<第2回>企業の競争力を高める「イノベーション」― 「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」

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 日本における「破壊的イノベーション」の概念と理論の普及に寄与された、関西学院大学 専門職大学院 経営戦略研究科 玉田俊平太教授のインタビュー連載第2回です。
(以下敬称略/全4回)


第2回 「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」

(1) 「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の本当の意味

楠本: 「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」の概念がかなり産業界でも浸透しているのではないかと思うのですが。

玉田: 確かに、言葉としては広まってきていますが、まだまだ誤解されている方が多いように思います。それは、クリステンセン教授の『イノベーションへの解』という本の中でも書かれているのですが、「持続的」「破壊的」という言葉を脳内変換して、破壊的=画期的、持続的=漸進的と解釈されている人がものすごく多いようです。ハーバード・ビジネス・スクールの学生でも多いし、世界トップ企業のCEOやCTOの中にも誤解している方がいらっしゃると嘆かれています。日本でも時折「破壊的イノベーション」について語られている方がおられるのですが、画期的イノベーションの意味で使っていらっしゃることが多いですね。

楠本: 「破壊的イノベーション」は「画期的イノベーション」とどのように違うのでしょう?

玉田: それを区別するには、まず顧客が求める性能には限りがあるという認識が必要です。これは経済学で言えば限界効用逓減のような話で、例えばビールは1杯目が一番おいしくて、2杯目はそこそこで、10杯でもうおなかいっぱいなんてことがありますよね。つまり、我々のビールの需要は10杯が上限なんです。

同じように、よく授業で模擬実験をするのですが、最高時速300キロで300万円の車と、400キロで400万円の車、最高時速1キロあたりの値段は同じ場合に、どちらを買いたい?と聞いた時、もしみんなの車の最高速度についての好みが一様に分布していたら、400キロの車と300キロの車、同じ数の人が欲しがるはずですね。でも、ちょっと自分で車を買うことをイメージしていただければわかるように、教室でも大半の人が性能が低い方、つまり最高時速300キロの車を買うと答えるのです。

これは要するに、車の最高時速に対する人々の需要というのは、どうやら200キロぐらいが上限で、それ以上は“いらない性能”ということなんです。だから、そういう性能競争に血道を上げてもあまりメリットがない。もちろん、性能そのものではなく、時速400キロも出せる車の醸し出す、性能を極限まで追求した別世界の雰囲気に価値を見い出し、そういった車を購入する方も一定程度います。しかし、そういった顧客の数はきわめて限られます。このような、ある性能軸の性能をどんどん向上させること、これを「持続的イノベーション」と言います。

一方、ある性能軸で見ると、既存の製品の性能はおろか、既存製品の主要なお客さんが求める水準性能を下回る、つまり“性能が悪くなるイノベーション”が起きることがあるんです。例えばミニコンピュータ全盛時代における、マイクロプロセッサを使ったパソコンは、明らかにミニコンピュータより性能が低く、ミニコンピュータの主要な顧客であった大学や研究機関は当然食指が動かないものでした。顧客にとって求める性能に達していないのだから当然ですよね。

じゃあどういう人に売れたかというと、新しい顧客。その中にはスティーブ・ウォズニアックという人もいて、大学の計算機センターでは大型コンピュータが使えるけれど、学生の割当てられているCPUタイムには限りがあるので思う存分は使えない。しかし、今度出たマイクロプロセッサなら、自分で買って来て、回路を設計して、プログラミングが出来る!純粋にそういうことを趣味として楽しんだ人達がいる中でスティーブ・ジョブズと出会い、AppleⅠが生まれました。AppleⅠは半田付けなどは既にされていたので、回路設計や半田付けができなくてもプログラミングが楽しめる“大人のおもちゃ”で、当初ホビースト達に受け入れられました。

その後、ハーバード・ビジネス・スクールの学生が金融シミュレーションの授業を受けていた時、教授が黒板の数字を間違え、全部計算し直している姿を見て、数字1つ変えたら全部再計算してくれる自動表計算ソフトがあったらいいだろうと発想し、生まれたのがAppleⅡ用表計算ソフトのVisiCalc(ビジカルク)です。それによって、ホビースト向けのおもちゃが“実用品”になったわけです。

