CMOが主導すべき社員へのマーケティング

池田 想

池田 想エグゼクティブマネジャー

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20195月、日本を代表する企業であるトヨタ自動車の豊田社長による終身雇用を守っていくのは難しい」という発言を受けて、いよいよ日本型雇用の終焉かというテーマが巷間話題となっている。しかし、採用活動などを通じて学生の方々と接している筆者の肌感覚からすると、今の若者世代にとっては随分前から終身雇用という概念はなくなっており、何を今さらという受け止め方が多いのではないかと思う。

このように、仕事や雇用についての価値観については、世代間のギャップが非常に大きい。言い換えれば、会社側(管理職)と社員側(部下)の認識のギャップである。特に組織やチームのマネジメントに関わっている中間管理職層には、このギャップの狭間で板挟みとなり、部下とのコミュニケーションに悩んだり迷ったりしている方々も多いのではないだろうか。

結論から言えば、このギャップを解消するには、現場の個々のマネジャーの努力のみに依存するには限界があり、組織として戦略的に取り組む必要がある。そして、それを主導すべき存在は、CMO(Chief marketing Officer/最高マーケティング責任者)である。CMOというと、顧客獲得や顧客育成のマーケティングを統括する役割というイメージが強いと思うが、実はそれだけではない。CMOにとってのキーステークホルダーは、顧客だけでなくインナーの社員も含まれる。つまり、CMOがマーケティングすべき対象は、顧客だけでなく社員でもあるということだ。

筆者はCMOがマネジメントすべき領域を、①ブランド、②バリューチェーン、③パートナー、④ナレッジ、⑤データの5つに整理している(過去コラム記事参照リンク:<第3回>CMOがマネジメントすべき5つの領域とは )が、この①ブランドの領域には、顧客だけでなく様々なステークホルダーが関わってくる。中でも社員の重要性は、昨今、人材争奪戦が激化する中でますます高まってきている。

本稿では、社員に対するマーケティング、すなわち「インナーマーケティング」について、戦略策定のポイントと具体的な手順について紹介していきたいと思う。

 

会社側と社員側の価値観ギャップ

戦略策定に当たって、まずは正確な現状把握から始めなければならない。当然、個々の会社によって状況は様々ではあるが、ここでは多くの企業に当てはまるであろう内容を一般的な例として一覧化した(図1

この通り、会社側と社員側の価値観には著しい乖離が存在し、ある意味では対極にあると言っても過言ではない。つまり、この違いについて留意することなくお互いが無意識にコミュニケーションを取れば、かみ合わないのも当然ということがわかる。

ただし、ここで会社側がとるべきアクションは、このような社員側の価値観を会社の色に染めようと無理やり矯正することではない。むしろ、彼ら若年層の価値観を所与のものとして潔く受け入れ、彼らにも納得できて、かつ会社側の意向にも沿うような効果的なコミュニケーションを戦略的に行うことである。そして、そのための有効なアプローチこそが「インナーマーケティング」である。

一般にマーケティング戦略を考えるときに、ターゲット顧客が元々持っている根源的な価値観を無理やり会社の力で変えるような戦略をとることは少ないはずだ。そうではなくて、顧客の気持ちに寄り添いつつも、マーケターの意向に沿うように行動してもらうような仕組みを設計するのがマーケティングの真骨頂だからだ。そのスタンスは、インナーマーケティングにおいても全く同じである。だからこそ、マーケティングの高い専門性を持ったCMOこそが、インナーマーケティングのリーダーシップを執るにふさわしい存在なのである。当然、社員の評価や人事制度にも深く関わることなので、人事部門との連携は必須であるものの、戦略を作りリードするのはあくまでCMOであるべきというのが筆者の考えだ。

 

具体的な戦略策定の手順

インナーマーケティングを実施するための具体的案手順は、顧客向けのアウターマーケティングと同様で、セグメンテーションターゲティングポジショニングブランド価値規定の4ステップが基本形となる。いわゆるSTPのフレームワーク

