鑑みた施策設計が必要となる。
具体例を挙げると、自燃性社員に関しては、新規事業アイディアコンテストの開催やマイパーパスなど情報発信コンテンツにおけるインタビュイーへの起用など、エバンジェリストとして活躍してもらうこともできる。そしてこれらは、可燃性社員に対して良い刺激剤となる。
可燃性社員に関しては、浸透活動に参画すればするほど評価される、加点方式の仕組みを設計にすることで、前向きな気持ちで取り組めるきっかけを仕掛ける。ピアボーナス(サンクスカードや専用アプリを活用し、社員間で報酬を贈りあうことができる制度・仕組み)などがこれにあたる。
個人目標へのブレイクダウンによる自分ごと化
ここまではどちらかというと心構えの話をしてきたが、いざ事業レベルでは、研修、タウンホール・ミーティングやパネルディスカッションなどを通じ、事業トップや部門長が掲げるパーパス起点の目標を踏まえ、部門やチーム内での対話を経て個人目標へのブレイクダウンが必要となる。事業と個人の目標との紐づきが明確になってようやく、日常業務レベルでの自分ごと化が完成する。
応用としてのパーパス自走化の受け皿の設置
某社のように、有志が集まり社内大学が自主運営されているケースもある。ここまでのレベルになればすでにかなりの成功事例だが、こういったパーパスをテーマとした自律的な社員の取り組みは、会社として受容するだけでなく、サポートし発展させられる受け皿や一定のルールを設けられると、もはやパーパスを推進する事務局などといった機能は不要になり、パーパス経営が自走化の段階に到達できる。
リアルで前向きなパーパスの自分ごと化促進に向けて
博報堂行動デザイン研究所では、2016年に東京大学先端科学技術研究センター監修のもと、「行動の習慣化」モデルに関する研究を発表している。(※2)
(図2)行動の習慣化を支える「快」「近」「効」という3本の支柱
この行動の習慣化を支える「快・近・効」のコンセプトは、今回ご紹介した社員のパーパス自分ごと化(=パーパス起点の行動の習慣化)の3つのポイントに通じるところがある(図2)。
・ムードの醸成と機運の向上:アクセシビリティ
→目・耳・口にする機会を増やすべし
・個々の“気づき”を育む活動としてのアプローチ:快感
→楽しく、前向きになれる、自己の学びの機会ととらえられるアプローチにすべし
・個々のペースに合わせた浸透活動設計:自己効用
→様々なタイプの社員がそれぞれ「自分に合っている」と思える施策を設計すべし
これらの視点があってこそ、施策がリアルに効果を発揮できるのではないだろうか。
冒頭にも記述した通り、社員一人ひとりの自律的な行動の実現を見据えるという観点からも、いかに早い段階から前向きに取り組んでもらえる状況を作り込むかがパーパスの自分ごと化の成功のカギとなる。自社の特性を踏まえ、施策の順序やタイミングを見計らい、全体設計を行うことが肝要となる。
※1:稲盛和夫オフィシャルサイト(2024/04)
※2:「習慣化マーケティング」の新常識〜「習慣行動」モデル化自主調査を踏まえて〜 株式会社博報堂行動デザイン研究所 監修 東大・先端研 渡邊准教授
(2015/3/25)