<パーパスはただのトレンドなのか?優良企業ほど本気で取り組むワケとは?>

三島 由衣

三島 由衣コンサルタント

  • 組織改革・人材育成
  • 事業変革

「パーパス」が企業経営における重要キーワードとして語られるようになって久しい。2020年のダボス会議では主要テーマとして取り上げられ、Harvard Business Reviewでも何度も特集が組まれている。その一方、日本企業の経営陣の中には、自社で掲げるイメージがつきにくかったり、気になりつつも具体的な取り組み方が分からなかったりする人も多いのではないだろうか。しかし、今やパーパスは企業が存続するために必要不可欠なものとなりつつある。このコラムでは、パーパスが注目されるようになった背景を改めて振り返り、ひと足早くパーパス経営を実践し始めている企業の事例を参照しながら、その重要性について考察したい。

 


1.パーパスが注目されるようになった背景

企業経営におけるパーパスとは、「経済全体や一般社会における自社の役割・存在意義」を意味する(※1)。つまり、「あなたの会社は何を実現するために存在し、社会にとってどのような価値をもたらすのか?」という問いに対する答えといえる。なかなか簡単には答えられない問いではないだろうか。

一昔前までは、株主利益を最優先して経営を行っていた企業が多く、社会的存在意義が問われることは少なかった。それでは、利益主義的な思想からの脱却が叫ばれるようになったのはいつ頃からであり、どのような流れがあったのだろうか。

潮目が変わったのは、アメリカの経営学者であるマイケル・ポーターが「CSV」という考え方を提唱した2011年頃のことである。CSVとは、「Creating Shared Value(共通価値の創造)」の略であり、企業が社会課題や問題に取り組むことで社会的価値を創造し、その結果、経済的な価値も創造されることを意味する。社会的価値という側面のみを重視するCSR(Corporate Social Responsibility(企業の社会的責任))と違い、事業活動を通じた経済価値との両立を説いている点がポイントである(※2)

さらにその後、2015年に国連総会でSDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))が採択されると、企業はそれぞれ注力する社会課題を特定し、事業活動を通じてそれらの解決に貢献しようとする動きが加速した。こうした流れを受け、株主など特定のステークホルダーのためだけではなく社会全体のために事業活動を行うことが、企業存続のための前提条件として語られることが多くなった。

そんな中、経営環境は年を追うごとに予測困難を極め、従来通りの事業活動を行っているだけでは、変化し続ける事業環境に順応できない時代へと突入していった。そして2018年、アメリカ最大の資産運用会社ブラックロックが「A Sense of Purpose」と題した年次書簡で初めてパーパスに言及し、「企業はパーパス主導でなければ長期的な成長を持続できない」と発信(※3)。「パーパス経営」という考え方が、世界的な潮流としてより広く浸透するきっかけとなった。またこの流れを受け、1年後の2019年にはBRT(Business Roundtable)がパーパスに関する声明を発表し、株主資本主義の終焉とステークホルダー資本主義への転換を発表した(※4)。AppleやWalmartも参加する同団体からの発信は影響力が非常に大きく、まだまだ賛否両論はありながらも、すべての企業にとって避けて通れない議題となった。

これら一連の流れをご覧頂ければわかる通り、パーパスとは、企業にとっての最重要な経営テーマのひとつとなりつつあるのである。

とはいえ、未だその必要性に懐疑的な経営者も多い。パーパスは、本当に企業にとって必要なものなのだろうか?一過性のブームで終わってしまわないのだろうか?企業経営におけるパーパスについて、もう少し読み解いていきたい。

 

2.VUCAの時代におけるパーパスの必要性

現代は、VUCAの時代と言われている。VUCAとは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉であり、「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」を意味する(※5)。VUCAを象徴する事象として記憶に新しいものは、新型コロナウイルスの蔓延や、ロシアによるウクライナ侵攻であろう。他にも、自動生成AIの急速な普及や、Z世代ひいてはα世代と呼ばれるデジタルネイティブ世代の台頭など、たった数年で社会環境をガラリと変えた出来事は枚挙に暇がない。これから先、いつ誰が突然大きな影響力を持ち始めてもおかしくはないだろう。

こんなにも変動の激しい時代において、企業がこれまでと変わらず、同じ顧客に対して同じ事業を同じやり方で展開していても、生き残ることは難しい。日本でも機動力のある企業は既に動き出しており、最近ではIT企業が自動車産業に参入したり、銀行と百貨店が異業種提携したり、逆に同業内の競合他社と手を組んだり、老舗企業がかつてのコア事業を売却したり、一方でスタートアップを買収したり、、、といったニュースが絶えない。各社とも、これまでの常識が通用しないことを理解したうえで、自らの形を変えようとしているのである。何もこれは、一部の大企業や先端領域に限った話ではない。どのような企業であっても覚悟を決めて変革に取り組まなければ、すぐに淘汰されてしまう危険性が高い。その一方で、新たなチャレンジにはもちろんリスクも孕む上、株主や投資家をはじめとするステークホルダーからの理解をなかなか得られないこともある。そもそも自社がどこに向かって進むべきなのか、明確に見えていない場合も多いのではないだろうか。では、既定路線がない中で何を軸に意思決定すればよいのか。そのときの道標になるものが、パーパスである。

