ブランドはどこに向かうのか(1)では、ブランドとはなにか、ブランドを強くする意味、それが企業経営にとってどういう効果があるかということを簡単におさらいした。それでは、次にブランドを築くために何が必要なのだろうか。色々な捉え方、さまざまな方法論があるが、ここでは、まず押さえるべき基本的な要素をご説明しよう。
(1) ブランドの約束を明らかにする
まず重要なのは、ブランドの約束を明確にするということだ。前回「ブランドは約束である」とお伝えしたが、約束である以上、どういう約束なのか、その中身を明らかにする必要がある。
スターバックスは、言わずと知れた世界的なコーヒーショップチェーンのブランドだ。スターバックスのCEOであるハワード・シュルツ氏は、もともとゼロックスの営業マンをやっていた普通のビジネスマンだったが、コーヒー好きが嵩じて、当時4店舗しかなかったコーヒー粉や豆を売っていたスターバックス社に就職した。その彼が、イタリアのバールを訪れた時に、アメリカにはなかったこういうコンセプトの店を作ろうと、まったくの新規事業として、カフェ事業を始めた。そして、イタリアにあった業態をそのまま輸入するのではなく、アメリカには従来なかった家庭でも職場でもない、「第3の場所=サードプレイス」という新しいライフスタイルを提供することを目的として、事業を開始した。このように、ブランドの約束、言い換えるとブランドの価値は何なのかということを考え抜くことが重要だ。そこを考え抜かれたブランドは非常に強いし、長続きするものだ。そのいい例がスターバックスなのではないかと思う。(注1)
※図:ブランド提供価値(アイデンティティ)の規定
(2) 顧客接点で一貫して実行する
ブランドの約束が明確になると、次に顧客接点で一貫して実行し、その約束を果たしていく必要がある。タッチポイントとか、コンタクトポイントとか、カスタマージャーニーとか、いろいろな言い方をするが、お客さんのブランド体験のマネジメントをするということだ。スターバックスの場合、「サードプレイス」という約束を土台に、都会的なライフスタイルを提供している。具体的には、オフィスビルのロビーや図書館のような空間設計、アロマとテイストにこだわった多品種・良質のコーヒー展開、バリスタをメインとしたサービスと従業員に対する徹底した教育、店舗やWEBを活用した顧客とのコミュニケーションによって、一貫した場のマネジメントを実現した。
※図: タッチポイント管理・カスタマージャーニー
アップルに関してはどうか。アップルが約束したビジョンについては、さまざまな捉え方があり、公式な定義というものはない。ただ、これまで書籍等で書かれてきたことや広告等で表現されてきたことを要約すると、「コンピューターというマシンを通じて世の中を変えること」「コンピューターと人間との新しい関係をつくって、まるで自転車のように使いこなせるような世の中にしていくこと」であったと思われる。(注2)
それを実現する上で、同社のCEOであったスティーブジョブスがこだわったのは、商品の機能やデザインだけでなく、捨てられる箱や商品を手にする店などのすべての体験である。言い換えれば、製品の機能やインターフェースに加え、商品のデザインから、パッケージ、アップルストアに至るまで、すべてをブランド体験として売り抜いていった。それが世界で時価総額がナンバーワンになった理由の一つと言ってもいいのではないだろうか。
航空会社の顧客満足度ランキングで、しばしば上位に入るシンガポールエアラインでは、同社のキャビンアテンダントがつける香水やメイク、飛行機の中で提供する蒸しタオルの香りに至るまで、様々な特許を取っている。これは、ブランドの顧客との接点において、提供する機能や情報だけではなくて、五感で感じるブランド体験の重要性を意識した結果なのだろう。(注3)
(3) 大切にすべきお客像を明らかにする
ブランドの約束を明らかにして、顧客接点で一貫して実現していく。これは、ブランドを強化していく上でシンプルな原則だ。ただ、その際に割と忘れがちなのが、その約束を誰にするかということだ。ここが意外とはっきりしないまま、ブランドコミュニケーションや広告活動が行われるケースが多い。特に、カバーする事業分野が多岐に渡るコーポレートブランドの場合、顧客像の特定が難しいが、その際も何らかの共通する価値観やパーソナリティがあるはずだ。
