<第4回>企業の競争力を高める「イノベーション」― 「オープンイノベーション」について

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日本における「破壊的イノベーション」の概念と理論の普及に寄与された、関西学院大学 専門職大学院 経営戦略研究科 玉田俊平太教授のインタビュー連載最終回です。(以下敬称略/全4回)


第4回 「オープンイノベーション」について

(1) 「入口」と「出口」の多様化から生まれた「オープンイノベーション」

楠本: 「オープンイノベーション」というキーワードが一般化しつつありますが、玉田先生はどのように見ていらっしゃいますか?

玉田: まず、「オープンイノベーション」がどうして可能になったのかということを考察すると、社外における研究開発に関する情報を得るためにかかるコストが、劇的に下がったからなんですね。オープンイノベーションの前提として、自社のR&D部門のことだけではなく、国内外の企業や大学で何が行われているかを知る必要があります。しかし、インターネットが普及する前は、そういったことにものすごくコストがかかったわけです。学術雑誌や、特許公報、業界紙など、ほとんどが紙ベースで、検索性も非常に悪かった。だから、他社や他大学の動向をつかむことは非常に難しかった。つまり、技術のソースを他社や大学などに求めようにも、他者の情報を得る手段がなかったため、仕方なく社内に人材を沢山抱えて自前で全ての研究開発を行っていた。つまり、技術の入口をオープンにしたくても、できなかった事情があるのです。

一方、出口についても、大きな会社は自社で様々な部門を持ち、以前はそこに新しい知識に基づく製品を何とか当てはめ、もしはまらなければ諦めるという二択ぐらいしかなかったんです。しかし、現在は特許のライセンスやスピンアウトベンチャーといった、新たな形態が取れ、そこから利益を得ることができるようになってきたので、出口戦略も多様化してきた。

つまり、「オープンイノベーション」とは、イノベーションの入口の多様化と出口の多様化の両方が合わさった概念なんですね。現代的なイノベーションを説明するために、昔のクローズドイノベーションモデルよりよくフィットするので、「オープンイノベーション」というモデルが爆発的に受け入れられたのだと思います。

楠本: 「オープンイノベーション」の概念は、正しく捉えられているのでしょうか?

玉田: 私がいろいろ聞いている印象だと、入口のオープン化についての議論が多いように思います。産学連携をしたり、技術を持った人々にお題を投げて、解決策を考えてもらう、つまりアイディアの入口をクラウドソーシングしているということですね。一方、出口のオープン化、すなわちスピンオフベンチャーへの出資やライセンスなども包含した議論はまだあまり多くないと感じます。しかし、例えば米インテル社は、社内で高度な技術開発をしながら、「インテルキャピタル」という投資部門を持ち、社外の技術にも目を配って投資対象となる企業を見つける。出資すれば当然、その企業の最新の技術動向が分かるわけですね。つまり、研究開発投資をすることとベンチャー投資をすることは、技術知識を手に入れるという意味では実は同じなんです。そのことに対する理解はまだ広まっていないように思います。

楠本: インテル社による投資の話というのは入口の話でしょうか?

玉田: 入口であり、かつ出口でもあります。外から入ってきてその企業(インテル)が得意とするマーケットに出る場合もあるし、外から入ってきて、やっぱりスピンアウトする場合もあるし、様々な出口があります。そういう意味で、ベンチャーキャピタルの使いこなしは、入口戦略であり出口戦略でもあるわけです。だから、研究開発は研究開発のオープンイノベーション、ベンチャー投資はベンチャー投資のオープンイノベーションと分けて考えるべきではないでしょう。ベンチャー投資というのは、技術の供給源(入口)と市場へのアプローチ(出口)の両方のオープンイノベーションに使えるツールなのです。

楠本: 入口と出口を一緒に考えなければいけないのはわかります。出口のイノベーションの議論があまりないとのことですが、多くの企業は出口の形についてあまりイメージできていないかと思います。

玉田: 例えばソニーでは最近、様々な技術を活かしたベンチャーがスピンアウトしています。新しい事業はまだ売上も大きくなく、社内で立ち上げるにはおそらく様々な障壁もあるため、スピンアウトを技術の出口戦略の一つとして採用されている。それはオープンイノベーション、つまり新しいイノベーションの起こし方を理解されているということで、ソニーが他社より一歩進んでいる点だと思っています。

楠本: その他、その点をきちんと理解して成功している国内の企業はありますか?

玉田: いわゆる既存の大企業では、ソニーが一番動きが早いと思います。あとは、日本発のベンチャーでも、最近Googleに買収されたSCHAFTなど、世界と勝負できる会社が増えつつあるなと期待しています。

 

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(2) イノベーションをもたらすために心がけるべきこと

楠本: 自律的にイノベーションを生み出すための改革を試みている企業も多いかと思いますが、我々のようなマーケティングプランニングをする会社がイノベーションをもたらすためには、どんなことをするべきでしょうか?

