ブランド・トランスフォーメーション(BX) の軸となるパーパスのつくりかた

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博報堂グループが提唱する「ブランド・トランスフォーメーション(BX)」、ブランドを中心に置いた事業成長・事業変革の核となる指針がパーパスである。経済価値創造と社会価値創造を両立し、生活者視点で「あるべきパーパス」を作り上げるにはどうすればよいのか?本稿ではその背景を改めて捉えたうえで、当社が実際にプロジェクトの中で活用しているフレームワークに沿って、パーパス策定の全体像と大切にすべきポイントを解説する。

 


目次:

1.ブランドトランスフォーメーションの中でのパーパスの役割
2.パーパスが広がる背景
3.パーパスを策定するプロセス
 1-1 事業ドメインの規定
 1-2 ビジネスモデルの規定
 1-3 提供価値の規定
 2-1 ステークホルダーの規定
 2-2 マテリアリティ(重要課題)の特定
 2-3 Future scenario(環境認識)の特定
 3-1 パーパスの結晶化/言語化
 3-2  Values(価値観)の規定
 3-3  Metrics(重要指標)の策定
4.パーパスを「絵に描いた餅」にしないために

1.ブランドトランスフォーメーションの中でのパーパスの役割

現在、企業経営をめぐる環境は大きな変化のさなかにある。環境変化の要因は大きく3つあると考えられる。生活者の購買行動や意識が変わっていること。テクノロジーが進化していること。そして、社会性や持続可能性への配慮が必要になっていることが挙げられる。

その変革を実現するために、多くの企業が現在DX(デジタル・トランスフォーメーション)に取り組んでいる。しかし、DXがなかなかうまくいかないという声も多い。その大きな要因の1つは、DXを「デジタル化」と読み違えている点にある。DXにおいて「デジタル」はあくまでも手段であり、重要なのは「トランスフォーメーション」である。ただし、トランスフォーメーションもまた目的ではない。では、本当の目的とは何か。DXの先に新しい企業像、新しい事業モデルをつくり出すことである。

その「目的」を、これまでの企業としての歩みやカルチャー、つまり「自社らしさ」と、手段としての「デジタルテクノロジー」と掛け合わせたもの。それがDXであると考える。この「目的」と「自社らしさ」とは、ほぼ「ブランド」と同義である。その変化を踏まえて私たち博報堂グループが提唱しているのが「ブランド・トランスフォーメーション(BX)」、すなわちブランドを中心に置いた事業成長・ 事業変革である。ブランドとは、生活者の頭の中にあるもの。したがって、BXとは生活者を中心にしたトランスフォーメーションと言い換えられる。商品やサービスではなく、生活者価値を中心においた変革の思想。それがBXである。
BXは、「パーパス」「ビジネスプロセス」「組織・人材」を上半分に、「コミュニティ」「コミュニケーション」「商品・サービス」を下半分に配した円型のフレームワークで表現されます。上半分は、企業の内部活動に該当するブランドのバックエンドの要素です。一方、下半分は、生活者体験に関わるブランドのフロントエンドの要素です。

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ブランドバックエンドの中心的な要素は「パーパス」です。最近はパーパスを定義する企業が増えているが、パーパスがうまく機能しないケースも少なくない。その理由の多くは、パーパスが具体的な事業内容と乖離していることである。パーパスと事業をしっかり連携させ、パーパスを起点としてビジネスモデルが変わり、組織や必要とされる人材が変わり、その結果としてブランドも変わる。そのような流れをつくっていく必要がある。本稿では、起点となるパーパスを事業と社会と連携しながら、つくりあげる方法論について詳述していく。

2.パーパスが広がる背景

パーパス経営が注目され始めた背景には、ビジネスや経営の見直しという世界的な潮流がある。特に、世界最大の資産管理会社ブラックロック社(※1)のCEOラリー・フィンク氏の書簡が、潮目が変わる大きな分岐点と言われている。毎年1月に、世界中の経営者に向けて”フィンク・レター”と呼ばれる年次書簡を送ることで有名である。2018年1月の書簡で、「企業はパーパス主導でなければ長期的な成長を持続できない」と発信し、翌2019年1月の書簡でも同様にパーパスの重要性を訴え、それによりパーパス主導による経営は急速な潮流となってきた。

