今、ブランドマネジメントを行う上でいろいろな環境変化が生まれている。情報環境、人口動態、グローバルの競争等、大きな環境変化の中で、ブランドはどこに向かうべきなのだろうか。

ここで一旦、これまでのブランドマネジメントに関するキー概念の変遷を見てみたい。日本でブランドマネジメントの重要性が指摘されるようになったのは、「ブランドエクイティ」という概念が出てきた1990年代の半ばから後半ぐらいだと思う。「ブランドは企業の重要な資産であり、企業のマーケティング活動の中核にある」ということをカリフォルニア大学のアーカー教授が提唱し、日本でも翻訳版が出た。従来から「ブランドイメージ」とか「ブランドロイヤリティ」という言葉で、マーケティング活動の1テーマとして、ブランドは取り上げられてきた。これが、「ブランドエクイティ」という概念の登場をきっかけとして、マーケティングの枠を突き抜け、企業の経営的なテーマとして、知的資産あるいは無形資産として、重視しようという動きが出てきた。

そして、それをどうマネージしていくかという上で、焦点が当たったのが、「ブランドアイデンティティ」という概念である。提供価値とかブランドの約束という表現を使ってもいいが、ブランドをマネージする上で一番重要なコンセプトや理念、ビジョンの部分だ。ここが、ブランドを築く上での根幹であり、土台であるという認識が深まっていった。

さらに、ブランドアイデンティティを実現していく方法論として、「タッチポイント、IMC(Integrated Marketing Communications)、経験価値マーケティング」といった概念が注目された。ブランドを強化していくためにはアイデンティティーを明確にしたうえで、それを顧客が体験する様々な接点=タッチポイントで統合的に実現していかなければならない。従来から、IMC=統合的なマーケティングコミュニケーションの重要性は指摘されてきたが、その真ん中にブランドを置くことで、その方向性が明確になった。

また同じブランドでも、企業や商品など、いろんなブランドの階層があって、それらの体系やブランドのポートフォリオを管理しなければならないといった論点が指摘された。一方、日本では1980年代からすでに一つの経営手法として導入されていたCI(Corporate Identity)と結びつく形で、コーポレートブランド経営の重要性が強調された。企業経営上の最高位のブランドはコーポレートブランドであり、多くの経営者が自社のコーポレートブランドのランキングに一喜一憂するという状況が生まれた。

そういった中、近年ではソーシャルメディアの広がりに呼応する形で、ブランドのコミュニティがどのように形成されるのか、企業と顧客の関係だけでなく、顧客間におけるインタラクションの中でブランドはどう築かれていくのかという議論が盛んになっている。
以上のようなブランディングの概念に関する学術面からの論考は、学習院大学の青木幸弘教授の論文を参照いただければと思う。(注1

改めて、ブランドマネジメントを日本社会の環境変化との関連で捉えてみると、バブル崩壊後の不良債権処理とか、失われた20年の中、多くの企業がリストラしていく過程で、ブランドのアイデンティティの見直しが盛んに行われた。しかし直近のアベノミクスや東京オリンピック開催決定の影響もあり、少し潮目が変わったように思われる。

これからの日本企業の経営のキーワードは成熟市場における成長戦略である。今多くの経営者に問われているのは、少子高齢化が進み、国内人口がどんどん減っていく中で、どのような成長(存続)戦略を描くかということだ。国内外において、海外企業との競争が激化していく。ITのイノベーションによって、思わぬところから競合社が出てくる。メーカーで言えば、大手流通の支配力がどんどん強まってPBに棚を奪われる。

