パーパス経営で加速させるオープンイノベーション ―企業単独の物語から社会全体の物語へ—

北川 稔実

北川 稔実コンサルタント

  • 組織改革・人材育成
  • 事業変革

オープンイノベーションが重要だと言われ20年近くが経つ。一方で日本企業は欧米に比べてオープンイノベーションへの取組率が低いと言われる。オープンイノベーション白書によると、企業のオープンイノベーション取組率は欧米企業が78%も取り組んでいるのに対し、日本企業は47%に留まっている。
これは、日本が輝いていた高度経済成長期に社内に閉じた研究・開発が競争優位をもたらしていたことが、今日まで成功体験として記憶されているからとも考えられる。
本稿では、日本企業がオープンイノベーションに取り組み始めるために、なぜパーパス策定が有効であるのかを解説する。

 


1.先行不透明な時代における社内イノベーションの限界 社外との価値創造が重要に

(ア) 無形資産の流動化により、“調達力”が競争優位をもたらすように

オープンイノベーション自体は20年前からある概念であり、2003年に現UCバークレービジネススクール教授のヘンリー・チェスブロー氏が提唱している。なぜ、オープンイノベーションが必要とされ始めたのだろうか。それは人や情報の流動化が大きく影響している。

かつては、社内で独自の技術を研究・開発することが企業の競争優位をもたらすことが多かった。そのため、多くの企業は競合他社に模倣されない技術の探索に多くの投資を行っていた。しかし、優秀な労働者達の増加や、労働市場の流動化により、知識が一部の企業にではなく、大学、ベンチャー企業、コンサルティングファームなど多様な組織に分散された。これにより、自社に研究機関を持たない企業であっても容易に高度な知識にアクセスできるようになった。また、2000年前後にはIT化の進展によって、情報が国境を超えて世界中を行き交うことで、今までアクセスできなかった外部の知識が容易に得られるようになった。

こうした人や情報等の無形資産の流動性が高まったことにより、欲しい知識は外部から容易に調達できるようになった。これにより、事業に必要な知識を社内で0から創り上げることよりも、既に必要とする知識を持っている外部パートナーを探すことの方が効率的になっていったのだ。

(イ) VUCAと呼ばれる昨今、社外との価値創造が更に重要に

先が読めないVUCAと呼ばれる昨今においては、目の前の変化を捉え、企業自身が対応していく力がより重要となると言われている。
一方で、大きな成功体験がある企業ほど、過去の延長で考えてしまい、変化への対応力が弱まってしまう傾向にある。こうした硬直状態にある企業こそ、社内に閉じずに、柔軟で新しい発想をする外部パートナーの力を借りることで突破口を見出せる可能性が高い。
2023年3月には政府から「スタートアップ育成に向けた政府の取り組み」が発表されており、3つの柱の1つとしてスタートアップと大企業によるオープンイノベーションが盛り込まれている。
まさに、オープンイノベーションは、変化力を求める大企業、そして大きな力を借りたいスタートアップ双方の突破口であり、日本経済を牽引していくための成長ドライバーと言えるのだ。

2.パーパス経営はなぜオープンイノベーションを加速させるのか

(ア) ものづくり、ことづくりを超えた「場づくり」の時代

昨今のオープンイノベーションはオープンイノベーション3.0と呼ばれている。
1.0は“ものづくり”、2.0は“ことづくり”、3.0は“場作り”のオープンイノベーションとも言いかえることができる。

① “ものづくり”のオープンイノベーション1.0
初期のオープンイノベーションは大企業の休眠資産の活用として行われていた。
この頃のオープンイノベーションは大企業の中で使用されていない休眠資産を企業の外に出すことで、ライセンスアウトする方式が主流であった。
例えばアメリカでは、社内の研究所で使われなくなっていた技術(=休眠資産)を他社に売却したりするIT企業が増えたことで、当該技術を活用した多くのスタートアップが誕生したという経緯がある。
これらは技術起点で「ものづくり」のオープンイノベーションと言えるだろう。

② “ことづくり“のオープンイノベーション2.0
次に台頭してきたのは顧客起点のオープンイノベーションである。
先述したように市場が目まぐるしく進化する中で、企業が技術を0から研究するよりも、顧客のニーズに即して、必要な技術を外部から調達するためにイノベーション2.0が提唱されたのだ。
例えば某製造小売会社では、顧客と商品を共創するためのポータルサイトを開設し、そこで顧客から提案されたアイデアから、数多くのヒット商品を生み出した。
オープンイノベーション2.0においては、何よりも顧客ニーズを充足するスピード感が重視される。これは顧客ニーズ起点という意味で「ことづくり」のオープンイノベーションと言えるだろう。