つまり、最初は低い性能で生まれて、徐々にその性能を向上させていく、それにつれて新しい顧客に受け入れられ、徐々に既存製品の顧客をローエンドから奪っていく。このようなタイプのイノベーションを「破壊的イノベーション」と言います。

VisiCalcが出たことでパソコンは“実用品”となり、IBMが82年にIBM/PCで参入します。その後も、Lotus 1-2-3といった表計算とグラフとワープロを組み合わせたような豊富な機能を持った便利なソフトが開発され、さらにグラフカル・ユーザー・インターフェースを備えたMacintoshやWindowsが生まれ、Windows Serverが出ます。

Windows Serverは、もはや一部の銀行が業務に使うぐらい性能が高く堅牢なわけです。そうすると気付いた時にはミニコンピュータやメインフレーム(大型コンピュータ)などの領域を、いわゆるPCアーキテクチャが下から浸食していって、最後はそういった企業を破壊してしまう。だから「破壊的イノベーション」と言うのですが、既存製品の主要顧客から見ると、一旦性能が下がるため、当初は彼らから「あんなものは、オモチャだ」と馬鹿にされるようなイノベーションなのです。

 

(2) 「破壊的イノベーション」実現にむけて考慮すべき4つの制約

楠本: 新しい顧客を生み出すかどうかが一つの切り口なのでしょうか?

玉田: はい、まず新しい顧客に受け入れていただくことを目指すことが大切です。そういう方は何らかの制約によって既存の製品やサービスが使えていない人達なんです。その制約は4種類あると言われています。1つ目は「スキル」の制約というもの。つまり専門家の助けを得ないと使えないような製品です。例えば、昔のコピー機はプロにメンテナンスしてもらう必要がありましたが、キャノンのファミリーコピアという商品は、カートリッジとトナーを一体型にして、手を汚さずに自分でメンテナンスでき、且つ価格も大幅に下げて、それまでの大企業ではなく、SOHOや家庭でもコピーが取れるという、まさにスキルの制約条件によってコピー機が使えていなかった顧客を捉えました。

2つ目は、「資力」、つまりお金です。これはわかりやすくて、“既存製品が高くて買えない”という制約です。例えば、昔の大型コンピュータだと何億円、ミニコンピュータでもおそらく1,000万円位していて、個人ではとても買えるものではなかった。そこにマイクロプロセッサを使ったパソコンというものが出て、40万円程で手に入るようになった。つまり高すぎて使えなかった商品を劇的に安くすることで、資力の制約を取り払い、新しい顧客がコンピュータを使えるようになったわけです。

3つ目が、「アクセス」による制約。昔は、ある特定の時間に特定の場所に行かないと使えないものって沢山ありましたよね。例えば、銀行の窓口。以前は、午後3時で終わりでしたが、今なら電話やインターネットで“自宅に居ながらにして”24時間365日いつでも残高を確認したり送金ができたりと、銀行にアクセスができるようになりました。つまり、アクセスの制約を解放出来れば、破壊的イノベーションが起こせる可能性があるのです。

4つ目は、「時間」の制約です。モノやサービスのなかには、その使い方をマスターしたり、消費したりするのに時間を要するものがあります。例えば、多くの作品が2時間前後ある“映画”は、劇場に足を運んでもらって映画館で観るのに適した尺なので、いろいろと誘惑の多い自宅で続けて観るにはやや長い気がします。だから、私のハードディスクレコーダーには放映された映画がどんどんたまっていく一方ですが、観るためのまとまった時間が取れず、全然消費が進まないんです。

一方、“24”や“CSI”などの連続テレビドラマは大体1回が1時間ぐらいですよね。その方が、日常生活の中での視聴には向いているわけです。だから最近では、映画から資本や人材がドラマに流れ込んでいて、“エクスタント”などはスピルバーグ製作、アカデミー賞女優のハル・ベリー主演、真田広之も共演しているという豪華な布陣で制作されています。

