<第2回>経営はデザインそのものである― 「生活者」を起点に未来を描くデザイン

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本連載コラムは、ビジネス情報サイト「日経BizGate」に、2015年6月から11月にかけてHAKUHODO DESIGNおよび博報堂コンサルティングが寄稿したものです。
連載第4回は、西村啓太氏による記事です。

デザインは企業経営にどのように関係するのでしょうか? 商品のデザインや広告のデザインだけではない、企業経営との関わりをひもといていきたいと思います。

■会社の明るい未来を構想したいとき、デザインが役に立つ

コンサルタントとして、様々な企業経営者や事業部長といったミドルマネージャーの方にお会いすると、共通する悩みが見えてきます。キーワードは市場や社内に蔓延する『閉塞感』です。

国内人口の減少に伴う市場のパイの縮小、IT(情報技術)イノベーションによる新たな競合の登場、流通企業の交渉力の拡大とPB(プライベート・ブランド)の台頭、SNS(交流サイト)等により、生活者が発信する情報が氾濫し企業が発信する情報が埋もれる、など企業経営は「激しく、速くなる変化と、対応すべき事柄が多い競争環境」にさらされている、と言えます。いきおい、日々の業務や短期的な問題への対応に追われ、自社のありたい未来像を見通す余裕がない、という方も多いのではないでしょうか。

自社の明るい未来を構想し、社員だけでなく、お客様や投資家、将来就職するかもしれない学生に提示していくことは、経営において重要なテーマです。社内外の多くの人に会社が進んで行こうとする未来像に共感してもらい、協働してもらい、実際に魅力ある商品・サービスを生み出していくからこそ、企業経営は円滑に持続していくことができます。

このお客様や社員、その他会社を取り巻く全ての人々に、会社のありたい姿を構想し、企業活動として具現化していくことが、経営におけるデザインの役割だと定義しています(※図1)。
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※図1:デザインが有効性を持つ経営領域
出典:「経営はデザインそのものである」(ダイヤモンド社、2014年)

 

■従来の「ビジョン策定」では上手くいかない理由

会社の明るい未来を構想することは、一般的に「ビジョン策定」という言葉で知られており、多くの企業で経営ビジョンが策定されています。ではなぜ、デザインという方法論を導入することが「ビジョン策定」において重要なのでしょうか? 既存のビジョン策定では、社内外の多様なステークホルダーからの共感を得る、という観点に照らし合わせると下記2点の問題があると考えています。

  • 自社内の都合だけで考えられた未来像であり、社会、お客様、社員など多様な人々にどのように関わっていきたいかが見えない
  • 未来像が、売上高や利益額といった数値指標のみで示されている

では、デザインの方法論を用いて会社の明るい未来を描くとはどういうことか、世界中で多くの生活者から支持され、成長してきた米アップルの経営を事例として読み解いていきたいと思います。

 

 

■デザインで描かれてきたアップルの未来像

アップルの魅力、これまでの成長は、故スティーブ・ジョブズ氏の影響が大きく、氏の経営手法には、デザインという方法論がうかがえます。彼は、望ましい未来を生活者に提示するという自身の姿勢を語っています。

「顧客が今後、何を望むようになるのか、それを顧客本人よりも早くつかむのが僕らの仕事なんだ」(※1)
(※1)参考文献 ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブス』(井口耕二訳、講談社、2011年)

アップルは、これまでiPodとiTunesによって音楽業界のありようを変え、iPhone、iPadによって、多様なアプリを生み出すソフトウェア産業が活性化され、人々はスマートフォンで新たな楽しみを得たと言えるでしょう。ただ、こうした新しい商品やサービスを生み出す背景にあったのは、商品やサービスが生み出す「自社と人々の未来の暮らしの関わり方」だったと考えられます。アップルはビジョンを明示化していませんが、こうした姿勢はジョブス氏の創業時の言葉からもうかがえます。

「テクノロジーを介して何百万人もの人の生活を変える」(※2)
(※2)(※1)に同じ

こうした暮らしと自社との関わり方の具体的な例として、アップルが1988年に構想していた未来のコンピューター『ナレッジ・ナビゲーター』のコンセプト動画があります。

この動画では、あたかもすでに世の中に存在するかのように、2011年に1人の男性がこのナレッジ・ナビゲーターを使用するシーンを紹介しています。このナレッジ・ナビゲーターは、人工知能を備え、ユーザーが話しかけると音声で応答して情報の検索やお店の予約などをこなす、モバイルデバイスです。当時の技術では、すぐに実現することは不可能でした。しかし、実際に23年後の2011年にはナレッジ・ナビゲーターが持っていた、音声で応答できる画期的なシステムが「Siri」として搭載されたiPhone4Sが発売されたのです。

この未来像が具現化する過程で重要な点は、動画の中で消費者が商品を購入している姿ではなく、実際の商品を使ってどのような暮らしが実現するのか、自社の社会に対するインパクトを描いている点だと考えられます。単に自社が商品を売り上げて成長するためではなく、まだ生活者が予想もしていない未来の暮らしを実現するために、商品・サービスがあり、自社の事業活動があり、企業の目標があるのです。

 

 

■アップルの未来像は「生活者」が起点

アップルが描いた未来像は、従来のビジョン策定と何が違うのでしょうか。一番の違いは、会社の未来像を「1人の人間の全側面」=「生活者」を起点として構想している点だと思います。

アップルは、損か得かだけを追求する「消費者」ではなく、新しいライフスタイルを求め、暮らしが豊かになっていくことを期待する「生活者」を見つめていると言えます。「生活者」としてお客様を見据えて、未来像を具現化するべく事業活動を一貫して構築してきたからこそ、現在のアップルがあるのではないでしょうか。