「お客様は神様です」という言葉があるが、現実には、お客様は生身の人間であるから、間違った要求をすることも多い。従って、すべてのお客様の不満を解消し、期待に応えようとすると、結果として、誰の期待にも応えられないということになってしまう。むしろ「お客様は王様です」というぐらいに捉えて、仕えるべき=大切にすべきお客様像を明確にして、そこに応えていくという姿勢が重要だ。
「Franc franc」という女性向けのインテリア雑貨のブランドをご存じの方も多いだろう。起業当時、同社社長の高島郁夫さんが、社員と一緒に、どのような店をやろうかと考え、「都会でひとり暮らしの25歳のA子さん」をお客様とイメージして、事業を始めようと決めた。そして、それは、20年以上たった今でも変わらないとのことである。(注4)
都会でひとり暮らしの25歳の女性というのは、微妙な年ごろだ。都会でひとり暮らしなので、アパートやマンションに住んでいる。そうすると可処分所得は多くなくて、自由になるお金は少ない。もうすぐ結婚するかもしれないので、インテリアにお金をかけても、長く使う保証はない。でも、今の自分の暮らしをそれなりにおしゃれに、かわいくしていたい。そういう女性たちのニーズとは何なのかを捉え切っていくと、この店の作りやマーチャンダイジングが見えてくる。ブランドの価値や約束も、どのお客様に向けた店づくり・商品づくりをするかを明確にすればはっきりしてくる。
よくターゲットを絞り込みすぎると、マーケットが狭まってしまうのではないかというという懸念がある。しかし、ブランドを構築する上で重要なのは、顧客像を具体的な1人称まで落とし込んでいくこと。そして、その結果として、実は大きなマーケットを狙うという発想だ。
「Franc franc」の高島社長は、これに関連して、「実はお客さんは入れ替わっていくのではなくて、積み重なっていく」という指摘をしている。
「都会でひとり暮らしの25歳、A子さん」に向けた店づくりをしていると、25歳の女性に憧れるティーンエージャーもついてくる。20年もやっているとお客さんの年齢も上がっていくが、25歳の乙女心を持ち続けたい年配女性も決して離れるわけではない。さらに、25歳の女の子とつき合いたい男性だって、たまにはプレゼントを買いに来る。都会のひとり暮らしに憧れる田舎実家暮らしの女性も買ってくれるようになると。
そして、このような状況を実現するためには、ブランドが大切にすべきお客様像を描いていく際に、周りに他の顧客が積み重なっていく可能性があるかどうかを見ておくことだ。
ここまでの話をもう一度整理したい。ブランドを築く上でのポイントは3つだ。
1つは、ブランドの約束がはっきりしているか。提供価値とも、ブランドアイデンティティーという言い方もするが、そのブランドが、お客様に何を約束しているのかがクリアであるか。それが自社ならであるか、消費者のウォンツを突き詰めたものであるかが重要である。
2つには、それを顧客接点で一貫して実行できているか。例えばマス広告とウェブサイト、ソーシャルメディア、店頭、販売員の接客、アフターサービスや商品のデザインなど、さまざまな顧客接点=タッチポイントで一貫して実行できているのかどうか。さらに、お客さん目線でそれが1つのカスタマージャーニーとして、お客様の一貫した体験として、マネージできているのかという点である。
3つ目は、それを誰に約束しているのか。誰のための体験なのか。真ん中にあるブランドターゲットを具体的に描き切っているのかどうか。ブランドの顧客プロファイリングが明確なのかということだ。
この3つは、ブランドマネジメントで重要な基本となる要素である。そして、意外とその基本的なところをはっきりしないまま、ブランド強化を目的としたマーケティング活動を行っているというケースが多いのではないか。
注1: 「スターバックス成功物語」 ハワード・シュルツ他 日経BP社 1998
注2: 「スティーブ・ジョブス Ⅰ、Ⅱ」 ウォルター・アイザックソン 講談社 2011
注3: 「五感刺激のブランド戦略」 マーチン・リンストローム ダイヤモンド社 2005
注4: 「ぶれない経営」 首藤明敏 ダイヤモンド社 2009