しかし、そのような中にも、様々なイノベーションによる成長の芽は存在する。また、モノをどんどん売っていく形の企業成長には限界があるが、ブランド力を高め、付加価値をとる方向で、事業の成長につなげていくことは可能だ。ブランドの魅力をつくるだけではなく、それが事業の成果にどうつながっていくかが問われているのである。どのような市場でも、人がモノやサービスを購入する場合、数ある選択肢の中から、自分に合ったものをひとつ選択する。その際、他とは違うことを証明する印=ブランドを判断のよりどころにするという人間の購買行動は変わらない。だからこそ、ブランドを作った企業は競合よりも安定的に選好して購入され、持続的な成長ができるのである。ただ、競合商品が多くなり、情報が氾濫し、企業発信の情報の有効性が失われつつある現在の状況では、明らかに認識される競合との違い=ブランドの作り方が一層問われているのである。そういう現代の経営環境の中で、ブランディングの発想をどのように変えていけばいいのだろうか。

1点目は、ブランディングの基本要素としても説明した「ターゲット」という捉え方から、ブランドの「パートナー」へと発想を転換していくことだ。お客様を、何かを売り込む対象、あるいはCRMにおける囲い込みの対象から、ブランドとともに未来をつくっていく参加者と捉えなおすことで、新たな可能性が広がってくる。

ブランディングの発想を転換する
※図:ブランディングの発想を転換する

2014年のカンヌ・国際クリエイティビティフェスティバルで、コカ・コーラの戦略マーケティング部門のトップのウェンディー・クラーク氏が以下のように語っている。「いまやブランドにまつわるコンテンツの85%は生活者によって生み出されており、企業側の意思のみでブランドをつくることはできなくなっている」。

そんな情報環境の中で、ブランドは生活者とどう向き合うべきか。企業発信によりブランドをコントロールできるというのはもはや幻想である。むしろ、アンコントローラブルであることを前提にブランドをマネジメントしていかなくてはならない。すなわち、企業がどれだけうまくブランドを語れたかではなくて、生活者やメディアによって、どのようにブランドが語られたのかということが重要だ。その結果、ターゲットとしての消費者から、パートナーとして捉えるスタンスへ、いち早く転換ができた企業が、優位に立つ可能性がある。

2点目は、「価値提案(バリュープロポジション)」から、「価値共創(シェアードビジョンあるいはシェアードバリュー)」へのシフトだ。

基本的に未来は予測できない。「未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ」パーソナルコンピュータの概念を初めて提唱したと言われるアランケイが、1971年、パロアルト研究所の研究内容の将来予測を再三に渡って求めるゼロックス本社に対して答えた言葉とされている。しかしながら、企業が一方的に価値を提案して未来をつくっていくという発想には限界がある。むしろ企業としては、何か新しい商品やサービス、ビジネスモデルを市場に投げかける。それに対する消費者の反応を見ながら、消費者と一緒に新しい社会とか市場の未来図をつくっていく。そういう発想を取ることで、逆に不確実な未来に対応していくことができるのではないか。

3点目は、「情報とかコミュニケーション」から、「アクションあるいはコンテンツ」へのシフトだ。

今のメディア環境の中、イメージ広告を打つだけで、生活者のマインドは大きく変化しない。むしろ、ブランドのビジョンを象徴するような具体的なアクションを体験することで、消費者のブランドに対する理解と印象は大きく変わる。すなわち、コミュニケーションから実際のアクションへと視点をシフトさせることが重要だ。そして、そのアクションが、話題となるコンテンツへと進化していけば、情報の拡がりが生まれる。対外的には生活者・市場に新しいイメージを植えつけ、対内的には全社員に進むべき方向性を指し示し、変革への行動を促すことになる。すなわち、企業の持つ情報をメディアを通じてコミュニケーションするという発想から、企業自体が自社の象徴的な活動を通じて、新しいブランドを実現していく。そういう発想への転換が必要なのである。

注1: 「価値共創時代のブランド戦略」 青木幸弘 ミネルヴァ書房 2011

■「ブランドはどこに向かうのか」連載コラム一覧(全4回)

※本連載は、「2016 広告コミュニケーション総合講座 ―理論とケーススタディー」(発行:日経広告研究所、発売:日本経済新聞出版社)に寄稿した内容を転載しております。