ここでは、いち早くパーパスを経営に取り入れて事業変革に繋げている事例を取り上げ、その重要性について改めて考察したい。

3.パーパス起点の事業変革事例

-事例1:某日系大手A社(医療業界)

2023年、A社はアジアに照準を当てた新薬を開発した。しかし、東南アジアなどの新興国では公的保険制度も十分に整備されていないことが多く、先進国と同じ価格設定では、低所得層が新薬を使うことは難しい。そこでA社は、同地域における薬剤価格を所得に応じて段階的に設定する方針を示し、最も所得の低い層に対しては無償提供を行うプログラムの整備を開始した。同プログラムの実現には資金の借り入れや民間企業との連携なども必要となり、決して平坦な道のりではないが、実施に踏み切った背景には同社のパーパスがあった。短期的にはコストが多少大きくなってしまったとしても、自社のパーパス(=存在意義)を果たすためにはこの取り組みが必要と判断したのである。もちろん、ただ慈善事業として行うだけではなく、同プログラムを通じて各種関連機関との繋がりが強まれば、事業基盤強化やブランド力向上に繋がり、将来的には無償提供以上のリターンが得られることも視野に入れている。まさに、パーパスを軸にCSVを実行している事例といえよう。

 

-事例2:某日系大手B社(総合電機業界)

新CEOの就任後、B社はそれまで据えていた経営のキーワードを、改めてパーパスとして掲げた。当時のB社は、一見して一貫性がないように見えるほど多岐にわたる事業を展開しており、投資家などの市場関係者からは資本の非効率性が指摘されていた。特に主力事業での赤字が続き、他事業の分離や統合が強く要求されている中、同社はそれらの声を退け、パーパスに基づき信念を持った事業改革を実行した。その決断は功を奏し、見事2年後に過去最高益を更新したのである。同社の経営陣に指針を与え、外部の反発を受けながらも軸のぶれない決断を可能にしたものこそが、パーパスである。その後も、同社は異業種との連携を進めるなど新たな挑戦を続けているが、すべてパーパスに基づく経営方針として打ち出されており、その一貫性はあらゆるステークホルダーから高く評価されている。パーパスが、激動の時代における企業の北極星として、十分に機能することが証明された事例だと感じる。

 

4. パーパスを定めることの第一義

これらの事例を通じて分かることは、パーパスこそが、事業活動に一貫性を持たせ、企業を継続的な成長に導くための全社的な判断軸になるということである。パーパスの持つ効果として、従業員エンゲージメント向上、採用力強化、企業ブランディングなどが挙げられることが多いが、ここでは、パーパスが経営者にとってあらゆる意思決定の拠り所になるという点に最も注目したい。図1をご覧いただくと分かるように、パーパスがすべての基点となって、自社がどの領域でどの事業を展開すべきかの意思決定がなされ、パーパス体現の結果として生まれる社会的インパクトが経済価値をもたらす(=CSV)ことで、さらなる事業の発展に繋がるのである。とはいえ、ただパーパスを掲げて心の支えにしているだけで良いということではなく、パーパスを実体化させるためには、具体的な組織課題や数値目標に落とし込んでいく必要がある。それらを戦略と紐づけ、実行に移し、結果を出して初めて、社内外からの評価を得ることができる。さらにはこうした活動を通じて、パーパスに対するトップの本気度が組織内に伝わり、トップの言動に一貫性が生まれることで、初めて従業員は自社のパーパスに関心を示し、実現に向けて動き始めるのである。

 

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(図1)パーパスを軸にした事業判断イメージ

 

いまだ多くの日本企業は投資家などの外部圧力に押され、短期的な収益を優先してしまっているのではないだろうか。国内人口が増え続けることで市場が拡大し、明日は今日よりも成長できることが見えていた時代はそれでも問題なかったかもしれない。しかし、国内市場が成熟を迎え、VUCAの時代が到来し、リスクあるチャレンジや大きな変革が生き残りの要件となる中、経営判断における自由度の高さは、一方で迷いも生むことになる。どこを注力領域に定め、どのようなパートナーと組み、何をするのか。それを決めるには、超長期視点と経営層としての志がなくてはならない。つまり、パーパスは決して一過性のトレンドではなく、これからの時代を戦っていくための第一歩なのである。そしてこれこそが、優良企業の多くが本気で取り組んでいる所以であるといえよう。皆さまの企業でも、自社のパーパスについて、今一度本気で検討してみてはいかがだろうか。

 


※1:「パーパス経営」 DIAMOND Harvard Business Review(2022年6月号)
※2:「CSVとは? その内容とマイケル・ポーターについて紹介」 日経ビジネス(2021/4/9)
※3:「A Sense of Purpose」 BLACKROCK LARRY FINK’S ANNUAL LETTER TO CEOS 
※4:「パーパスとは何か?「企業の存在意義」は、偽善かトレンドか」 The HEADLINE(2022/2/2)
※5:「VUCA(ブーカ)とは?予測不可能な時代に必須な3つのスキル」 GLOBIS CAREER NOTE(2022/4/25)



 

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