「パーパス」を策定し、世に公表する企業が増えてきた。しかし、実現していきたい未来や果たす責任を「パーパス」として掲げたものの、その実体化に苦戦している企業も多いのではないだろうか。パーパスは、抽象的な概念を超えて実際に社会に対して価値を創出するようになって初めて“実体化”したと言えるだろう。実際にパーパスを策定し、PRや新規事業など様々な方法で社会に価値を創出することでパーパスを実体化させている7つの企業事例を参考にしながら、パーパスの実体化とは何か、そしてどのように実体化させていけばよいのかを考察していく。
1.パーパスの実体化の定義
何をすれば「パーパスの実体化」と言えるのか。デジタル大辞泉で「実体化」を調べてみると、「概念的あるいは抽象的なものや単に思考のうちにあるものを客観的にある実体とすること」とある。つまり、パーパスという非常に抽象的な概念を、誰もが客観視できる形で具体化することがパーパスの実体化である。そのためパーパスを策定したのちにCMや新聞広告で発表したり、日常業務でパーパスを意識したりするだけではパーパスが実体化したとは言いづらい。パーパスは社内外の全ての人から知覚できるモノ・コトにする、つまりパーパスを解釈し既成事実を作る=ファクトにしていくことが求められるのである。
2.パーパスの実体化のメリット
パーパスの実体化のメリットには様々あるが、ここでは3つのメリットを紹介したい(図1)。
1つ目は、パーパスを生活者がより実感しやすくなることだ。既存の事業活動をこれまで通りにやっているだけでは、なかなかパーパスや企業として目指す未来を感じづらい。パーパス実現に向けて行われている具体的な事業活動や、パーパス実現に寄与する成果についても併せて生活者に発信していくことで、パーパスの持つ説得力が増すだけでなく、企業に対する信頼度・好感度向上が期待できる。
2つ目は、未来の社会を実現していく第一歩になることだ。パーパス策定の過程において企業としてどのような社会を作っていきたいかを明らかにしたことだろう。望ましい社会の在り方を目標のままにしておくのではなく、パーパスを従業員全員に理解してもらい、それぞれの事業活動においてパーパスを解釈したアクションを実践していってもらうことで、理想とする社会の実現を現実のものとしていくことが重要である。
3つ目は、企業の認知度やイメージを効率的に高められることだ。通常、認知度やイメージの向上のためには恒常的な広告出稿が必要となる。しかし、パーパスをPRや事業を通して実体化していくことで、広告以外の接点からパーパスの内容を伝えることや、パーパスの実現に向けて活動を行うポジティブな企業のイメージ形成が可能になる。
(図1)パーパス実体化のメリット
3.パーパスを実体化する7つの方法と代表事例
パーパスを実体化させる7つの方法をご紹介し、それぞれについて事例を取り上げながら説明していきたい(図2)。
(図2)パーパス実体化の分類
3.1. パーパス実体化のためのPRキャンペーン
パーパスを解釈し人々の興味・関心を引くような形で伝えていくPR活動を実施することが、社会における自社パーパスの理解促進、また自社の認知度やイメージ形成に寄与する。フランスのあるスポーツメーカーは、全ての人がスポーツを行いその恩恵を享受できる社会をパーパスとして発信しているが、その実体化とも言える刑務所の服役者とともに行ったキャンペーンが国際的に評価されている。このキャンペーンでは、オンラインで仮想サイクリングレースを行えるシステムを用いて、社会から遮断された服役者にまでスポーツをする機会とその喜びをもたらしたのである。この事例はその後大規模な囚人向けeサイクリングイベントの開催や、実施国の法務大臣による国内全ての刑務所への実装が宣言されるなど、一過性ではないムーブメントへと繋がった。
3.2. パーパス実体化のためのCSR活動
CSRとは、Corporate Social Responsibilityの略語で、企業が組織活動を行うにあたって担う社会的責任のことを指す。CSR活動は企業が利益ばかりを追求するのではなく、きちんと社会に対しても価値を発揮することが求められるため、本業のプロダクト・サービスの枠を超えて行われることも多い。例えばある飲料メーカーでは人と自然が共生している社会をパーパスに掲げており、その上で森の保全活動を行っている。“環境保全”は多くの企業、特にメーカーにとっては切っても切り離せないテーマであるため、こういったCSR活動を通して社会貢献を行うことがパーパス体現の第一歩となりうる。
3.3.既存事業におけるパーパス実体化
既存事業を通してパーパスを実体化する際、一過性のアクションにしないために既存事業の課題を解決したり、あるいは既存事業をさらに活性化したりする過程で同時にパーパスを実体化できる仕組みを考えるのが望ましい。
3.3.1.<事業課題解決>ソーシャルアクション
