<第1回>CMOはなぜ日本に根付かないのか?

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マーケティングは「機能を束ねる”機能”」

日本においてCMO(最高マーケティング責任者)設置の必要性を提唱されている一橋大学の神岡太郎教授の名著『CMO マーケティング最高責任者―グローバル市場に挑む戦略リーダーの役割』が世に出たのが2006年。既に米国企業では当たり前となっているように、日本企業にもCMOの設置が必要だと言われて、もう10年以上もの年月が流れていることになります。また、マーケティング分野の世界的権威である、ノースウェスタン大学のフィリップ・コトラー教授も、来日する度に日本企業に対してCMOのポストを設けることを繰り返し呼びかけていらっしゃいます。

それにも関わらず、いまだにCMOというマーケティングプロフェッショナル人材が、CEOやCFOと並んで経営レベルにコミットできるような仕組みを取り入れている日本企業はほとんどありません。上場している大企業よりも、むしろ小さなベンチャー企業の方が、積極的にCMOという呼称を使っていて、マーケティングの重要性を強く感じているようです。そんな海外やベンチャーの状況をよそに、なぜ日本の大企業においてはCMOの設置が進まないのでしょうか?

それは、そもそもマーケティングというものが単一の機能ではなく、「機能を束ねる“機能”」であるということを、多くの日本企業が理解していないためだと私は考えています。

企業内には、「生産(作る)」、「物流(運ぶ)」、「販売(売る)」などいろいろな機能があります。小さい会社では、経営トップが自ら信じるビジョンを判断基準として各機能をうまく組み合わせることができるかもしれませんが、会社が大きくなると必ず組織(機能)の縦割りによる弊害が出てきます。各機能がそれぞれの都合で部分最適化を追い求める結果、全体として非効率や不合理が出てきてしまうのです。

そこで、当然のことながら各機能を統合する調整機能が必要になってきて、この調整機能を日本企業では通常、経営企画部門に担わせようとします。しかし、経営企画部門はどちらかと言えば企業の内部論理の視点(企業視点)が強く、登用される人材も数字に強い財務畑出身の人材が多いのが現実です。

その結果失われてしまうのが「顧客視点」です。本来、各機能を統合するときの大切な判断基準とすべきものが「顧客視点」であり、それに最も精通したプロフェッショナル人材、すなわちCMOこそが不可欠なのです。しかし、多くの日本企業にはまだその認識がないようです。

一部の先進的な消費財メーカーなどを除けば、マーケティング部門は販売支援部門、広告宣伝部門、または調査部門のような単一機能としての位置付けしか与えられていません。つまり、本来は経営企画部門のように機能横断的な役割をマーケティング部門に与え、強力な権限と相応の責任を担わせるべきなのですが、残念ながらそれができていないのが実情です。

 

マーケティングそのものも進化している

CMOやマーケティングの正しい認識が浸透しない理由として、マーケティング自体が猛烈なスピードで進化と拡大を続けているということもあるかと思います。マイケル・ポーター教授の「バリューチェーン」という有名なフレームワークがありますが、ここではマーケティングは単一機能としての限定的な位置付けでしかありません。ポーター教授がこれを発表したのが1985年ですので、もう30年以上も経過しており、当然今ではマーケティングも格段に進化しています。

【図】企業経営におけるマーケティングの役割拡大

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現在のマーケティングは、図のように主活動を統合するような位置付けでとらえるべきです。実際、世界最強のマーケティングカンパニーと言われるP&G社では、マーケティング部門のブランドマネジャーが、マーケティング戦略策定はもちろん、商品コンセプト開発、需要予測、増産・減産の判断、パッケージデザイン、卸・店頭在庫予測、消費者調査、広告施策、予算管理、商談方針協議、店頭販促物制作、ディスカウント施策、効果測定などなど、まさにバリューチェーンの川上から川下まで全領域を股にかけて、「顧客視点」によってビジネスをリードしています。しかも、早ければ20代からブランドマネジャーに昇格する人材も多く、若い頃からマーケティングのプロフェッショナルとしての実践経験を積んでいきます。

ここで培われる「顧客視点」の戦略策定・意思決定・実行能力こそ、まさに「(顧客視点によって)機能を束ねる“機能”」であり、企業視点が強い経営企画部門にないものです。しかし、マーケティングがこれほど幅広い役割を担うものであるという認識が広く浸透しているとは到底言えず、それこそが日本においてCMOが根付かない根本要因だと私は考えています。

日本のマーケティング学者の第一人者である早稲田大学の恩蔵直人教授は、近年のマーケティングの目覚ましい進化についてこう述べています。

「私が学生時代に学んだマーケティングと今日のマーケティングとでは、学問としての名称こそ同一であっても、実態には著しい違いがある。旅客機で例えるならば、次のようになるだろう。学生時代に学んだマーケティングはプロペラ機であり、今日のマーケティングは最先端のジェット機である、と」(『マーケティングに強くなる』恩蔵直人)

30年以上もの間、第一線でマーケティングの研究を続けてきた大家の言葉には、大変な重みと説得力があります。CMOやマーケティングの重要性と意義が、経営層の方々も含めて広く一般に浸透するにはまだまだ時間がかかるかもしれませんが、私もコンサルタントとして積極的に啓発活動を続けていきたいと考えています。

 

※本コラムは、株式会社宣伝会議が運営する広告界のニュース&情報ポータルサイト『AdverTimes(アドタイ)』に掲載された寄稿記事「CMOはなぜ日本に根付かないのか?」の内容を転載しております。


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