さらに米経済団体ビジネス・ラウンドテーブル(BRT)(※2)が2019年8月に発表した「顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主といったすべてのステークホルダーの利益のために会社を導くことにコミットする」という声明は、不可逆的な流れを増進させていく。

この声明では、(1) 従業員の能力への投資、(2) 株主への長期的なリターンの還元、(3) サプライヤーとの公正かつ倫理的な取引、(4) 地域社会への還元などが盛り込まれ、それまでの株主中心主義から、ステークホルダーの利益を最大化するステークホルダー資本主義への移行が提唱された。これがきっかけになって、欧米の機関投資家・大企業が、ステークホルダー全体のバランスを取る方向へ、一気にシフトしていった。

そして日本国内では、一橋大学ビジネススクールの名和高司客員教授が説いた「志本主義経営」と名付けた「パーパス経営」論が2021年以降、企業経営者に広がっていく。「パーパス=志の実現を目的として事業を進め、プロフィットという結果を生み続け、キャピタル=資本を増殖させる。このしくみが好循環で持続されることが重要で、渋沢栄一が『論語と算盤』と説いた経営方針に通じる。論語がパーパス、算盤がプロフィット。」と論じている。

そもそも株主中心主義では、株主に対する金銭的なリターンを最大化することこそが「いい経営」だということになる。しかし今後は、顧客・従業員・株主・パートナー企業・地域コミュニティ・環境(および将来の世代)という6種類のステークホルダーを重視する必要が出てきた。かつて近江商人の「三方良しの経営(※3)」が日本企業の手本にされてきたが、今や「六方良しの経営」が求められるようになってきた。

複数のステークホルダー内での利害関係の調整が重要になったことで、「何がステークホルダーにとっていいことなのか」というより上位の経営目的が必然になる。多くの場合、企業経営者は「パーパス」と呼ばれる存在意義の定義と、それに沿った成長ストーリーが求められる(図1)。創業理念に代表される「経営者の想い」の存在感がやや後退し、関係者が共鳴する「みんなの物語」へと昇華させなければ、持続的企業成長が難しい時代となっている。

blog_20230630_1(図1)ステークホルダーと共有する物語の必要性

P.F.ドラッカーが半世紀前に「『あなたの会社はなんのために存在するのか?』という問いに答えることこそが、企業経営の本質だ」と投げかけたメッセージが、あらゆる企業経営者の課題である時代になったと言えるだろう。

3.パーパスを策定するプロセス

企業をドライブしていく「強いパーパス」とは、『論語と算盤』にたとえられるように、経済価値創造と社会価値創造の両輪から成る。パーパス経営が企業にもたらす効果としては、(図2)に表示される通り、以下の3点が挙げられる。

① 組織員の活力:離職率低下・採用力の向上
② 事業の活力:自発性向上・顧客価値向上
③ 企業の活力:利益率向上・社会価値向上

パーパスを基軸として企業の価値を高めるために、経営・マネジメントスキルとマーケティングスキルを併せ持つ博報堂コンサルティングは、パーパスの策定に留まらず、事業を通したパーパスの実体化まで支援している。

blog_20230630_2(図2)経済価値創造と社会価値創造の好循環

ではどうやって「強いパーパス」を作り上げていくことができるか。ここでは、具体的に、博報堂コンサルティングが常日頃クライアントとのプロジェクトで、多用しているフレームワーク「パーパスサーキュレーションモデル」に沿って、パーパス策定の全体像を紹介していく(図3)。このモデルの特性は、経済価値と社会価値の両方を創出する一連の循環構造を規定していくことだ。

blog_20230630_3-1(図3)パーパスサーキュレーションモデル

そのために、まずは現状の経済価値創出のメカニズムについて1-1事業ドメイン、1-2ビジネスモデル、1-3提供価値という3つの構成要素で、事業構造を明確化していく。さらに将来環境を見定めるために、2-1ステークホルダー分析、2-2マテリアリティ(※4)特定、2-3将来環境シナリオ策定などの作業から、どのように社会価値を創出するのかを定義し、最後に3-1パーパス策定、3-2バリュー(価値観)規定、3-3重要指標特定で企業の方向性を導出していく。以降、それぞれの実施タスクの概要を詳述していく。

