ブランドパーパス/ビジョン
ステークホルダー全員の求心力となるブランドの存在意義と 目指す姿の策定
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ブランドパーパスという考え方が広く浸透し、多くの企業があらためて「自社は何のために存在しているのか」という問いに向き合うようになりました。企業理念やビジョンを見直し、社会における存在意義を言葉として定義する動きも、各所で見られるようになっています。
一方で、ブランドパーパスを策定したものの、それが単なる「きれいな言葉」にとどまり、組織や事業の変化につながっていないケースも少なくありません。掲げているパーパスが、社員やステークホルダーの行動を本当に動かしているのか、その実効性が問われる段階に入っています。
いまブランドパーパスに求められているのは、表明すること自体ではなく、多様なステークホルダーを束ね、未来に向けて動かしていく“求心力”として機能させられるかどうかです。
本稿ではまず、ブランドパーパスをどのように検討・策定すればよいのかという思考の整理から始め、その意義と役割、さらに「経営そのもの」として実装していくための考え方へと議論を進めます。最後に、こうした変化がなぜ今求められているのか、その社会的背景について整理します。
ブランドパーパスを形骸化させないためには、まずその意義と役割を正しく理解する必要があります。現代のコーポレートブランディングは、かつての「イメージづくり中心の活動」から大きく変化しています。
これまでのコーポレートブランディングは、以下のような循環構造を基本モデルとしてきました。
・【子ブランドの貢献】
商品やサービスブランドのイノベーションを通じて生活者に価値を提供し、その積み重ねによってコーポレートブランドの評価を高めていく
・【親ブランドの支援】
価値の高まったコーポレートブランドが、商品やサービスブランドに対して「安心」や「信頼」といった無形価値を付加し、事業を後押しする

しかし現在、ブランドはもはや企業が単独でつくり上げるものではありません。顧客、従業員、取引先、パートナー、株主、さらには社会全体といった多様なステークホルダーとの関係性の中で、共につくり、育てていく存在へと変化しています。
だからこそ、現代のコーポレートブランディングに求められているのは、社内でのみ貢献と支援を循環させるのではなく、多様なステークホルダーを引き付け、同じ方向へと束ねながら、未来に向けて導いていく“求心力”として機能することです。
SNSの普及により、生活者は日々のブランド体験や企業行動を、瞬時に、かつ広く共有できるようになりました。その結果、企業が掲げるブランドパーパスと実際の事業活動や振る舞いとの間に乖離があれば、それはすぐに可視化され、批判の対象となります。
環境配慮をうたっていながら実態が伴っていない「グリーンウォッシュ」や、社会貢献を掲げつつ具体的な行動が見えない「パーパスウォッシュ」といった言葉が象徴するように、語っていることそのものよりも、語っていることを実際に体現しているかどうかが、これまで以上に厳しく問われるようになりました。
コーポレートブランディングは、「どのように見せるか」というイメージづくりから、「どのように実践し、実現しているか」そのものを問われるフェーズへと移行しています。ブランドとは、単に語るものではなく、すべての事業活動を通じて形づくられていくものへと変化しているのです。
ブランドパーパスをいきなり言語化しようとすると、どこから手をつければよいのか分からず議論が発散し、抽象的な表現に終始してしまうことが少なくありません。その結果、策定されたブランドパーパスに対して社内から十分な納得感を得られず、「きれいな言葉」を表明するだけにとどまり、次第に形骸化してしまうケースも見受けられます。
こうした事態を避けるためには、思考のプロセスを構造的に整理し、段階を踏んで検討を進めていくためのフレームワークが不可欠です。
一例として、以下のフレームワークを用いて検討を進めることができます。
『ブランドの〇〇という“らしさ”を背景に(Background)、〇〇という課題解決や社会変化を目指すことで(Perspective)、〇〇という役割を果たす(Purpose)』

左側のブルーの領域は、コーポレートブランドを支える「過去」を表しています。企業の沿革やDNA、独自の強み、これまで積み重ねてきた経験、そしてステークホルダーから寄せられてきた期待など、ブランド固有の資産を整理します。
右側のピンクの領域は、コーポレートが進んでいく「未来」を表しています。これから顕在化する社会課題や技術革新、生活者動向といった環境変化を、自社はどのように捉え、どのような未来を予測しているのかを検討します。
BackgroundとPerspectiveの示唆を踏まえ、コーポレートブランドが「未来に向けて、何を目指していくのか(Vision)」を明らかにします。例えば、過去の何を「守り」、何を「捨てる」のか、そして未来に向けて新たに何を「加える」のかなどといった観点から、ブランドの方向性を丁寧に検討してきます。
「このブランドは何のために存在しているのか(Purpose)」を定義します。あらためて、ステークホルダーが自社に期待していることと照らし合わせ、そのパーパスが社内外を束ねる“求心力”として機能し得るかを検証し、すべての検討内容との整合性を担保しながら結晶化させていきます。