他の例として、最近のMacintoshパソコンには無料で付属している、スティーブ・ジョブズも御用達だったプレゼンソフトのKeynoteが、私にはその使い方をマスターする時間がなくて使いこなせていないのが、ユーザーが時間の制約で消費できていないサービスの例です。

このような、使い方が複雑だったり、消費に時間を要しているモノやサービスを、何か発想を転換して、ワンクリックやワンアクションで簡単に使えるようにすることで、新たな顧客を捕まえ、破壊的イノベーションを起こせる可能性がありますね。

 
 
 

持続的イノベーションと破壊的イノベーション

 
 

(3) テレビのイノベーションは「破壊的」か、「持続的」か?

楠本: ブラウン管から液晶のテレビへの革新は、「破壊的イノベーション」でしょうか?

玉田: 私はあれは「持続的イノベーション」だと思っています。ブラウン管が全盛だった頃、37インチのブラウン管テレビだと重さが100kg近くあり、奥行きも1m近くあったんです。大きくて重たくてかさばるけれど、画面は大きい方がいいので消費者は買い求めました。でも、もっと大きい画面、42インチとかにしようと思ったら、おそらくブラウン管だと150kg位にもなって、もう実用的ではないんです。そういった時に液晶が、最初は腕時計や電卓に使われて、徐々にいろいろなデバイスに使われて性能が上がってきて、テレビの顧客の要求水準を超えてきたところでテレビに採用されたわけですね。

その時には、液晶は、ブラウン管よりも奥行きや重さなどの面で、より性能の高い(薄くて軽い)デバイスとして採用されているので、ブラウン管テレビから液晶テレビへのイノベーションというのは“持続的なイノベーション”だと考えることができます。

つまりブラウン管テレビを使っていた既存顧客が求めていた薄さ・軽さ・大きさ・低消費電力、そういったものを高い水準で満たしたのが液晶テレビという持続的なイノベーションです。なぜなら、液晶テレビを購入したユーザーの大半はブラウン管テレビからの買い換えでしたよね?既存のテレビを買い換えるということは、ベターな商品だということです。破壊的イノベーションは既存ユーザーに見せると「そんなのオモチャだ」と言われてしまうのですが、持続的イノベーションであれば既存ユーザーに見せれば「お、いいね! 買い換えたい!!」と言うでしょう。

ところで、同じ液晶テレビでも、電池で動く小型のポケット液晶テレビは別です。ポケットテレビは、ソニーのトランジスタラジオ同様、これまで何も観たり聴いたりするモノがなかったところに新しい消費を生み出した“新市場型の破壊的イノベーション”なのです。

楠本: 液晶テレビは新しい顧客を生み出したわけではなく、持続的な性能向上の結果なのですね。

玉田: はい。そういう意味では、戦後すぐにシャープが国産のカラーテレビ1号機を出して以来、ずっとテレビのイノベーションは持続的イノベーションでした。

あと、今後業界を挙げて普及を進めていくであろう「4Kテレビ」があります。ハイビジョンの4倍解像度が高いテレビ、つまり2倍近寄って、半分の距離で観てもいいぐらいドットの細かいテレビなので、臨場感は確かに増します。ハイビジョンテレビは画面の高さの3倍離れて観るとよいとされています。そうして観ると、テレビの左端から右端までの角度が30度ぐらいなのですが、半分まで近寄ってみると60度の視野をテレビ画面が占めるので、画像の大きさが4倍に見える、それだけ臨場感が高まるのです。これは、持続的イノベーションの一つであると言えます。色々な見方があるのは事実ですが、私は、顧客がテレビに求める目的に照らし合わせるに、需要を超えてしまっている可能性があります。

つまり、日本のテレビメーカーにとって、これまでの持続的イノベーションのマネジメントから、これからは破壊的イノベーションをどうやって起こすかが大事な状況に変わっています。しかし、経営モードをシフトする必要性があるにもかかわらずできていない、どうしたらいいかも分からないということに対する提言として、今回『日本のイノベーションのジレンマ ― 破壊的イノベーターになるための7つのステップ』を書かせていただきました。七つのステップに分けて、ステップ・バイ・ステップで学んでいただけるように設計しています。

