<第1回> ライフネット生命のビジネスモデルとビジネスライフ―「タテ・ヨコ」と「数字・ファクト・ロジック」で見る日本の課題

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2016年8月3日にアークヒルズWIRED Lab.にて開催されたビジネスモデル学会イブニング・セッションの内容を、3回にわたり連載いたします。
インターネット生命保険のパイオニアであるライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長の出口治明氏と、博報堂コンサルティング 取締役フェロー/明治大学大学院 グローバルビジネス研究科 教授の首藤明敏が、「ライフネット生命のビジネスモデルとビジネスライフ」をテーマに深い話を繰り広げました。連載第1回は、出口会長による講演の内容です。(以下敬称略/全3回)


第1回 「タテ・ヨコ」と「数字・ファクト・ロジック」で見る日本の課題

 

1. 世界経営計画のサブシステムを担う

出口: 皆さんはそれぞれ様々な仕事に従事されていますが、ご自分の仕事のことは理解されていると思います。同時に人間には向上心があるので、自分の周囲の世界をより良くしたいという気持ちを持っておられますよね。ということは、皆さん一人ひとりが周囲の世界を理解し、どこかを変えたいと思っているということですから、皆さん一人ひとりが世界経営計画を持っているわけです。周囲の世界を自分が経営して良くしたい、と。皆さんが神様だったら、世界はすぐに変わります。「売上が倍になれ~」と言えばきっとなります。でも、人間にはそれができないので、自分が今のポジションで何をすれば、世界を少しでも良くすることができるかを考えて生きるしかない。一所懸命働くことで、世界経営計画のサブシステムを担うしかないのです。メインシステムを動かすことは神様にしかできないのですから。

 

2. 「タテ・ヨコ」と「数字・ファクト・ロジック」で考える

このように考えたら、まず周囲の世界をきちんと見ることがスタートになりますが、人間の脳みそは見たいものしか見ないようにできているので、世界を見るためには2つの工夫がいります。1つが「タテ・ヨコ」思考。人間の脳みそはこの1万3,000年来進化しておらず、喜怒哀楽や経営判断は昔から全く変わっていないので、昔の人はどう考えたか(=タテ)、そして世界の人はどう考えているか(=ヨコ)ということを見ていくと、いろいろな事がわかってきます。

今年8月に、天皇陛下が「お気持ち」を表明されました。有識者の間でも賛否両論が沸き起こっていますが、まずタテ・ヨコで見ると、歴史上、譲位された天皇はたくさんいらっしゃる。世界で見ても、譲位をされている王や女王は多くおられ決して珍しいことではない。そうであれば後は知恵を絞ればいいだけなのだということがわかります。このように、タテ・ヨコで物事を見ていけば、たいていのことはわかってきます。

もう1つは、「数字・ファクト・ロジック」。国語ではなくて算数で考えようといつも言っているのですが、数字を見ることです。7月の参議院選挙では、アベノミクスは大成功だったとか大失敗だとか政党が国語で議論していましたが、経済が好調か否かを見る指標は、通常GDPの実質成長率です。IMFが7月に発表した今年の見通しは、アメリカが2.2%、ユーロ圏が1.6%、日本が0.3%ですから、誰が見ても日本の経済はうまく行っていないということになります。国語ではなく算数で素直に世間を、世界を見なければいけないと思います。

 

3. 日本の課題①:少子化

では「タテ・ヨコ」と「数字・ファクト・ロジック」で本当に世界が見れるのか?日本の課題は3つあります。新3本の矢で、(1) 強い経済:GDP600兆円 (2) 子育て支援:出生率1.8、人口1億人 (3) 高齢化対応:介護離職ゼロ。3つの課題のうち2つは少子高齢化に関する問題ですが、まず少子化の話を「タテ・ヨコ」と「数字」で考えてみます。

人口1億人を維持するためには出生率1.8が必要です。最近の日本の出生率は1.46なので、あと0.3~0.4上げなければいけません。それほど出生率を向上させた例が世界にあるか見てみますと、フランスは、1995年に1.6だった出生率を、2005年には2.0まで上げました。どんな政策を行ったのか。それはシラク3原則と言われていて、極めてシンプルなものです。

第1原則は、赤ちゃんを産むことは女性にしかできないのだから、女性が産みたい時に産めばいいということ。政策に落とすと、女性が産みたい時と女性の経済力が一致するはずはないので、その差は税金で埋めます、赤ちゃんを何人産んでも貧しくしませんというものです。この3原則を実行するために必要な財源は大体GDPの1%ぐらいですから、消費税に直せば1.5%ぐらいの話です。
第2原則は、待機児童ゼロ、これだけです。これもフランス人に言わせれば、日本はやる気がないだけだと。例えば、小学校の先生がいない、教室がないと言って、小学1年生を待機させたという新聞記事を読んだことはありますか?ないですよね。そう考えれば、義務教育と同様、義務保育にすればできるはずで、フランスはそれを実行したということです。
第3原則は、赤ちゃんを産んだ女性でも男性でも、育児休暇後に元の職場へ復帰を望む場合には、企業は産休・育休前のランクで受け入れることを法律で定めました。