1-1 事業ドメインの規定

自社のこれまでの変遷を把握しつつ、市場・競合環境を分析することで、現状の自社の市場ポジションと自社事業のポートフォリオを整理していく。

事業ドメインの設定は、会社の主力となる事業を把握して、経営資源を集中するために必要となる。事業ドメインを適切に設定すると、過度な経営資源投入をなくし、本来主力とすべき事業に特化できる。企業の成長に貢献するような多角的な戦略、新たな顧客の獲得や新しい分野への進出、適切なポートフォリオの策定にも繋がる。

①  市場概況の把握:
市場の需要や競合状況、トレンドなどを調査し、事業の潜在的な領域やニーズを特定する。市場の規模や成長性、顧客の要求に基づいて、事業ドメインを絞り込むことが重要となる。

②  市場構造分析:
現状の業界および進出するべき業界について、その強み・弱み・機会・脅威を導出。自社のリソースや能力とのマッチングや競合状況を考慮し、事業ドメインの適切性を評価する。

③  競争優位性の特定:
CTF分析などを用いながら、様々なアイデアを出し合い、ビジネスの拡張性や実現性を評価する。顧客ニーズと自社の機能、ケイパビリティを具体化し、収益性やリスク、競争力などを考慮して、最も有望な事業ドメインを選択していく。

通常、事業ドメインの設定時には、「CTF分析(※5)」と呼ばれるフレームワークを使用する事が多い(図4)。CTF分析は、「顧客・機能・技術」の3つの観点から、自社の事業領域:ドメインを抽出していく。

blog_20230630_4(図4CTF分析

昨今ビジネスの多様化、境界線の曖昧化に伴い、顧客・消費者ニーズと競争環境も高度化・複雑化している。自社が競争優位性を意識して、継続的に成長を続けるためにも事業ドメインの設定は重要となる。

1-2 ビジネスモデルの規定

ビジネスモデルは、企業や組織が価値を提供し、収益を上げるための仕組みや構造のことを指す。どのような商品やサービスを提供するか、どのような顧客に向けて提供するか、どのようなチャネルを活用するか、どのように収益を得るかなど、ビジネス活動の各要素が組み合わさって構成される。

様々な手法が存在するが、中でもオスターワルダーとピニグの提案したフレームワーク、ビジネスモデルキャンバス(Business Model Canvas)が最もポピュラーである。ビジネスモデルを9つの要素(カスタマーセグメント、バリュープロポジション、チャネル、カスタマーリレーションシップ、収益源、キーリソース、キーアクティビティ、キーパートナー、コスト構造)に分類し、それらの要素間の関係を可視化する手法である。具体的には、以下のようなプロセスで設計していく。

① 価値提案の構築:
顧客に提供する独自の価値を明確に定義。製品やサービスの特徴や利点、顧客の問題解決やニーズへの対応点などを明確化。

② 収益モデルの選択:
収益の源泉となる収益モデルを選択。例えば、製品の販売、サブスクリプションモデル、広告収入などの収益モデルを検討。

③ 価値供給チャネルの設計:
顧客への価値提供を実現するためのチャネルを設計。製品の流通経路や販売チャネル、デジタルプラットフォームの活用などを考慮。

④ キーパートナーシップの確立:
他の組織やパートナーとの関係を構築し、ビジネスモデルの成功に寄与するキーパートナーシップを確立。サプライチェーンのパートナー、技術提携先、マーケティングパートナーなどを検討。

⑤ キーリソースの特定:
ビジネスモデルを実現するために必要なキーリソースを特定。物理的な資産、知的財産、人材、技術などのリソースを考慮。

⑥ 顧客関係の構築:
顧客との関係構築戦略を設計。顧客の獲得、関係の維持、顧客満足度向上のための取り組みなどを考慮。

⑦ コスト構造の設計:
ビジネスモデルの実現にかかるコスト構造を設計。製品開発費用、生産コスト、マーケティング費用、人件費などのコスト要素を評価。

blog_20230630_5(図5)ビジネスモデルキャンバス

ビジネスモデルは、市場の変化や顧客の要求に対応するための柔軟性やイノベーションの促進をもたらすことも目指さなければならない。組織は常にビジネスモデルの見直しや改善を行いながら、変化する市場環境に適応し続けることが重要となる。

1-3 提供価値の規定

企業や事業の提供価値を規定するためには、以下の方法がある。

① ターゲット顧客ニーズの抽出:
ブランドの提供価値は、ターゲット顧客のニーズや要求に合致している必要がある。顧客の要求を調査・分析し、彼らのニーズや望む価値を把握する。顧客の目標、課題、嗜好、ライフスタイルなどを考慮して、ブランドが提供する価値を定義していく。

