<第4回>ブランディングとは何をすることなのか~4つのブランディング領域と企業事例

  • ブランド構築

本シリーズは、ブランディング4つの領域についてご紹介することでブランディングとは何をすることなのかに関する概要を掴んで頂くことを目的としている。第1回では全てのブランディング活動の前提となる「0.ブランド提供価値規定」について、第2回ではブランドを社内外に発信する「1. ブランド・コミュニケーション」について、第3回ではブランドという切り口からマーケティングを捉えなおす「2. ブランド・マーケティング」について解説した。第4回となる今回は、ブランド提供価値を起点にユーザー体験を設計し、施策を打つための「3. ブランド・アクティベーション」という領域について詳しく見ていきたい。

 

4. ブランド提供価値を起点にユーザー体験を設計し、施策を打つ(ブランド・アクティベーション)

 

洗濯用洗剤のブランドを新しくしようかと悩んでいる32歳の女性がいる。最近は部屋干しをすることが多く、生乾きの臭いが気になってきたからだ。インターネットで「部屋干し 洗剤 おすすめ」と検索してみる。いくつか候補が出てくるが、どれもピンとこない。スーパーでは、ゆっくり商品を選ぶこともできないので、結局最初に目についた“部屋干し用”と書かれた洗剤に手を伸ばし、カゴに入れる。その後、買ってみた新しい洗剤を利用してみたが、効果があるのかないのかよく分からない。次回どの洗濯用洗剤を買うかは、まだ決めていない。

もしも、あなたが部屋干しに特化した洗濯用洗剤のブランドマネジャーだったら、この女性の話をどう見るだろうか。インターネットで検索した際に、必ず“部屋干し用”で上位に出てくるようSEO対策をするだろうか。スーパーで目につきやすい棚に商品が配置されるように工夫するだろうか。より明確に商品価値が伝えられるよう、部屋干しを訴求するPOPを加えるかもしれない。しかし、これらの戦略はすべての競合が取り組んでいることであり、その競争を勝ち抜くことは容易なことではない。仮にその過酷な競争をなんとか制し、この女性の買い物カゴの中にうまく潜り込めたとしても、次回また選んでもらえるかどうかは分からない。

3回記事(リンク)でもお伝えした通り、ブランディングの主目的は顧客と深い関係を構築することである。たまたま手に取ってもらうだけでなく、「私にはこのブランドしかない」と強い愛着を持ってもらい、繰り返し選んでもらうためには、購買効率を向上させるたけでなく、体験価値を増幅させなければならない。本章では、ブランド提供価値を起点に、いかにしてユーザー体験を設計し、施策を打つかについて解説していきたい。

 

顧客を“人”として見てみる

ブランディングの起点は、顧客である。顧客がブランドに価値を感じるからこそ収益が安定し、収益が得られるからこそ投資家を惹きつけることができ、資金があるからこそ商品やサービスを改善・強化することができ、新たな顧客を集めることができる。顧客を正しく捉えることができるかどうかが、ブランディングの成功を左右すると言っても過言ではない。

顧客の捉え方は無数に存在し、目的によって適している考え方は異なる。第1回記事(リンク)では、ブランド提供価値を規定する際に検討される、ブランドターゲットについてご紹介した。ブランドターゲットは、ブランドの世界観を体現する理想的な顧客像であり、実在する人物である必要がない。ブランドが提唱する未来や、提供する価値に共感するのは、どのような価値観を持った人であるのかを中心に記述することが重要となる。一方で、ユーザー体験を設計するにあたっては、ブランドが提供する商品やサービスを実際に購買する層について検討することが求められる。それは性年代や家族構成などの属性情報はもちろん、その人のライフスタイルや趣味趣向、行動様式など生活全般について幅広く検討し、まるで目の前にその人がいるかのように、具体的な一人の人物を描き出すことが重要となる。このように、顧客をただ購買するだけの消費者としてではなく、一人の具体的な“人”として描き出したものを、ペルソナと呼ぶ。