●セグメンテーション

企業の場合、一口に社員と言っても多様であり、様々なセグメンテーションの軸が考えられる。一般的には、年代、部門、職層、職種、パフォーマンス高低、国・地域などが挙げられるが、個別の会社ごとに重要度は異なるだろう。大型のM&A後の統合フェーズにある会社については出身母体の軸が重要となるだろうし、生え抜き主義が長かった伝統的大企業については新卒プロパー組と中途入社組というような軸も検討の余地があるだろう。

様々なセグメンテーション軸を検討した上で、優先度の高いものをいくつか設定し、セグメントごとの現状や価値観の差異や傾向についての理解を深める必要がある。ただし、あまりセグメントを細かく切りすぎても、全てに対して施策を打つことはコストがかかりすぎるし、複雑になりすぎると関係者の合意形成できなくなるというリスクがあるので、いかに軸を絞り込めるかが肝となる。この点もアウターマーケティングの考え方と全く同じだ。

●ターゲティング

セグメンテーションの軸が決まったら、コアターゲット社員を定める。ターゲットを絞らずに全方位型でやろうとすると、メッセージがシャープにならず、リーチ力も薄まり、結局効果が上がらないことが多いため、インナーマーケティングはターゲットを絞って展開するのが効果的だ。このときの選択と集中の判断が、戦略の成否を左右することになる。ただ、コアターゲット以外のセグメントを完全に無視するということではない。コアターゲットを規定すると同時に、そこからの波及効果のシナリオも設計しなければならない。アウターマーケティングでいうところの口コミ効果の設計である。

大企業の場合、会社からのオフィシャルな発信のみで全社員にメッセージを伝えることは容易ではない。もちろん一斉メールや社内通達などで形式的にメッセージを送信することは可能だが、一部の熱心な社員の目には止まったとしても、大半の社員にはスルーされてしまう。オフィシャルなメッセージの発信は規定演技として実施しつつも、より重要となるのは社員同士で話題にしてもらえるような仕掛け作りである。つまりCtoC(Consumer to Consumer)ならぬ、EtoE(Employee to Employee)のアプローチと言える。会社側からのメッセージよりも、身近な人からの口コミの方が刺さるというのは、インナーマーケティングもアウターマーケティングも共通だ。

●ポジショニング

次に、規定したコアターゲット社員から見たときの、自社のポジショニングを検討する冒頭の会社側と社員側の価値観ギャップで比較一覧(図表1)にある通り、今の時代、社員は常に今自分が所属している会社と外の会社をシビアに比較・評価している。きっと会社に育ててもらった恩義を感じてくれているはずだという想定は、会社側が抱く幻想に過ぎない。若年層の転職に対するフットワークの軽さは年長者の想像をはるかに超えるものだと肝に銘じておくべきだろう。

ただ、このとき比較対象となる競合他社やマーケットを定義するのは簡単ではない。社員が転職先と考えるのは同業他社とは限らず、GAFAのような外資系からスタートアップまで無限に広がっているからだ。それらの全てを網羅して比較分析することはできないが、いくつかの企業群に分類した上で自社の相対的な優位性を検証することは必須となる。なお、インナーマーケティングの場合、「優位性」というのは、「自社が社員に提供できる他にはないメリット」ということになる。

 

ブランド価値規定

最後に、これまで検討を進めてきたSTP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)を全て統合し、相互に整合性をとり、が見て客観的に理解できるような1枚のサマリーシートにまとめる。それが、ブランド価値規定である。そこで規定すべき内容は、端的に言えば、「誰に、何を、どのように」であり、インナーマーケティングに文脈で言い換えれば、「どんな社員に対して、どんなやりがいを、どうやって提供してくれる会社なのか?」ということとなる。そして、中核的な要素となる「価値」の部分は、「やりがい」だけでなく「具体的なスキルやノウハウ」や「成長機会」などの要素も含まれる