② ブランドの独自性を明確化:
ブランドの提供価値を規定するためには、独自性を持つ特徴や競争上の優位性を明確化する。ブランドの独自性は、製品やサービスの特徴、品質、デザイン、技術革新、顧客体験、ブランドイメージなど、様々な要素から構築される。他社との差別化ポイントや独自のバリュープロポジションを明確にすることで、顧客に対する提供価値を強化する。

③ 品質と信頼性を確保:
ブランドの提供価値は、品質と信頼性によっても規定される。顧客は信頼できる品質の製品やサービスを求める。ブランドは品質管理や製品開発プロセスの改善に取り組むことで、顧客に対して信頼性を提供する。

④ 顧客体験の最適化:
ブランドの提供価値は、顧客体験によっても規定される。顧客がブランドとの関わりを通じて得る体験や感情が、ブランドの価値を形成する。顧客接点の設計や顧客サービスの向上など、顧客体験を最適化する取り組みが必要となる。

⑤ 持続可能性や社会的責任を考慮:
近年、ブランドの提供価値には持続可能性や社会的責任の要素も重要視される。環境への配慮や社会的な影響への取り組みなど、企業の持続可能性と社会的責任を反映した提供価値が求められる。

ここでは、顧客体験の最適化のケースを見ていく。シューズメーカーが製品だけでは差別化が難しくなってきている環境で、理想の体験価値を描くサービスブループリント(※6)を博報堂コンサルティングのメンバーで仮説で描いている(図6)。

blog_20230630_6(図6)サービスブループリントの設計

まずは顧客ニーズから導出される「顧客行動」と「体験価値」を明確化する。ここでオーダーシューズやイベント参加、クリニックなど、ブランドと顧客のエンゲージメントを高める体験価値を創出していく。それを実現させるためのオペレーション活動を規定することによって、実現性を検証。その活動を補完するための物的環境を導出する。

このような方法を組み合わせて、ブランドの提供価値を明確に定義し、顧客に対して魅力的な体験や便益を提供する。また、顧客のフィードバックや市場の変化に対して柔軟に対応し、提供価値を持続的に改善していくことも重要な要素となる。

2-1 ステークホルダーの規定

ここまで1-1~1-3の経済価値をもたらす各種タスクを通して明らかになった、現状の事業の強みや課題をもとに、将来の事業は誰に対して価値を提供していくべきかをディスカッションを通して明らかにしていく。

企業のステークホルダーは多岐にわたることがあるが、以下に医療用医薬品メーカーのステークホルダーとその関係性を紹介していく(図7)。

① 患者:
医療用医薬品メーカーの最も重要なステークホルダーは患者である。彼らは医薬品メーカーの製品を使用して健康を回復、または管理することを目的としている。医薬品メーカーは患者およびその家族のニーズを理解し、安全かつ効果的な医薬品を提供することに責任を持つ。

② 医療従事者:
医師、薬剤師、看護師などの医療従事者が、医療用医薬品メーカーの直接の顧客であり、重要なステークホルダーであることは言うまでもない。彼らは医薬品の処方や使用に関与し、患者の治療において重要な役割を果たしている。医薬品メーカーの営業=MRは医療従事者との連携を通じて製品情報や教育を提供し、安全かつ適切な使用を支援する。

③ 政府・規制当局:
政府や規制当局は医療用医薬品メーカーに対して法的な規制や規制基準を設けていく。医薬品メーカーは規制の遵守や承認プロセスに従う必要がある。また、政府や規制当局は医薬品の安全性や有効性を保証し、公衆の利益を守る役割を果たす。

④ サプライヤー:
医療用医薬品メーカーは原材料や製造機器、包装資材などのサプライヤーと協力している。サプライヤーの提供する高品質な原材料や装置が必要であり、サプライチェーンの効率性と信頼性は重要な要素となる。

⑤ 投資家:
医療用医薬品メーカーは、開発に莫大な資金を必要とするため、投資家も重要なステークホルダーである。投資家は企業の成長や収益性に関心を持ち、企業価値の向上を期待する。

⑥ 研究機関・学術界:
医療用医薬品メーカーは新薬の開発や臨床試験において研究機関や学術界との協力を必要とする。研究機関や学術界は科学的な知識と研究成果を提供し、新たな治療法や医薬品の開発に貢献する。

