多様性の時代の新たなディスラプター ―新たな文化創造・社会牽引の役割を担うのは誰か―

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コンシューマービジネスや人材採用競争に向き合う経営者にとって、人種・セクシャリティ等の“多様性”というテーマは決して無視できない今日的問題である。2018年、ルイ・ヴィトンのメンズアーティスティック・ディレクターに就任したヴァ―ジル・アブローは、ルイ・ヴィトンにとっては初めての黒人デザイナーであり、今やファッション業界におけるディスラプターといえる存在だ。アブローを紐解くことで次世代の文化牽引者を推察し、我々が捉えておくべき真の多様性の在り方を考える。

ルイ・ヴィトンにとって初めての黒人デザイナー

出入国管理政策の転換などもあり、実質的な移民受け入れの可能性すらでてきた近年の日本だが、21世紀に入ってまもなく20年、我々の生活はテクノロジーの進化によって大きな変遷を迎えた一方、人種・セクシャリティ等に端を発するマイノリティ差別はより今日的問題として我々の前にある。もうだいぶ昔になるが、筆者は学生時代にメキシコの男性優位文化“マチスモ”からみる人種差別に至る心理構造をテーマとした論文研究に取り組んだが、そこでは有色人種への差別的意識に対し、人種観を圧倒的に超える何かでそれらを跳ね返していくことで、表出する人種差別を打ち負かす必要性を強いられた歴史的構造を論じた。人種観を圧倒的に超える何か、ファッション業界においてそれを成し得る人物、それがヴァージル・アブローだ。
ヴァ―ジル・アブローは2018年3月、ルイ・ヴィトンのメンズアーティスティック・ディレクターに就任した。ルイ・ヴィトンにとっては初めての黒人デザイナーであり、またフランスの伝統的なブランドにおいても数少ない黒人である。アブローは、2006年にファッションブランドFENDIでインターンを経験した後、当該インターンの仲間であり、幾多もグラミー賞を獲得しているヒップホップMC/音楽プロデューサー、カニエ・ウェストのアートディレクターを務めた。そして、2014年に自身のブランド「OFF-WHITE(オフホワイト)」を立ち上げるとすぐに脚光を浴び、今やファッション業界におけるディスラプター(破壊者)といえる存在の人物だ。

多様性が承認される新たな構図とその牽引者

アブローがファッション業界に与えた大きな影響のひとつが、“ラグジュアリーとストリートの融合”といわれる。ルイ・ヴィトンも前任者のキム・ジョーンズ時代から、ストリートブランドSupremeとのコラボ―ションを行う等、コンテンポラリーブランドとしての承認を得た様相がある(※1)。たしかに老舗ファッションブランドのこうした先進的な取り組みは称賛に値するが、一方でそれは、新しい世代の文化理解をもって消費者を魅了することでブランドとして注目を浴びる、という構図に過ぎない。NIKEとのコラボレーションによるOFF-WHITEのスニーカーも信じられない程の多くの熱狂的なファンが買いに求めたが、アブロー自身がストリートにルーツと感性を持っていることで、その見え方はルイ・ヴィトンのそれとは大きく異なる。
アブローのルイ・ヴィトンでのデビュー・ショーでも、そうした出自の違いによるメッセージ性の強さは顕著だった。通常のショーでは有色人種のモデル起用は1-2名が多い中で、アブローのショーでは冒頭に17人の黒人モデルがランウェイを歩いた。「<自分の服をよく見せるために都合のよい肉体としてではなく、同じ人間として、彼ら黒人をモデルに起用しました>」というこの姿勢は、「多様性を特別なこととしてではなく、当たり前のこととして提示した」アブローゆえのディスラプションといえる(※2)。つまり、これを黒人である彼が行うことは、あらゆる場面で多様性が強く主張・承認される現代社会の中において否定され得ない事柄であり、だからこそ、これが新たな文化のスタンダードとして賞賛されずにいられない状態が起こる。
こうしたファッション業界で起こった兆しは、今後様々な文化・分野において拡がりをみせ、真の多様性を推し進める象徴として、アフリカ系アメリカンの文化がリスペクトされていく大きな潮流が巻き起こるのではないかと思う。例えばファッション業界に近い音楽業界において、アフリカ系アメリカンの独特なリズム感覚と民族音楽との融合を発端の背景に持つジャズは、人種差別的思想とは対極に位置づけられる、多様性を許容するコスモポリタン的音楽ジャンルといえる。そうした意味でジャズは、今後、先鋭的な音楽として、改めてその音楽性が持つ意義がフィーチャーされる時がくるかもしれない。

ただ、そうした潮流の構図はマジョリティが手を差し伸べるのではなく、マイノリティがマジョリティを飲み込んでいく(マジョリティは自ら好んで選択しているように錯覚する)というイメージが近い。黒人差別の歴史への深い憤りを抱えながらも、ストリートという武器でマジョリティへの親近感を携えて積極的に飲み込まんとするアブローのように、これまで抑圧される側だった人間が多様性の時代の新たなディスラプターとして、これからの文化・社会を牽引し、様々な業界に影響を及ぼしていく未来が予感される。2019年、日本では新たな元号が始まり、歴史的に大きな転換点を迎える年になる。そして世界では5Gのネットワークインフラ整備やテクノロジー・アプリケーションの進化によって、業界や地域など様々な垣根が曖昧になり、インターネット普及以降にみられたような劇的な変化の中で新たな時代の幕が開ける。その時代の人間社会の文化構築は、“多様性の承認”に伴って過去の被抑圧者が牽引する役割を担うのかもしれない。

blog20191101

■多様性の時代の新たなディスラプターは誰か?

 
 
※1:VOGUE JAPAN (https://www.vogue.co.jp/fashion/trends/2018-03-28-2)
※2:GQ JAPAN(https://gqjapan.jp/fashion/news/20190115/virgil-abloh-is-the-new-establishment/page/3)

※本コラムは、スルガ銀行グループ 一般財団法人企業経営研究所(http://www.srgi.or.jp/)発行の季刊誌『企業経営 2019年春季号』(No.146)に掲載された連載「最近のビジネス・コンシューマートレンド」の内容を転載しております。
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