※本コラムは、ダイヤモンド社『DIAMOND Quarterly / 2018 春号』に掲載されたタイアップ記事「ビジョンを構想し、共有しなければイノベーションは創出できない」の内容を転載しております。


既存事業が成功しているほどイノベーション創出の壁は高い

編集部(以下青文字):イノベーションの重要性を十分認識していながら、みずからドラスティックに変化することができないジレンマや危機感を抱く企業が少なくありません。日本企業がイノベーティブでなくなったとするなら、その要因はどこにあると思いますか。

西村:日本企業を取り巻く外部環境が、デジタル化の進展やアジア各国の追い上げなどにより厳しさを増す中、いま求められているのは、シェア争いのような単なる競争戦略ではなく、儲け方や勝ち方そのものを変えていくという、従来の競争戦略の延長線上にはないような非連続なイノベーションです。
ところが、多くの企業ではこれまで自分たちが戦ってきた勝ち方ができあがっていて、そこからなかなか抜け切れないでいます。過去の成功体験が視野を狭めてしまい、新しいビジネスを描くことを阻害しているのではないかと思います。
日本のGDPは世界第3位に転落しましたが、国内市場の規模はいまだに大きく、それを維持するためにも投資や人員が必要な状況が続いています。
一方、新しいビジネスを求めて海外展開を図っても、伸び率は高いものの規模としてはまだまだ大きくありません︒デジタル関連の事業についても︑一朝一夕にグローバル競争に勝てるレベルに届かないことから、規模が大きい既存の主力事業を守ることを優先順位の上位に位置付けてしまう。
そうした中で、既存事業を守りながら新しい種を育てていく。しかもそれを単なる既存のビジネスの延長線としてではなく、まったく違うものとして描くというのは、経営者にとってもかなりハードルが高いのではないでしょうか。

栗原:過去の勝ち方から抜け切れないというのは、逆に言うとそれほどよくできた勝ち方だということでもあります。
たとえばミスが出ない製造工程や、イレギュラーが発生した時の報告体制などがしっかり構築されていて、それがどんどんブラッシュアップされるような組織の仕掛けをつくっています。難しいのは、それらがこれまではその会社の勝ち方としては正解だったということです。
ただ、状況が変わってイノベーションが求められるとなると、話は変わってきます。そもそも目指しているゴールが変わったのであり、いままでと同じやり方ではだめなんだと誰かが言ってあげなければならない。「イノベーションが生まれない」と言っている会社は、よくできている仕掛けから抜け出せなくて苦しんでいる、というのが実態に近いのではないでしょうか。

西村:実際、そうした悩みを持つ企業からの問い合わせも増えています。好業績で経営リソースにも余裕のあるいまだからこそ、未来を主体的に生み出していこうという機運が高まっているのかもしれません。
私が担当する健康食品会社も、第二創業と位置付け、役員一丸となって新しいビジネスの創出に取り組んでいます。
健康効果や病気予防を謳った同社の中核商品が、競合商品の台頭により売上げを減らす中で、すでに確立された製造から流通、プロモーションまでのやり方とは違った勝ち方をしなければいけない、というのが彼らの悩みでした。
それは単なる新商品のアイデアを提案してほしいということではなくて、10年後、自分たちはどういう価値を提供する会社であればいいのか、その時に事業ドメインはどこまで広がっているのか(あるいは狭まっているのか)、そのビジョンと事業ドメインに基づいた具体的な商品やサービスがどういうものであればお客様に支持されるのか、といったことを相談されたのですが、悩みは非常に根深いものだと感じました。

目指すべきビジョンが明確でないからどう変化すればいいのかがわからない、ビジョンがあったとしても社員が納得感を持って共有していないから変革のベクトルが合わない。そういった課題を持つ企業が多いように見受けられます。

西村:ビジョンという言葉自体が、日本の経営の中でまだ定着していないように思われます。ビジョンというと、往々にしてスローガンを考えたり、数値目標を掲げたりしますが、そうではなく、自分たちの会社が世の中でどういう価値を提供する会社なのか、その時にどういうバリューチェーンが必要なのかといった、「会社としてありたい姿」を事業に即して描いていくことが必要です。
我々は、ビジョンは事業全体を動かしていくものと位置付けています。未来のお客様の暮らしと、自分たちのあるべき姿を描いて、その未来の暮らしの中で、必要とされる事業の姿や事業ドメイン、シンボリックなプロダクトを逆算して考えていきます。ビジョンを考えることと、シンボリックなビジネスモデルや商品・サービスを考えることは、一体であるべきだと思います。
先ほどの健康食品会社の例で言うと、あるべき姿とシンボリックな事業の創出について役員会議の中では盛り上がるのですが、実際にできるのか、誰にやらせるのかといった現実に向き合うと検討速度にブレーキがかかってしまうという悩みもありました。
社員は既存の事業を回すのに一生懸命ですから、これにシンボリックな事業を立ち上げていく業務が付加されるとなると抵抗勢力も出てきます。そのため、全社を挙げて変化するのが非常に難しい。

栗原:おそらく高度経済成長期には、ビジョンのような話をしなくても経営者が見ている夢と従業員が見ている夢、お客様が期待しているものとが一致していたと思うのです。
端的に言えば、日本を豊かにする、暮らしを豊かにする、ということです。食品業界であれば、もっと寿命を延ばそうとか、栄養失調をなくして体の強い子を育てようといった夢で、会社は違ってもそんなに大きな違いはなかったはずです。その同じベクトルの中で、B2B企業でもB2C企業が求める原材料や機械などを提供することがミッションになっていて、そこからイノベーションは起きていました。
ところがいまは、健康一つを取っても、ロコモティブ・シンドローム(運動器症候群)なのか、糖尿病対策なのか、美しくなりたいのか、人々が求めるものが細かく枝分かれしています。イノベーションは掛け算だといわれても、掛け算の数が多すぎて、数を撃てば当たるとばかりにいろいろやってきたけれど、みんなイノベーション疲れを起こしている。
かつては必要のなかったビジョン、つまり自社の目指す方向性を、社内外に共通認識として持たせることができないと、イノベーションは起こせない時代なのです。ビジョンがあって、それに賛同する社員がいて、お客様が共感してくれて初めてイノベーションにつながります。ビジョンをつくることもそうですが、社内外でそれを共有することが非常に重要だと思います。

第2回に続く