これらのステークホルダーは、医療用医薬品メーカーの成功、社会価値の創出に大きな影響を与える。中でも患者およびその家族に対する価値提供が最も重要であり、それが実現することで、他のステークホルダーのニーズを満たし、相互の信頼関係を築くことができる。結果としてより良い医療用医薬品の提供や医療の向上に貢献することが求められる。

これらは医療用医薬品業界の例だが、業界や企業によって、ステークホルダーとその関係性は多様である。特定の業界や文化によって、どのようにステークホルダーの種類や重要性が異なるのかを特定することが、社会価値を生み出すためには、極めて重要な論点となってくる。

blog_20230630_7(図7)医療用医薬品メーカーのステークホルダーとその関係性

2-2 マテリアリティ(重要課題)の特定

自社の事業とそのステークホルダーを整理したのち、それらを取り巻く未来環境をもとに自社が注力していくべき重要課題を明らかにしていく。

従来の企業活動においては利益の追求が最も重要であったため、マテリアリティはもともと、財務報告書に用いられていた。しかし近年では、企業を評価する際、財務指標だけでなく非財務指標も評価の対象になってきている。言い換えると、企業は単に利益を追求しているだけでは、従業員が高いモチベーションを持って働いたり、投資家が積極的に資金提供を実行したりすることが難しくなってきている。

そのため、現在のマテリアリティは従来と比べて広い概念として認識されている。世界中にあふれる多種多様な課題に、どのように優先順位をつけ、どのようなことから積極的に取り組もうとしているのか、それをステークホルダーに提示するのがマテリアリティの役割である。

マテリアリティの特定は、以下のプロセスで進めていく(図8)。ただし、企業や組織によって異なるアプローチが取られる場合もある。

① 将来環境分析:
重要な課題を特定するためには、将来環境の分析が必要となる。これには、有識者インタビュー、業界レポート、持続可能性レポート、地域の課題や規制、国際的なイニシアティブや指標(例:国連の持続可能な開発目標)などの情報を収集・分析することが含まれる。将来環境分析は、企業の持続可能性戦略やリスク管理において重要な手がかりとなる。

② 社会課題のロングリスト作成:
収集した情報と分析結果を基に、重要な課題のロングリストを作成する。持続可能性に関する外部の情報も活用する。例えば、国際的なガイドラインであるGlobal Reporting Initiative(GRI)の指標、国連の持続可能な開発目標(SDGs)、業界団体の指針などを活用する。また企業内部の情報やデータを収集し、評価することも重要である。その際には、競合他社や業界のベンチマークを調査し、業界のベストプラクティスやトレンドを把握する。これにより、他社の取り組みから学び、自社のマテリアリティ候補を洗練させることができる。

③ マテリアリティマトリクスの作成:
このマトリクスでは、ステークホルダーの関心事(例:環境への影響、労働条件、製品品質など)と企業への影響力(例:業務に与える影響、戦略的重要性など)の2軸を交差させ、重要性の高いテーマや課題を特定していく。ここでは課題の重要性、影響度、持続可能性目標との関連性、リスクや機会の観点からの評価が含まれる。最終的に、最も重要な課題を特定する。

blog_20230630_8(図8)マテリアリティの特定プロセス

以上が一般的なマテリアリティ特定の手順だが、企業や組織は自身の状況や目的に応じて独自のプロセスを構築する。またマテリアリティの特定は一度だけではなく、定期的に監視と更新が必要となる。環境や社会の変化、ステークホルダーの関心の変化、業界の動向などに応じて、マテリアリティを再評価し、必要に応じて修正や更新を行っていく。

2-3 Future scenario(環境認識)の特定

2-2で決めたマテリアリティを解決するために、どのような取り組み・テーマに取り組んでいくのか、またその結果としてどのような社会を作っていきたいのかを、このステップで明らかにしていく。Future scenario(環境認識)のプロセスは、以下のように進めていく(図9)。

① 時間枠の決定:
シナリオの範囲を特定の時間枠で設定する。これにより、将来の特定の期間に焦点を当てることができる。実現したい未来が5年後なのか、10年後、20年後なのかによって、議論の幅が全く変わってくる。その前提条件をまず決定していく。