③ “場づくり“のオープンイノベーション3.0
近年提唱されているオープンイノベーション3.0ではイノベーションを生み出すためのビジネス・エコシステム創造が唱えられている。
これは顧客の課題解決から、社会の課題解決に企業の責任が広がってきているとも捉えられる。
例えば、某自動車メーカーでは、某家電メーカーとタッグを組むことで、創業事業のモビリティを超えて、あらゆるものがインターネットに接続するIoT化に対応した”街づくり“に着手しようとしている。
他にも、某鉄道会社では、駅間移動(Station to Station)に留まらず、目的地までの移動(Door to Door)まで快適にすることを掲げて、産業横断型のコンソーシアムを設立している。
これらは、従来の顧客起点とは異なり、これまで行政が担っていた役割を企業が率先して引き受けようとしている社会課題起点の取組である。
そのためには、社会を変えるために一社ではなく、協力する企業を集める「場づくり」が重要であるため、「場作り」のオープンイノベーションと言えるのだ。

 

blog20231025

 

(イ) パーパスはエコシステムに磁場を生み出す

ビジネス・エコシステムの枠組みを創るだけでは、社会に何も生まれない。そこに参加する企業や団体が居て、相互に影響しあって初めて価値が想像される。
こうした枠組みに参加者を集める磁場を生み出すものこそがパーパスなのである。企業が掲げる志が明確であれば、枠組に参加しようとしている企業や組織の強み・特長は異なれど、最終的に到達すべき未来像は共有できる。そうした未来を共有できる企業が集まってこそ、エコシステム内でシナジーを生み出すことができるのだ。
例えば、某家電メーカーは、「世界を感動で満たすこと」をパーパスに掲げており、大学や宇宙開発をしている国の組織と連携し、宇宙体験ができるサービスに挑戦している。これは、まさに「宇宙」×「感動」でそれぞれの志が明確だからこそ生まれた共創活動だろう。

3.パーパス経営とは“企業の志”に社会全体を巻き込むこと

企業の志、存在理由等と言われるパーパスであるが、策定する際には企業の想いだけではなく、社会からの期待も合わせて考えることが重要である。先に述べたように、パーパスは志を共にする社員にのみ共有されるものではない。顧客のみに対する約束でもない。企業が社会全体に対して表明する志だからこそ、企業が社会においてどんな役割を果たしたいのかを問い直す必要がある。
そして、企業の至上命題であるパーパスを果たすためには自社の力に拘らず、あらゆる手段を尽くすべきである。オープンイノベーションとはまさにパーパス実現の手段を社外に拡げ、企業単独の物語を、社会の物語に昇華する取組なのである。

4. 社会と共に価値創造するために

株主第一主義から脱却し、企業は多くのステークホルダーのものとしての働きを期待されるようになってきた。こうした時代背景を受け、社会にとって必要とされる志を掲げ、志に導かれる協業者とともに社会課題解決を果たしていくことに企業の役割が変わりつつある。
あなたの会社の掲げる志は独りよがりなものになっていないだろうか。従業員だけでなく、社会を巻き込むだけの求心力はあるのだろうか。そして、実際に巻き込むための土壌は整えられているのだろうか。
もし、上記の問いに疑問が湧くのであれば、「社会全体の物語」として、自社のパーパスを捉え直してみてはいかがだろうか。

 


参考文献
・「パーパス経営 30年先の視点から現在を捉える」名和高司 東洋経済新報社(2021/4/23)
・「OPEN INNOVATION ハーバード流 イノベーション戦略のすべて」ヘンリー・チェスブロウ 産業能率大学出版部(2004/11/10)
・「オープンイノベーション白書 第3版」国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(2020/5/29)
  https://www.nedo.go.jp/content/100918466.pdf
・「スタートアップの力で社会課題解決と経済成長を加速する」経済産業省(2023/7)(参照2023-8-10)
  https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/meti_startup-policy.pdf
・日本政策金融公庫 調査月報 8「オープンイノベーション3.0に 中小企業はどう向き合うべきか」
  https://www.jfc.go.jp/n/findings/pdf/tyousa_gttupou_1908.pdf
・「新生代オープンイノベーション JR東日本の挑戦」入江洋 日経BP(2023/2/9)


 

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