冒頭に挙げた洗濯用洗剤について悩んでいた女性の例に立ち返りたい。この女性は最近部屋干しすることが多くなってきていたことから洗濯用洗剤の買い替えを検討していたが、そもそも、なぜ部屋干しが多くなっているのだろうか?小さな子供がいて目が離せないため昼間に外に干しに行くのが難しいのかもしれないし、子供はいないが毎日仕事で帰りが遅いため夜に干しているのかもしれない。もしくは大の虫嫌いで、服に虫がつく可能性があることが許せないのかもしれない。それぞれのニーズ発生の背景には、全く別の人物像が見えてこないだろうか。

一例として、小さな子供のいる32歳・女性のペルソナを作成した。働くママである彼女は、平日は常に時間に追われながら過ごしており、特に出勤前の朝と帰宅後の夕方が最も忙しい。その結果、子供が寝た後の夜にしか洗濯物を干すことができず、必然的に部屋干しにならざるを得ない。仕事・家事・育児と3つの役割をしっかりと果たしたいと考えている彼女にとって、洗濯がうまくいかないことは深刻な悩みとなっており、臭いがあるままの衣類を自分や家族が着用したり、何度も洗いなおしたりすることは、日常の中でストレスの原因になっている可能性が高い。また洗濯用洗剤に対する期待を見てみると、部屋干しの臭いが発生しないことだけでなく、子供の肌への影響や、夫の汗の臭いを取り除きたいなど、実に多くのニーズが複合的に存在していることが分かる。

このように、洗濯用洗剤の購入に関わる情報だけでなく、彼女の生活全般に目を向けることで、必ずしも“部屋干し”というワードだけが彼女へのアプローチ方法ではないことが読み取れる。またインターネットの検索エンジン、スーパーマーケットの棚以外でも彼女と接触できる媒体があることにも気づくかもしれない。

もちろん、部屋干しに特化した洗濯用洗剤を買いたいと思っている顧客は彼女だけでない。そのためペルソナは1つだけではなく、複数設定されることが望ましい。ペルソナごとに洗濯を取り巻く生活環境は異なり、洗濯用洗剤に期待する役割も異なるため、それぞれに対するアプローチももちろん違ったものでなければならない。そのため、ブランドの主要ターゲットとして仮に3つのペルソナを設定したとするならば、それぞれに対して3つの異なる体験価値を設計する必要がある。

では、いかにしてペルソナ毎の体験価値を設計していけば良いのか。次項で解説していきたい。

 

顧客の体験価値を設計する

ブランドの体験価値は、何の変哲もない日常生活の中から始まる。いつも通りの毎日を過ごしながら、ふとした瞬間にそのブランドに興味を持つ瞬間が訪れる(動機形成)。何らかの広告を見たのかもしれないし、SNSで誰かの投稿が目に留まったのかもしれない。そして少しでも気になれば、その商品やサービスについてもっと知りたいと思い、調べたり周りに聞いたりするかもしれない。商品やサービスの詳しい情報を得て、ますます自分に合っているのではないかと期待が高まれば(興味喚起)、実際の店舗やECサイトに移動する。そしてその場で商品やサービスの内容を改めて確認し、場合によってはサンプリングなどのお試しを経由し、納得した上で購入に至る(情報提供・購入手続)。購入後、商品を実際に利用することで品質や効果を実感し(満足向上)、ますますファンになってくれたならば、自身の体験を家族や友人に共有して商品やサービスの利用者拡大に貢献してくれることも期待できる(体験共有)。

体験価値を設計するとは、この工程すべてについて戦略を持ち、どのタイミングでどの顧客接点を通じてどのような情報を得てもらいたいのかという明確な意図を持って、各施策を打ち出すことである。そうすることで、顧客にとっては日常生活の中から始まる自然な流れの中で、少しずつブランドとの関係を深めていくことができる。ただ偶然スーパーで目についた商品が買い物カゴの中に紛れ込むという危うい繋がりではなく、顧客の生活になくてはならない商品として確固たる地位を築いていくためには、この日常生活から商品利用に至るまでの一連の流れを可視化する必要がある。そのために活用できるフレームワークが、カスタマージャーニーである。