② データ収集と分析:
マテリアリティに関する情報や将来予測に基づいて、必要なデータを収集し、分析。これには、過去のトレンドや統計データ、科学的なモデル、専門家の意見などを活用することが含まれる。

③ 解決策の仮説構築:
マテリアリティと事業を照らし合わせ、具体的な取り組みアイデアを創出する。これらのアイデアは、将来の可能性や変数を考慮に入れて構築される。

④ 作っていきたい社会の言語化:
ある時間軸で作っていきたい未来社会の自社への影響(メリットやデメリット、リスクや機会)を分析し、最終的に実現したい社会像の詳細と具体的な行動計画を行う。

blog_20230630_9(図9Future scenario(環境認識)のプロセス

議論を重ねて策定したシナリオは、モニタリングと更新が必要となる。選択されたシナリオの実施をモニタリングし、定期的な評価と更新を行う。企業に与えられた状況や条件が日々変化するため、大きな環境変化が起こった場合は、シナリオは定期的に見直される必要がある。

3-1 パーパスの結晶化/言語化

1-1から2-3までの要素から、自社のブランドらしさと実現したい社会の結節点となる要素を抽出し、経済価値と社会価値を両立する自社にとってのパーパスを規定する。パーパスを言語化する際には、シンプルで明快な文言を使用することが求められる。わかりやすく、響きのある文言を選ぶことで、関係者にインパクトを与えることができる。

企業をドライブしていく「強いパーパス」とは、自分たちがもたらす「経済的な価値(事業成長)」と自分たちが果たす「社会的な価値(担う責任)」の両立を骨太に、具体的に、宣言しているものである。たとえば、パーパスとして言語化する際に、「幸せをつくる」「健康をつくる」のような漠然とした言葉では、どの会社の話か見えなくなってしまう。

「誰に」「どこに」対して「何をする」。それで「どんな価値を生む」から社会がよりよくなることを明言することが、パーパスの言語化には不可欠となる。長年パーパス策定のプロジェクトを通じて、多くの企業に関わった経験から、「どんな価値を生む」ということは、「〇〇を増やす」とも言いかえられる(図10)。たとえば、あるプラットフォーマーは、「正しい情報を増やす」ことで社会をよりよくする。ある自動車メーカーは、「安全を増やす」ことで社会をよりよくする。 あるスポーツ用品メーカーは、「行動する勇気を増やす」ことで社会をよりよくする。ある人材紹介会社は、「人生の選択肢を増やす」ことで社会をよりよくする。パーパスの結晶化というのは、「一言でいうと何を増やすのか?」という問いに答えることである。

blog_20230630_10(図10)パーパスの結晶化/言語化

「社長の想い」から「みんなの物語」へ。企業のパーパス、存在目的というものは、それを言葉にしたからといってすぐに生まれてくるようなものではない。大切なのは、実際にそこで働く人が日々、仕事をする中でどんな想いを持っているか、あるいは、どんな発言、行動をしているかということであり、そうした1つひとつの事実を振り返って見た時に、結果的にふさわしい言葉が生まれてくる、「みんなの物語」を結晶化するというのが本来の姿であろう。

3-2  Values(価値観)の規定

バリューとは従業員一人一人が持つべき価値観であり、事業を推進していくうえでの判断基準として機能する。従業員を巻き込みながら策定していくことで、より組織に浸透するバリューを定義することが可能になる(図11)。

blog_20230630_11(図11)バリューの策定プロセス

① 参加者の関与:
バリューを定めるプロセスには、組織内の様々な関係者が関与することが重要となる。経営陣、社員、顧客、パートナー、株主など、企業に関わる人々の意見やフィードバックを集めよう。定期的なワークショップや意見交換の場を設けることで、幅広い視点を得ることができる。

② バリューエッセンスの識別:
収集した情報を基に、パーパスを実現するためのバリューエッセンス(中心的な価値観)を特定する。バリューエッセンスは、企業のアイデンティティや目指す方向性を表すものであり、組織の全体的な行動指針となる。例えば、信頼性、創造性、協力、社会的責任など、組織が重要視する価値観を明確にする。

③ バリューの言語化:
バリューエッセンスをもとに、明確なステートメント(文言)を作成する。これは、企業が表明する公式な価値観の文書化である。ステートメントは簡潔で明確であり、社内外のステークホルダーに伝えるためのガイドラインとなる。