 

(4) 新しい酒(破壊的イノベーション)は、新しい革袋に

楠本: 破壊的イノベーションを正しく理解していても、自社がどうすべきなのかと悩まれている方が多くいらっしゃると思います。どう考えても持続的なイノベーションと分かっているけれど、他になす術がないというケースも多いのではないかと思うのですが。

玉田: 既存の優良な企業は、当然株主にコミットした利益を実現しないといけないし、売上も伸ばしたい。そうすると、「より大きな市場に向けてより良い製品を提供する」ようなイノベーションだけを通すフィルターが備わっています。例えばそれはステージゲート法という研究開発マネジメントのテクニックだったり、あるいはそれぞれの中間管理職が上司にどのようなプランを上げるかの判断基準だったりします。

自分が大企業の中間管理職だと想像していただければご理解いただけると思うのですが、例えば、現在のテレビよりもより良い性能で、より高い値段で売れるため利益率も良さそうな“既存製品の改良版”を開発するプロジェクトAと、誰が買うかは判らないけれど、“歌って踊るテレビ”があったら面白そう!そんな製品を開発してみようというプロジェクトBがあった場合、家族もいる、住宅ローンも抱えている、この新製品の成否によって自分の出世が左右されるかもしれないという状況の時に、AとB、どちらのプロジェクトを上に上げるかって訊かれたら、大半の皆さんは、Aのプロジェクトにしようとなりますよね。そして、優良大企業には、そういう意思決定のレイヤーがいくつもいくつもあるわけです。

ですから、既存優良企業には、本質的に、破壊的アイディアを通すことができない仕組みになっているんです。そのことは、チェスブロー教授が取り組まれたオープンイノベーションの研究でも明らかになっているのですが、ゼロックスでは、上がってくるあらゆるIT技術のアイディアを、自社のコピー機メーカーとしてのビジネスモデルに当てはめて採用すべきかどうか検討したので、そのほとんどを通さずにはねているんです。そして、そうやってはねられたアイディアは、開発者がスピンアウトした先の企業で実現されて、そのスピンアウトした企業の時価総額の合計は、多いときにはゼロックスの時価総額の倍ぐらいにもなっていた、というショッキングな数字もあります。

そこでチェスブロー教授は、例えば企業が自社からスピンアウトする企業に対して出資をするとか、あるいは自社の持っている特許を自社とは違うビジネスモデルを持つ企業にライセンスするといった形でマネージしたら、もっと自社で産まれたイノベーションからの果実を多く得ることが出来たのではないかと考え、「オープンイノベーション」という概念を提唱されたわけです。これはイノベーションのアイデアを、自社のビジネスモデルに当てはめるだけではなく、スピンアウトベンチャーや特許ライセンシングなど、多様な出口を考えるべきだ、という“出口のオープンイノベーション”です。

クリステンセン教授も、破壊的イノベーションのアイディアを、既存の持続的イノベーションに慣れた企業の中で生み出し、資源を割り当て続けて育て上げることはかなり困難なので、外部の独立性の高い組織に任せるべきだとおっしゃっています。
実は日本でも例があって、ソニーが家庭用ゲーム機事業に進出する際、ソニー・コンピュータエンタテインメントという別会社を作りました。ハードで儲けるのではなくソフトで儲けるという、ソニーのビジネスモデルとは相容れない破壊的なイノベーションを起こすために、ソニー本社や研究所、CBSソニーからのスタッフを外部に異動し、独立した組織で自由にやらせることで新事業を成功させた良い例だと思います。

楠本: 既存の判断基準、評価基準に影響を受けないような組織体でやらなければ、成功の確度が下がってしまうということですね。

玉田: その通りです。私はこのことを、新しい酒、すなわち破壊的イノベーションは、新しい革袋(組織)に入れないと駄目だと言っています。


>第3回に続く


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