こうした観点について、ジョブス氏は、マイクロソフトと自社との違いを「人間性」を鍵として語っています。

「ビル・ゲイツはビジネスマンなんだ。彼にとっては、すごい製品を作るよりビジネスで勝つ方が大事だった。マイクロソフトのDNAに人間性やリベラルアーツはあったためしがない」(※3)
(※3)(※1)に同じ

次のページでは、アップルの事例を参考にデザインを経営に活用することのメリットをまとめたいと思います。

 

 

■デザインを用いて会社の未来像を描くことのメリット

アップルの事例をご紹介しましたが、どの会社もアップルのようになる必要はないでしょう。しかし、どの会社であっても自社の明るい未来像を描き、社内外の人々に共感してもらい、持続的な成長を目指すことは共通していると思います。経営にデザインを活用することのメリットを下記5点に整理しました。

(1)多様なステークホルダーから共感・支持を得られる
デザインは、「生活者」を前提に会社の未来像を思考します。お客様、社員、投資家、地域社会で暮らす人々も含めて、「1人の人間の全側面」としての「生活者」を意識し、会社との最適な関係性を検討していくことで、自社の都合を押し付けない未来像が描けます。結果として、お客様、社員など様々な人々からの共感・支持を得ることができるのです。

(2)自社をとらえる視野が広がり、競合動向にとらわれないようになる
デザインは本質的に、「その企業らしい価値」を考えます。競合の会社ではなく、あなたの会社だからこそできること、やりたいことに根差して、会社の未来像や企業活動を描くのです。お金を得るだけなら、様々な事業活動があり、正解は決まっているかもしれません。しかし、「自社らしい事業活動」は、会社の数だけあります。自社ならではの社会の位置づけを再認識し、市場動向に左右されない視点に立つからこそ、競合とは異なる事業を展開し、お客様からも共感・支持を得られやすくなるのです。

(3)経営に、本当の意味でのリアリティが宿る
デザインは通常の事業目標である数字だけでなく、その数字を達成するために、生活者にどのような気持ちになってもらえれば、支持を得られるかを考えます。具体的に生活者がお金を払いたいという気持ちを喚起するために必要な事業活動まで視野に入れて構想するため、数字以上のリアリティが経営に生まれます。

(4)まだ世の中にない、新しい企業活動を生むことができる
デザインはまだ世の中にない活動や表現を構想するところから始まります。まだ、世の中にないものをありありと眼の前に存在するかのように感じる想像力もデザインという方法論の特徴です。生活者の気持ちを動かし、共感してもらうために必要な会社のあるべき姿を想像するからこそ、新たな企業活動が生み出されていくのです。

(5)未来像の実現に向けた活動を各社員が創発する
デザインを活用した社員にも共感・支持を得られる未来像であるからこそ、社員一人ひとりがその具現化に向けて各人なりに考え、行動したくなります。一人ひとりが未来像を意識して業務に携わることで、会社の様々な部署での事業活動が変わり、実際に会社が未来像に向けて動き出すという自律的な力学が期待できます。

こうしたデザインを経営に活用することで、会社はどのように変わっていくのでしょうか? 次ページでデザインを活用した経営の特徴をまとめたいと思います。

 

 

■デザインで変わる経営目標:短期的成長から持続的成長へ

デザインを用いて会社の未来像を構想することで、会社が他社との過度の競争環境にとらわれず、自社らしい成長を模索できるように変化できると考えます。

競争が激化している環境下では、競合との微差での付加価値化や価格競争に陥りがちです。そうした微差での競争に腐心していると、結果として自社・他社ともに、一層厳しい競争に陥ってしまい、短期的に競争に勝てたとしてもその状況が持続可能であるとは言えないのではないでしょうか。

会社が自社らしい未来像を描くとき、そこには生活者の暮らしに豊かなライフスタイルをもたらすか、社会や環境の問題に対して貢献できるか、といった経済的観点だけでない、社会における包括的な自社の位置づけが見いだせると思います。自社らしい未来像の下、事業を展開することで、短期的に競争を勝ち抜くことを目指すのではなく、自社が持続的に成長し、お客様、社員などステークホルダーに支持してもらい続けることが経営目標になるのです(※図2)。

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※図2:デザインを活用した経営の特徴

 

今回、経営におけるデザインの役割を「会社を取り巻く全ての人々に、会社のありたい姿を構想し、企業活動として具現化していくこと」として定義しました。本稿では、会社のありたい姿を構想する方法をご紹介しましたが、次回は、そのありたい姿を具現化するために事業や商品・サービスなどの活動として形にする際のデザインの役割をご紹介していきたいと思います。


(日経BizGate 2015年7月8日付掲載)
本コラムは、日経BizGateで連載された「経営はデザインそのものである」の内容を転載しております。

 

西村 啓太

論理と感性を合わせもった人材になるべく、The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂ブランドコンサルティングに入社後、ブランド戦略立案からブランドの確立までをデジタル領域で一貫するための子会社、株式会社博報堂ネットプリズムの立上げ・サービス開発に従事(2006年~2008年)。
また、経済産業省における政策立案を支援し、経済産業省製造産業局の「クール・ジャパン室」(現クリエイティブ産業課)立上げに携わる。
現在は、通信、製薬、金融、教育、住宅、アパレル、メディア、行政、非営利組織等の幅広い業界における、ブランドをテコにした全社成長戦略、新規事業戦略、マーケティング戦略の策定から実行支援に関するコンサルティングに従事。

 


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