バリューを定めたら、組織内外で積極的にコミュニケーションし、価値観を浸透させる必要がある。内部コミュニケーションツールや会議、トレーニング、パフォーマンス評価など、さまざまな手段を使って価値観を徹底的に共有し、組織文化として根付かせていく。

さらに継続的な評価と改善が必須となる。価値観は静的なものではなく、組織や環境の変化に応じて、定期的に評価し、必要に応じて改善を行うことが重要となる。フィードバックの収集や組織の成果との関連性の評価を行い、必要な場合には修正や追加を行っていく。

バリューを定めるプロセスは組織によって異なる場合もあるが、上記のステップは一般的なガイドラインとして参考になると思われる。企業のバリューを明確に定めることは、組織の方向性を示す重要な要素となり、組織全体の一体感や目標達成に寄与していく。

3-3  Metrics(重要指標)の策定

定めたパーパスを実現していくために、経済価値/社会価値それぞれに対するメトリクスを洗い出し、財務・非財務KPIとして設定し、価値創造のストーリーとしてステークホルダーに発信していく(図12)。

blog_20230630_12(図12)メトリクスの策定プロセス

① パーパスに関連するメトリクスの特定:
自社で定めたパーパスを達成するために測定すべき重要な要素や影響力のある領域を特定する。これには、財務的な側面(収益成長、利益率、キャッシュフローなど)だけではなく、非財務的な側面(環境影響、社会的指標、従業員の幸福度など)も含まれる。

② KPIの選択と設定:
メトリクスのうち、ゴールを達成するための重要指標であると認識されたものをKPI(Key Performance Indicator)として設定する。財務的なKPIは、企業の財務データや指標から抽出される数値である場合が多い。非財務的なKPIは、定量的な指標や定性的な評価に基づいて測定される場合がある。

③ 目標の設定:
各KPIに対して、パーパスの達成に向けた目標を設定する。これは、KPIの理想的なレベルや達成度を示すものである。目標はSMART原則(Specific, Measurable, Achievable, Relevant, Time-bound)に従って設定する。

④ モニタリングと報告の仕組み:
設定したKPIを定期的にモニタリングし、結果を報告する仕組みを確立する。定期的な報告とフィードバックを通じて、目標達成に向けた進捗状況を把握し、必要な場合には対策を講じることができるようにする。

⑤ 価値創造ストーリーへの落とし込み:
近年、統合報告書を発行する企業や長期視点の投資家などが価値創造ストーリーの作成を求めるようになった。ここで自社の価値創造を財務、非財務の双方の定量的視点をもって整理することが必須となる。

KPIはビジネス環境や目標の変化に応じて見直す必要がある。継続的な改善プロセスを組み込んで、KPIの適切性や有効性を評価し、必要に応じて修正や追加を行う。

4.パーパスを「絵に描いた餅」にしないために

我々博報堂コンサルティングが、パーパスのプロジェクトを行う際に留意するべき点は、パーパスを社会価値のみで語って、現在の事業と切り離してしまうことである。SDGs(持続可能な開発目標)ESG(環境、社会、ガバナンス)をはじめとしたサステナビリティアジェンダに対応するためのパーパスという狭義の解釈が、単なるお題目で終わってしまう多くのケースを見てきた。米ハーバード大学のマイケル・ポーター教授らが、経済価値と社会的価値を同時に実現する「CSV(※7)」(共通価値の創造)を提唱したのが2006年のことで、それから15年余りが経過した。今こそ、CSVで論じていた経済価値と社会価値を両立する北極星を示すのが、パーパスの本来的意義である。

本稿で紹介した「パーパスサーキュレーションモデル」は、パーパスを中心として企業が経済価値/社会価値を生み出すストーリーを描いている。1-1事業ドメイン、1-2ビジネスモデル、1-3提供価値という3つの構成要素で事業構造を明確化。将来環境を見定めるために、2-1ステークホルダー分析、2-2マテリアリティ特定、2-3将来環境シナリオ策定から、どのように社会価値を創出するのかを定義する。最後に3-1パーパス策定、3-2バリュー(価値観)規定、3-3重要指標特定が方向性を示している。

定めたパーパスとそのストーリーを「絵に描いた餅」で終わらせないためには、まず自社のパーパスへの思いを経営者自身の言葉で雄弁に語っていくことである。その次の段階では、パーパスを実践していくための打ち手の議論が必要となる。その議論の前提として、まずは全ての経営陣、経営幹部が自社のパーパスを深く理解し、共感することが必須である。