201812月に実施されたリクルートキャリアの就職みらい研究所による「就職プロセス調査」の結果を見ると、「就職先を確定する際の決め手」として「自らの成長が期待できる」が47.1%で最多となっている。「将来が見通しづらい社会では自らの成長こそが安定に繋がる」という若年層の価値観が如実に表れており、会社側がこのニーズに応えることは必須と言える

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出所:株式会社リクルートキャリア就職みらい研究所「就職プロセス調査」(※1

逆に言えば、このニーズに応えられない会社は、これから人材を獲得することも引き留めることもできなくなり、徐々に衰退していく運命をたどることになる可能性が高い。それは、同時に顧客にも満足のいく価値を提供できなくなるということを意味し、企業としてサステナブルでなくなるということでもある。この事実こそが、会社を構成する一人ひとりの社員が顧客と並び立つほどのキーステークホルダーであるという理由に他ならない。

 

インナーマーケティング(社員)とアウターマーケティング(顧客)接続

ここまでインナーマーケティングの具体的な手順について述べてきたが、CMOの仕事はここで終わりではない。さらに、ここで策定したインナーマーケティングと、顧客へのアウターマーケティングを接続しなければならない。なぜなら、インナーにとってのやりがいと、顧客にもたらす価値というのは、コインの裏表の関係であるからだ。

逆に言えば、たとえ美辞麗句を並び立ててインナーに向けての「やりがい」を規定したとしても、それが実際に顧客に価値をもたらしているという実態が伴っていなければ、浮ついた言葉だけが空虚に響くだけで戦略としての有効性はないということである。例えば、ある家具メーカー「うちの会社は単なる家具の販売に留まらず、お客様のライフスタイルを総合プロデュースし、快適で豊かな毎日を提供します」と規定したとする。しかし、建前と本音にギャップがあり、結局のところ従来型の商品販売のみに終始して日々数字やノルマに追い立てられるような状況が変わらなければ、社員が次々と会社から離れていく可能性が高い。仮にライフスタイルの総合支援というブランド価値を規定したのであれば、単なるお題目で終わらせずに、すぐさまそれを実体化するという具体的なアクションを起こすことが経営者には求められる

 

最大のハードルは管理職世代の意識改革

本稿で述べてきた通り、インナーマーケティングアウターマーケティング多くの点で共通しており、マーケティングの専門家であるCMO知識や経験、思考フレーム大いに活用できるということがおわかりいただけたのではないかと思うただし、CMOといえども、これを実践し成功に導くのはそんなに簡単なことではない。その最大のハードルは、まさにインナーマーケティング実行の主体者となる管理職層の意識の問題である。
 
昭和・平成の時代を社会人として過ごしてきた今の管理職世代にとって、本稿で指摘したような世代間の価値観ギャップについては、素直に受け入れるということは存外に難しい。自分が育ってきた環境とあまりも違うからだ。確かに、これまでの時代にはインナーマーケティングなどを仰々しく展開するまでもなく、上司の命令に部下が従うのは当たり前だった。なのに、なぜ今、自分たちの部下に対してわざわざそんな大掛かりな労力と費用をかけなければならないのか、腑に落ちないのも無理はないのかもしれない。
 
しかし、時代は変わり、自らの成功体験に縛られたり、古き良き時代のノスタルジーに浸ったりしている場合ではなくなってしまった。つまるところ、社員もある意味では「お客様」になったということである。「お客様」がいれば、そこにマーケティングに必要性が生じる。このことを明確なロジックに基づいて説明しながら、組織の意識改革を推進することが、今日のCMO重要なミッションの一つなのである。
 

1:株式会社リクルートキャリア就職みらい研究所「就職プロセス調査」(https://www.recruitcareer.co.jp/news/20190131.pdf

 


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