デジタル化時代にこそ、プリミティブな体験を

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若者文化に触れる:フリースタイルラップ

いま、「フリースタイルラップ」というものが若者の間で大きな文化になりつつある。「ラップ」といえば皆さんも多少なりとも聞き覚えがあると思うが、小節の終わりなどで韻を踏みながら、リズミカルに喋るように歌う歌唱法のひとつである。このラップを“即興”で行うのがフリースタイルラップであり、そうした即興のラップで相手をdisる(攻撃する)ことで勝敗を競う「MCバトル」なるものが、社会人をも含めた一般の若者たちの間でいま大変な熱気を帯びている。

昨年4月には、“名刺交換から始まるフリースタイルバトル”をスローガンにした「社会人ラップ選手権」が東京・渋谷にて開催された。この社会人ラップ選手権は、現代を生き、現状に言いたいことがある社会人に限定したトーナメント方式のMCバトル大会で、エントリー者は100名を超え、本戦に残ったのはサラリーマンや歯科医師、官僚、農家など様々な業種の社会人たちだ。この社会人ラップ選手権は4月の第1回開催の後、矢継ぎ早に9月に第2回が開催されるほどの盛り上がりを見せる状況である。

そもそもラップとは、1970年代が起源とされているヒップホップ・ミュージックの4大要素(DJ/ブレイクダンス/グラフィティ/ラップ)のひとつであり、ヒップホップ・ミュージックというジャンルの定着と共に、フリースタイルでのラップ文化も特にアンダーグラウンドの舞台で次第に浸透していった。日本におけるラップ文化の黎明期は80年代と言われるが、90年代以降には様々なヒップホップ・アーティストがメジャーデビューを果たし、日本の音楽シーン/日本語ラップ文化を盛り上げてきた。ではなぜ今、「フリースタイルラップ」なのか。

デジタル化時代におけるひとつの示唆

大きな影響を与えたのは、テレビ朝日で深夜に放送されているテレビ番組「フリースタイルダンジョン」と言われている。この番組は日本各地の有名無名なラッパーたちがステージ上で即興ラップバトルを繰り広げるというもので、一昨年の9月よりスタートされた。

次から次へと出てくる挑戦者ラッパーが、負けたら終わりの勝ち抜き戦形式で、あらゆるMCバトルで優勝経験を持つ“モンスター”と呼ばれるラッパーたちに果敢に戦いを挑むという構図である。

筆者も番組を拝見したが、本当に即興なのかと疑うほどに、相手が言い放ったことに対して瞬時に言葉を紡ぎ、会話の文脈に乗せつつ韻を踏みながら相手を攻撃する様に圧倒された。いまや、フリースタイルダンジョンの収録観覧客は1,000人を超え、Youtubeで配信されている同番組の動画の再生回数は累計4,000万回を超えていることから、このフリースタイルラップバトルがどれだけ世の中的なムーヴメントになっているかが推測できるだろう。[*1]

フリースタイルラップがこれだけ若者たちの間に浸透した理由として、一般的に言われているのは、まず、フリースタイルラップは身一つで取り組めるため、お金のかからないストレス発散法であること。そして、90年代を青春期で過ごした彼らは「ヒップホップネイティブ世代」であるため、ヒップホップに対して受容性があること。さらには、彼らはデジタルネイティブ世代でもあり、SNSで限られた文字数の中で情報を発信することに慣れていること、といった具合である。また「ゆとり世代」というレッテルを張られた彼らが、社会への不満解消や自己表現の手段のひとつとして人気になっているとも言われている。

ただ、もう少し掘り下げて、最近の我々を取り巻く生活を振り返ってみると、AR(拡張現実)、VR(バーチャルリアリティ)、AI(人工知能)等、テクノロジーの加速度的な進化によって、我々の生活は日々少しずつデジタル化されてきている。もはや人類レベルで定着したSNSを利用すれば、「今何をしているか」ということが簡単に発信・共有される時代だが、一方で、「一緒に〇〇な体験をした」というリアル体験の同時共有は、いわゆるマーケティング業界で言われる“モノからコトへ”の文脈で昨今、重要視されてきた。

今後もおそらく、エンターテイメント業界からはデジタルテクノロジーを駆使したこれまでにないコト(体験)が提供されるであろうが、フリースタイルでのラップバトルは、相手と間近に対峙し、目の前の相手が繰り出す感情むき出しの韻とフロウ(flow)[*2]に神経を尖らせる。そして、自分の持つ単語の引き出しの中から最適なコトバとコトバを紡ぎビートに乗せて即興で返す、という言語文化としては非常にハイレベルな行為でありながら、人とのぶつかり合いという意味で極めてプリミティブな体験であり、高揚感を生む“コト”の極致ではないかと思うのである。デジタル上での繋がりが平易になった今だからこそ、この原始的な“闘い”が現代の若者の目には新鮮に映ったのではないだろうか。もしかすると我々においても、デジタル化が叫ばれる現代の世の中においてこそ、アナログなもの・プリミティブなものへの回帰ということが何かビジネスのヒントになるかもしれない。

 

 

【参考】
*1)  日経MJ 2016年5月4日号
*2)  歌いまわし。強弱や緩急等をつけることによる、言葉の流れ・響きの良さ。

※本コラムは、スルガ銀行グループ 一般財団法人企業経営研究所(http://www.srgi.or.jp/)発行の季刊誌『企業経営 2017年冬季号』(No.137)に掲載された連載「最近のビジネス・コンシューマートレンド」の内容を転載しております。


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