既存事業のサプライチェーンやバリューチェーンなどの仕組みを見直し、ビジネス上の課題を解決する形でパーパスを実体化することが可能である。 例えばあるフィットネスジム企業では、数年おきにマシンを廃棄し新品へ交換することが環境保護の観点から本当に望ましいのか懸念されており、さらに廃棄したマシンが格安で同業他社に流れていることが事業活動の観点からも悩みの種だった。同社は運動習慣を社会に普及していくことをパーパスに掲げ、離島・過疎地域へ交換マシンを寄贈することで、上記のペインポイント(悩みの種)を解決しつつパーパスを体現したのである。離島・過疎地域への拠点進出は収益が見込めないため、これまでの事業形態では「運動習慣の普及」というパーパスを達成するのは難しかった。だからこそ、サプライチェーンを見直し、無駄になってしまっていた部分を活用し、直接的な売上には繋がりにくいものの事業を通してCSRに近い取り組みを行うというアイデアが功を奏したのである。
3.3.2.<事業課題解決>新商品・サービス開発
事業課題を解決しながら新商品・サービスを開発することで、パーパスを実体化することがマネタイズにも繋がる。あるラグジュアリーブランドは創業者が環境保護主義や菜食主義的な思想を持っていたことから、ブランドとしてもファッション業界の動物のレザーやファーを多用したものづくりに対して疑問を呈していた。「すべての行動に意味を持ち、責任を果たして行く」というパーパスのもとサステナブルな素材調達を行い、近年では動物由来のレザーを一切使用しないことを掲げている。さらにキノコの菌類で作られた素材を用いた商品を世界で初めて発表するなど、サステナブルな商品開発を行うことで、直接的な売上にも繋げている。
3.3.3.<事業活性化>商品・サービスリニューアル
事業課題解決のほかに、事業の活性化を通じてパーパスを実現するという方法もある。東南アジアで配車やデリバリーなどのC2Cプラットフォームを提供する企業では、サービス提供者となるドライバーをどれだけ確保できるかが事業の重要な成功要因となっていた。そこで彼らは全ての人に経済的自立をもたらすことをパーパスとして掲げ、ドライバーの待遇を改善するような仕組みを考え出した。具体的には、銀行口座を開設していない“Unbanked”と呼ばれる貧困層に対して、ドライバー向けアプリのデータをもとに収益管理や与信管理を行うことで、彼らが口座を持っていないがゆえにこれまでアクセスできなかったローンや保険といったサービスを福利厚生として提供できるようになった。ステークホルダーの悩みに目を向け、より事業をドライブさせるアイデアを考えることが、同時にパーパスを実体化していくことへと繋がることもある。
3.4.新規事業におけるパーパス実体化
ここからは新規事業を通してパーパスを実体化させることについて考えてみたい。新規事業では、既存のアセット(経営資源)やケイパビリティ(強み)を活用した、比較的既存事業に近い領域での新規事業立案と、既存事業とは完全に異なる商品・サービスをもとに新しい市場に進出するケースがある。
3.4.1. 既存アセット(経営資源)・ケイパビリティ(強み)を活用した新規事業立案
既存事業の枠組みを超え、パーパスを実現する新しい事業を立ち上げる場合、経営者や担当者の想いが重要な役割を果たす場合がある。まず、既存事業に付加価値を与える形で新規事業を立案し、パーパスの実体化を形にしたケースを紹介したい。「新しい滞在価値」をパーパスに掲げるあるホテル会社の社長は、「睡眠データを通して医学研究に貢献したい」という想いを強く持っていた。そこで、ホテルのベッドに最先端の睡眠センシング機器を導入し、研究者には睡眠データを無償で、企業には有償で提供する睡眠解析事業を始めた。また、利用者は宿泊するだけで睡眠時無呼吸症候群・うつ病・心筋梗塞などの病気のリスクを判断でき、病院の紹介までサポートしてもらえる。近い将来、睡眠データを提供してくれた生活者には割引還元を行う仕組みも導入される予定であり、企業にとってはパーパスにある“新しい滞在価値”の提供と新たな収益源の創出が実現され、すべてのステークホルダーに対して価値を創出した成功事例と言えるだろう。
3.4.2.新商品開発・新市場開拓による新規事業立案
最後に紹介するのは、新しい市場を開拓しながらパーパスを実体化させた事例である。ある電機メーカーでは幸せやウェルビーイングに寄与するパーパスを策定した。それを実体化させるために、従業員提案型で同社初となるロボット事業に参入。社会問題のひとつとなりつつある単身世帯、特に独居高齢者の孤独感を解消するために、近未来的で賢いロボットではなく、お世話が必要で自分よりも弱い存在としてのロボットに着目した。“小さくて弱いものに対し責任感を持つことで、孤独感が和らぎ、自信や自律心が得られる”との研究結果から、パーパスに掲げたウェルビーイングに寄与する商品を開発した。
4. 有言実行のパーパスへ進化
一概に「パーパスの実体化」といえども、その方法は多岐にわたる。短期的な取り組みから継続的な仕組み、また既存事業のアップデートから新規事業の立案など、パーパス策定の次のステップは企業の状況や目的によって如何様にも変えられる。しかしパーパス実体化に向けた第一歩は、パーパスを作って終わりにならないよう、日々の事業活動の中でパーパスの実現に向けて確実に進んでいきたいという強い意思を持つことである。企業によって定められた素晴らしいパーパスを抽象的な理想像のままにすることなく、どんなに小さな一歩でも実現に向かって動き出すこと。この意思のある企業ならば必ずパーパスを実現し、企業の経済価値と世に向けた社会価値を最大化できることだろう。