シラク3原則はこの3つです。フランスは日本と違うから、まねはできないとおっしゃる方もいますが、これを聞いたらどこの国でもできそうだと思いませんか?中には、フランスの赤ちゃんの5割以上は婚外子で、恋愛自由な国だから出生率も高いのだとおっしゃる方もいるのですが、そうではなく、G7の中ではむしろ日本の婚姻形態がゆがんでいるのです。どういうことかといえば、日本では、女性の最初の結婚年齢は平均29歳、30~31歳で第一子を出産します。このような国は世界でもほとんど見られません。ヨーロッパの先進国では28歳前後で第一子出産、29~30歳で最初の結婚、アメリカは25歳で第一子出産、26歳で最初の結婚です。日本の昔もそうでした。これが人類の正常な婚姻の姿なんです。

若い男女が好きになったら一緒に住みたくなるんです。お父さん・お母さんは知っていても知らん顔をしているんです。かわいい赤ちゃんが生まれたら、良かったね、そろそろお披露目してはどう?役所にも届けておいた方がいいよ、というのが世界の普通の婚姻の姿なので、フランスだけではなく先進国では婚外子が多いのです。日本はなぜ婚姻がゆがんでいるのかというと、赤ちゃんを産むということは自然な行為なのに、婚姻をしていないで赤ちゃんを産んだ女性に対してふしだらだとかだらしないとか余計なことを言う人がいるからです。

 

4. 日本の課題②:高齢化

次に高齢化です。介護の定義は「平均寿命-健康寿命」ですから、介護を減らすためには健康寿命を延ばすしかありません。医者10人に、どうやったら健康寿命が延びるのかと聞けば、働くことだというのが全員の答えです。それを考えたら、日本がやるべき政策は「定年の廃止」です。グローバルで見ると、定年がある国はありません。働きたいという意欲、職場に来られる体力、そして読み書き・算盤のスキル、これだけを見て採用を決めるのが普通なので、アングロサクソンの社会では履歴書に年齢記入欄があったら問題視されます。世界がやっていることができないはずがない。総理大臣が定年制をやめると言えばいいんです。そうしたら日本の企業は、基本的に年功序列賃金制をすぐにやめて、同一労働・同一賃金制に変えますからいい方向に進みますよね。政府も今度、働き方担当相を作って、同一労働・同一賃金制にすると言っているわけですから、一石二鳥です。なお若い人が仕事を失う恐れはありません。この国は団塊世代の労働力が消えることによって、このまま行けば2030年には800万人分の労働力が足りなくなるわけですから、何の問題もないと思います。

 

5. 日本の課題③:競争力の低下

最後は経済です。経済を良くするためにはどうすればいいか。今の日本は、2,000時間働いて、夏休みはせいぜい1週間、成長率は0.3%です。ユーロ圏ではどうか?1,500時間働いて、夏休みは1か月、今年の成長率は1.6%です。どちらがいいですか?2,000時間の労働の方がいいと思う人はいないですよね。これがこの国の問題の本質で、競争力がなくなっているのです。これは労働生産性で見ても、日本は21位(2014年/OECD加盟34カ国中)で、G7では20年連続で最下位となっています。

ではどうすればいいのか?僕はいつも、「『飯・風呂・寝る』の生活から、『人・本・旅』の生活へ」と言っています。日本の高度成長期は製造業、つまり工場をベースに物事を考えていたのです。工場の理想は産業革命以来、24時間操業です。ということは、当然長時間労働になりますよね。しかも工場は重いものを運んだりしますから、男性の方が使いやすい。戦後の日本は、男性が長時間働くことで高度成長を遂げてきたわけです。そうすると深夜に帰ったら、当然「飯・風呂・寝る」という生活になります。それなら女性は性別役割分業をして専業主婦でいた方が社会全体としては効率がいいということで、3号被保険者や配偶者控除という飴を与えて、専業主婦を奨励してきました。

でもこれは、冷戦構造と工場主導のキャッチアップモデルと人口の増加という3つの条件が合わさって初めて成り立つ、ガラパゴス的なモデルです。今この3つの条件は全てなくなりました。冷戦は終わり、キャッチアップ型社会から課題先進国になりました。そして、人口は減り始めています。しかも多くの工場は中国や新興国に移ってしまった。今さら大手の製造業が日本にガンガン工場を作ると考えている人はいませんよね。サービス業・第三次産業で生きていくしかない。しかしアメリカに比べると、サービス産業のウェイトはまだ10ポイント弱低い。ではサービス産業の鍵はいったい何かといえば、「創意工夫」と「アイディア」しかありません。でも「飯・風呂・寝る」という生活で、いいアイディアが出るはずがないんです。夕方5時か6時に帰って、夏休みもたっぷり取って、たくさんの人に会い、たくさん本を読み、いろいろなところに行って刺激を受けて、いいアイディアを出す以外に、生産性向上の方法はないのです。ですから、GDP600兆円の目標に到達するためには、「飯・風呂・寝る」をやめて、「人・本・旅」の生活にシフトしなければ、この国の未来はないと思います。働き方を変えるというのはそういうことです。