このように、ブランドの過去や未来を踏まえ、目指す姿や存在意義を整理・検討していくことで、現実との乖離が少なく、社内外からの理解と共感を得やすいブランドパーパスを策定することが可能になります。
※本フレームワークは便宜上この順序で説明していますが、実際のプロジェクトでは、各観点を行き来しながら、優先すべき論点に応じて柔軟に検討を進めていきます。
「ウォッシュ」と非難されないためには、ブランドパーパスを起点とした事業全体の変革が不可欠です。すなわち、ブランドパーパスという「未来像」と「現状」のギャップを明らかにし、全部門横断でそのギャップを埋めていくことが求められます。
ブランドパーパスを実現するということは、
・どのようなブランド価値を提供するのかが変わり
・どのように収益を生み出すのか(ビジネスモデル)が変わり
・その実現に必要な組織や人材のあり方が変わり
・結果として、コーポレートブランドの姿そのものが変化していく
という循環を生み出すことにほかなりません。この循環こそが、ブランドパーパス策定における真の目的です。
ブランドパーパス策定および実現は、もはや広報・マーケティングの枠組みに留まるものではありません。すべての企業活動、すべてのステークホルダーを巻き込んだ「経営そのものの変革」を伴って初めて、ブランドパーパスは本来の力を発揮します。
では、なぜ今、多くの企業があらためてブランドパーパスに向き合い、その実効性まで問われるようになっているのでしょうか。ブランドパーパスが注目されるようになった社会的背景を整理し、その潮流がどのように生まれてきたのかをひも解いていきます。
ブランドパーパスが注目されるきっかけのひとつとなったのが、2012年度に発表された「エデルマン・トラストバロメーター(※1)」です。世界各国を対象としたこの信頼度調査では、政府やメディアへの信頼が揺らぐ一方で、営利企業に対する信頼が相対的に高まっていることが明らかになりました。この結果を受け、「企業は社会の中でどのような役割を果たすべき存在なのか」という問いが、広く意識されるようになります。
さらに2018年、世界最大級の資産運用会社ブラックロックのCEO、ラリー・フィンク氏は、企業経営者に向けた年次書簡の中で「パーパスを持たない企業は、本来の力を発揮できず、結果として長期的な価値創出が困難になる」と明言しました(※2)。
翌2019年、米国の主要企業で構成されるビジネス・ラウンドテーブル(BRT)は、企業の目的を「株主価値の最大化」から「すべてのステークホルダーへの価値創出」へと再定義する声明を公表しました(※3)。企業は誰のために存在するのかという問いが、社会全体で共有され始めた瞬間でした。
日本においても、2021年、一橋大学ビジネススクールの名和高司客員教授が「志本主義経営」としてパーパス経営を体系化しています(※4)。これは、高度経済成長期を支えてきた創業者の想いやトップダウンの理念だけでは組織を束ねきれなくなり、共感を軸とした新しい経営のあり方が、日本においても本格的に検討され始めたことを示す動きと言えるでしょう。
こうして現在、多くの企業は、創業理念や経営者の想いといった「個人の物語」を起点としながらも、それを社員や社会が共有し、自分ごととして受け止められる「みんなの物語」へと昇華できるかどうかを問われています。
そして、その物語を企業活動や意思決定の軸として実装し、多様なステークホルダーを同じ方向へと束ねる“求心力”として発揮できているかどうかが、企業の信頼のあり方を規定し、持続的な成長の可能性を左右する重要な分岐点となっているのです。
※1:Edelman.com (January 23, 2012). Trust in Government Suffers a Severe Breakdown Across the Globe. https://www.edelman.com/news-awards/trust-government-suffers-severe-breakdown-across-globe
※2:BlackRock (January 12, 2018). LETTER TO CEO 2018 A Sense of Purpose. https://www.blackrock.com/jp/individual/ja/about-us/ceo-letter/archives/2018
※3:BR Business Roundtable (August 19, 2019). Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote ‘An Economy That Serves All Americans’. https://www.businessroundtable.org/business-roundtable-redefines-the-purpose-of-a-corporation-to-promote-an-economy-that-serves-all-americans
※4:名和高司『パーパス経営 ― 30年先の視点から現在を捉える』(東洋経済新報社、2021年)