玉田: まず現実のデータに基づいたビジョンが必要です。現実のデータには2種類あって、市場に関するデータと技術に関するデータ。市場に関するデータというのは、きっとたくさんお持ちだと思います。あとは、なるべくテクノロジーに関するアンテナを意識的に立てていただいて、例えば1日10分、日経ビジネスオンラインのテクノロジー欄に目を通すようにするところから始めるといいと思います。さらにできれば英語の生の情報、例えばワイアードマガジンなどの中からダイジェストされた情報に目を通す。今は海外の情報もネットで無料で見られるので、信頼できる情報源を少しずつ拡げていっていただくのが一番かと思います。自分の情報源をどれだけ拡げられるかが、本人の情報処理能力に影響してきます。

以前大前研一さんが、年に1回は勉強のための旅行をせよと書いていらっしゃいました。訪れたことのない国・都市に行って、何人かに会ってみるのもいいですね。そういう旅行って面白いなと思うんです。あとは、週に1回はこれまで会ったことがない人とご飯を食べるとか、そういう修行を自分に課すのもいいかと思います。自分でもなかなか出来ていないですが。

皆さんのお仕事は価値の提供ですが、価値は差異から生まれます。じゃあ差異はどこから生まれるかというと、インプットの差。つまり人が知らない人を知っているとか、人が知らないものを見聞きしたことがあるという差です。ぜひ、インプットの機会を増やしていただければと思います。

楠本: 「Life-long Learning Commitment」を人の2倍やらないといけないのが我々の立場かもしれませんね。

玉田: 東京にいるということは、実はすごく有利なんです。例えば国内1か所で著名な有識者の講演会があるとすると、多くの場合東京で開催されますよね。様々な専門家の話を直接聞くことができるチャンスがあるわけなので、まず社内に“勉強することを推奨する雰囲気”を作ることが大事。部下が「この講演会に参加してもいいですか?」と尋ねてきたら、快く「いいよ」と言えるかどうか。「何の役に立つの?」と詰めないこと。ドットとドットは最初からはつながらないですが、後でつなげるためにも、様々なドットを打っておくことが非常に大事だと思います。

そういう意味では、リベラルアーツの重要性も大いにあると私は思います。知識って網の目というか、免疫のようなものだと思っています。免疫は抗原の数だけ抗体を準備しているでしょう。それでありとあらゆる攻撃に対応出来るような防衛システムを形作っています。でもそれは、最初から備わっていたのではなく、幼いうちにさまざまな外界の異物に触れる過程で造られてくるものなのだそうです。

知識も同じように、あらかじめ多様な受け皿を持っていないと、新しい知識が入ってきても理解できずに頭を素通りしてしまいます。一見全然関係のない知識が後にどこかでつながる可能性は十分にあると思っています。だから知識は雑食がいいですね。私は白米しか食べないというのではなく、和食も洋食も、中華料理もエチオピア料理もというように、雑食主義が望ましいと思います。

>>終

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関西学院大学 専門職大学院 経営戦略研究科 副研究科長 教授
玉田 俊平太氏

関西学院大学経営戦略研究科副研究科長。博士(学術)(東京大学)。ハーバード大学大学院にてマイケル・ポーター教授のゼミに所属、競争力と戦略との関係について研究するとともに、クレイトン・クリステンセン教授からイノベーションのマネジメントについて指導を受ける。筑波大学専任講師、経済産業研究所フェローを経て現職。
その間、東京大学先端科学技術研究センター客員研究員、東京大学先端経済工学研究センター客員研究員、文部科学省科学技術政策研究所客員研究官を兼ねる。

研究・イノベーション学会評議員。日本経済学会、日本知財学会、International J. A. Schumpeter Society会員。平成23年度TEPIA知的財産学術奨励賞「TEPIA会長大賞」受賞。

2015年9月に「日本のイノベーションのジレンマ〜破壊的イノベーターになるための7つのステップ」を刊行。その他の著書に『産学連携イノベーション―日本特許データによる実証分析』(関西学院大学出版会、2010年)、『巨大企業に勝つ5つの法則』(日本経済新聞出版社、2010年)、『イノベーション論入門』(中央経済社、2015年)、『イノベーション政策の科学:SBIR政策の評価と未来産業の創造』(東京大学出版会 、2015年)、監訳に『イノベーションへの解』(翔泳社、2003年)、『イノベーションのジレンマ』(翔泳社、2000年)、監修書に『破壊的イノベーション』(中央経済社、2013年)、『マンガと図解でわかる クリステンセン教授に学ぶ「イノベーション」の授業』(翔泳社、2014年)などがある。


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