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6. 長時間労働をなくす

さらに長時間労働をやめることは、少子高齢化対策にも役に立ちます。日本の女性にアンケートを採ると、日本の男性は家事・育児・介護について何も手伝わないと答える人が大体7~8割いる。同じ女性のグループに、あなたは配偶者を何とかして転がせますか?と聞くと、ちょっとウェイトは下がるのですが、6~7割は何とか転がせると答えます。この2つの結果から読み解くと、男性が家事・育児・介護に参加しないのは、いまだに「飯・風呂・寝る」をやっているから。午後6時に会社を追い出せば、女性に転がされて家事・育児・介護に参加するようになるので、子育てや介護をする人にとっても優しい社会になります。これが働き方の改革の基本で、基本的にはダラダラ残業に象徴される長時間労働をやめることが喫緊の課題です。

若い時には徹夜するぐらいの根性で仕事を覚えるんだなどと根拠なき精神論をぶつ人もいますが、僕が今まで読んできたまともな文献や本の中で、長時間労働や徹夜によって労働生産性が向上したり、その労働者の能力が拡大し市場価値が高まったという研究結果が書かれたものは一つもありませんでした。もし反証があればぜひ教えてください。

ただ、一つだけ付く能力があるという研究がありました。社内ポリティクス(政治)の能力です。こんなものは害悪以外の何ものでもありません。みんながポリティクスを覚えて、生産性が向上するはずがないですよね。だから遅くまで残って頑張っていることを良しとするこの風土をやめなければいけない。深夜11時ぐらいに部下が仕事をしていると、「ご苦労さん、よく頑張ってるな。でも早く帰りなさい」と言いつつ、心の中では「なかなか愛社精神が強くていいやつだから、今度飲みに誘ってやろうかな」などと思ったりするのが日本の上司の姿です。

一方グローバル企業の上司は、全く同じ状況の場合、その人の顔をちゃんと見て名前をメモしておきます。9時~6時の勤務時間内で仕事を終わらせることができない、よほど無能なやつだ。しかも貴重な残業代を持っていくのだから、次にレイオフする時は真っ先に首を切らなければいけないなというのがグローバル企業の考え方です。

体験があります。ロンドンに駐在していた当時、ユーロポンドやユーロエクイティに投資をしていたのですが、従業員はほとんど英国人でした。勤務時間は朝8時から夕方5時です。僕が小さなビルの4階にいて、彼らは3階にいたのですが、ある日の夕方5時10分ぐらいに少し話を聞きに3階に降りたら誰一人いない。赴任して1か月ぐらいの時でした。その事を秘書が伝えてくれたようで、翌日チームのボスが僕のところに上がってきて、「昨日5時10分ぐらいに来てくれたらしいな。用事があったのなら、なぜ朝言ってくれないんだ。何時でも残っているよ」と。ではこの5時10分には、蜘蛛の子を散らすように誰もいなくなるファンドチームの成績が悪かったかといえば、日本で夜10時までやっているチームと全く遜色がない。当たり前ですよね、日本は労働生産性が低いわけですから。

先日「The Globe」(2016年6月5日号)という新聞に、1990年と2014年の給与を実額で比較したグラフが掲載されていて、先進20カ国の中で日本だけが下がっていました。このデータからも明らかで、この20年間日本の労働生産性はG7最低が続いており、所得は上がっていません。ブレークダウンすると、フリーターやニートが入っているからだと思いますが、20代が一番貧しい。僕はこれを見た時に、こんな社会は嫌だ、変えたいと思いました。なぜかと言えば、先ほどご説明したように、婚姻がゆがんでいる社会で20代が貧しいということは、晩婚になり少子化になることは目に見えているからです。

 

第2回へ続く

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ライフネット生命保険株式会社 代表取締役会長 出口 治明氏

1948年三重県生まれ。京都大学を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当するとともに、生命保険協会の初代財務企画専門委員長として、金融制度改革・保険業法の改正に従事する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て、同社を退職。2006年に生命保険準備会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年の生命保険業免許取得に伴い、ライフネット生命保険株式会社を開業。2013年6月より現職。

■主な著書
「生命保険入門 新版」(岩波書店)
「生命保険とのつき合い方」(岩波新書)
「直球勝負の会社」(ダイヤモンド社)
「働く君に伝えたい『お金』の教養」(ポプラ社)
「『働き方』の教科書」(新潮社)
「日本の未来を考えよう」(クロスメディア・パブリッシング)
「『全世界史』講義Ⅰ・Ⅱ」(新潮社)
他多数


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