さらに必要なことは従業員への浸透となる。全ての従業員がパーパスに至る経済価値/社会価値創造のストーリーを理解し、それが事業の現場で日々直面する価値判断のよりどころとなれば、企業としてのパフォーマンスは格段に高まっていく。事業の現場でストーリーを根付かせるためには、KGIKPIの設定も必要となる。経営計画を刷新するタイミングで、こうした運営指標を適宜組み込み、PDCAを回していくことである。

「万人が腹落ちするストーリー」を描くことができていれば、その物語を今後のコーポレート・ブランディングの主軸に据えて、マーケティング戦略、リクルーティング戦略、IR戦略などに展開することもできる。

最後に、パーパスに至るストーリーは、一度描いてしまえば終わりということではない。経営環境、事業環境の変化を踏まえ、ステークホルダーとの対話を繰り返しながら、自社のパーパスを見直していくことも含めてリデザインを繰り返し、企業全体のパフォーマンスの向上を目指して常にブラッシュアップを重ねていくことである。


「パーパス起点の価値創造ストーリー」 貴社ではどう描くだろうか?

 


(※1)ブラックロック社:
ブラックロックは、アメリカ合衆国ニューヨーク州ニューヨーク市に本社を置く、世界最大の資産運用会社である。2021年末における同社の運用資産残高(AUM)は10兆ドル(約1,153兆円)と日本のGDPの2倍に相当する。

(※2)ビジネス・ラウンドテーブル(BRT):
アメリカで有名な財界ロビイの一つ。 1972年に設立され,アメリカの主要企業 200のトップが会員となっている。BRはその会員が示すように大企業の利益を代表する。ロビイング活動は強力で,それを支える調査研究活動や政策立案作業には会員企業の優秀な社員がスタッフとして協力する。

(※3)三方良しの経営:
「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」の三つの「良し」。売り手と買い手がともに満足し、また社会貢献もできるのがよい商売であるということ。近江商人の心得をいったもの。

(※4)マテリアリティ:
マテリアリティとは、元々は会計用語であり、財務諸表に重要な影響を及ぼす要因のことを指す。非財務指標であるESGの文脈では、企業活動に影響を及ぼす社会的な重要課題を意味する。

(※5)CTF分析:
CFT分析とは、経営学者のデレック・エイベルが提唱した、事業ドメインを設定する際に用いられるフレームワーク。「Customer(顧客)」「Function(機能)」「Technology(技術)」の頭文字を取ったもので、この3つの要素から事業ドメインの設定を行う。

(※6)サービスブループリント:
サービスブループリント(service blueprint)は、製品やサービスがユーザーに提供されるまでプロセスを、提供者をはじめ関係者とシステムの動きを合わせて時系列で可視化したツール。

(※7)CSV:
CSV(Creating Shared Value:共通価値の創出)は、ハーバード大学ビジネススクールのマイケル・ポーター教授が、2006年に企業の慈善事業やコスト活動としてのCSRに異を唱えて提唱。社会のニーズや問題に取り組むことで社会価値を創造し、その結果、経済価値が創造されるという、グローバル市場における企業の新しい競争戦略の概念。

 

参考文献:
・「パーパス経営: 30年先の視点から現在を捉える」名和高司 東洋経済新報社 (2021/4/23)

・「経営者に贈る5つの質問」ピーター・F・ドラッカー ダイヤモンド社(2009/2/20)

・「現代語訳 論語と算盤」 渋沢 栄一 筑摩書房 (2010/2/8)

・「インビンシブル・カンパニー 無敵の会社を作った39パターンのビジネスモデル」アレックス・オスターワルダー , イヴ・ピニュール, フレッド・エティアンブル, アラン・スミス他 翔泳社 (2021/1/18)

・「理念経営2.0── 会社の「理想と戦略」をつなぐ7つのステップ」佐宗 邦威 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(2023/05/12)

・「パーパスの持つ力を伝統企業に浸透させる法 ペプシコ変革の12年間から学ぶ」インドラ K. ヌーイ ,ビジャイ・ゴビンダラジャン DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー 2020年10月号

・「共通価値の創造(CSV)を通じて社会的利益と経済的利益の両立を目指す」マーク R. クラマー DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー(2021/1/26)


 


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