カスタマージャーニーとは、各ペルソナがどのような道のりを辿ってブランドのファンになっていくのかを時系列で整理したものであり、日常から利用に至るまでの各段階において期待される顧客の行動・感情・思考の動きについて記載される。どのようにして興味を持ってもらうきっかけを作るのか?どの顧客接点からアプローチをするのが最も効果的なのか?顧客にどう考え、どう感じてもらい、次にどう行動してもらいたいのか?段階ごとに、このような問いに応えていくことで少しずつ顧客をブランドの世界へと惹きつけていくためのストーリーを描き出すことができる。

カスタマージャーニーに含まれるべき項目に決まりはなく、商材によって最も効果的なフレームワークの形は異なる。そこで、先ほどお見せした部屋干し用の洗剤を探している32歳・女性のペルソナに基づいてカスタマージャーニーを作ってみたので参考にして頂きたい。

カスタマージャーニーを作る上で極めて重要となるポイントが、顧客接点の洗い出しである。該当するペルソナが普段どのような経路で情報を得ているのか、興味のある商品やサービスについてどこでどのように調べるのかを正確に把握できるかどうかで、カスタマージャーニーの精度が大きく変わる。洗濯用洗剤であれば、テレビ広告・ネット広告、スーパーマーケットやドラッグストアなどの店舗、またメーカーの公式サイトなどが一般的に考えられる顧客接点だが、例えば忙しいママであれば、家事や育児情報の多くをスマートフォンの育児アプリから得ているという事実もあるかもしれない。また先輩ママの声をSNSから得ているかもしれない。さらには購入場所も店舗ではなく、配送してもらえるECサイトを利用しているかもしれない。このように顧客接点を正確に把握することは、より顧客の印象に残る施策を打つために不可欠である。

また顧客の多くは、複数の接点を経由してから利用に至る。そのため、各接点でバラバラなメッセージを発信しないよう、最新の注意を払わなければならない。それぞれの接点における活動を異なる部署が担当している場合(公式サイトはウェブチーム、広告はマーケティング、PRは広報、店舗は営業部隊、等)、ますます一貫したストーリーを実現することが難しくなる。カスタマージャーニーが机上の空論にならないよう、全ての部署がカスタマージャーニーを十分に理解し、その実現に向けて連携することが不可欠だ。その為には、ペルソナやカスタマージャーニーを完全に作りきってしまってから各部署に展開するよりも、ペルソナやカスタマージャーニーを作成するプロセス自体に関連部署を巻き込み、それぞれのインプットを得てから完成させた方が、全員の納得や理解が得られやすい。シンプルに見えるカスタマージャーニーでも、その裏側には複雑な社内調整が求められる場合が多い為、どのような部署の協力が必要となりそうなのかを見越した上で、ペルソナやカスタマージャーニーを設計することをお勧めする。

 

おわりに

アクティベーションという言葉は、眠っていたものを活性化させ、動かしていくという意味を持つ。今回ご紹介した3つ目のブランディング領域である「3. ブランド・アクティベーション」は、まさにブランド価値規定(第1回記事リンク)を起点に、顧客の気持ちや行動を「動かす」ことに他ならない。その為には、まず顧客のことをもっと深く知る必要がある。その人は朝起きてから寝るまで、どのような一日を過ごしているのだろうか。どのような価値観に基づいて、日々の小さな意思決定を下しているのだろうか。相手を深く知ることは、普段の人間関係でも極めて難しい。分からないからこそ、すれ違いや勘違いが発生し、良かれと思ってしたことが裏目に出たり、伝えたいことが間違って伝わったりする。11の人間関係でもなかなか上手くいかないことを、企業という組織と顧客という集団で実現しようとすることが、いかに難易度が高いことなのか、想像に難くない。

デジタルの時代において、顧客の購買行動に関しては莫大なデータを得られるようになった。しかしそれだけでは、その人物そのものを理解したことにはならない。その人が何故そのような行動を取るに至ったのか、行動の裏にある動機については未だに隠されたままである。しかしだからこそ、他社には見えていない機会を掘り起こす可能性を秘めている。顧客を消費者としてではなく、それぞれの価値観に基づいた日常を生きる“人”として見ることで、その人の感情を動かし、行動を動かし、ブランドとの関係を深めていくための体験の物語を描き出すことができるだろう。

 

執筆協力: 吉田寿美(フェロー)


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