新たなフィットネスの形態「ソーシャル・フィットネス」

黒烏龍茶や特定保健用食品、ジュースクレンズ…。
現代社会において、健康意識への高まりは全世界的に共通して起こっている事象であり、食品関連市場では多彩な健康食品が次々と投入されているが、実はいまフィットネス市場においても、多様なトレーニング手法が提案されている。

ヨガやピラティスは日本にも定着して久しいが、最近ではミラーボールとネオンの輝くスタジオでクラブ感覚で自転車を漕ぐバイクエクササイズ「フィールサイクル」等、フィットネス大国アメリカで流行になったものが続々と日本に上陸してきているのである。

そうした中でも、生活者視点およびビジネス視点の両面から注目すべき、「CrossFit(クロスフィット)」というトレーニング手法がある。
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クラス形式のクロスフィット・トレーニング

クロスフィットとは日常動作を中心に毎回異なったトレーニングを高い強度で行うフィットネスプログラムで、アメリカでは軍や警察の育成・サバイバルトレーニングに取り入れられたことをきっかけに多くの人々に支持されている。

そのプログラム内容に加えて、クロスフィットのもうひとつ大きな特徴として、“クラス型仲間性”があげられる。クロスフィットは1時間のクラス形式で行われ、性別や年齢、身体能力の様々な人が一緒にトレーニングする。クラスでは参加者のワークアウト結果がボードに記録される等、競技的要素を取り入れることで、参加者間に仲間意識とライバル意識を同時に醸成している。

こうした参加者同士の友情とピアプレッシャーの狭間で日々ワークアウトしていくことで、ある種の“高めあう集団”としてのコミュニティが形成されていく。この新たなフィットネスの形態は「ソーシャル・フィットネス」と言われ、SNSが情報インフラとして浸透し、他人の目や社会的な繋がりを潜在的に強く意識するようになった現代において、この「社会性」という大きな生活者潮流を見事に捉え、上手くフィットネス心理に利用していると感じる。
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その日のトレーニングメニューと参加者のワークアウト結果が記録される

次に、ビジネス視点でクロスフィットを紐解いていくと、クロスフィット本部が認定する店舗は世界で13,000箇所を超えるが、その中にスポーツ用品・シューズメーカーであるリーボックが運営する「Reebok CrossFit」がある。リーボックは今や、単なるスポーツ用品メーカーを超えて、クロスフィット運営における中心的企業として変貌を遂げているのである。ではなぜ、あのリーボックがクロスフィット事業を手掛けるに至ったか。

 

生活者潮流を糸口にしたブランドシフト

リーボックはスポーツ用品・シューズメーカーとして約120年もの歴史があるブランドであり、最盛期には北米の大手スポーツ用品ブランドとしてトップを争うまでの位置にいた。しかし、ナイキの勃興によって大きなゲームチェンジが起こったことで、2005年リーボックはアディダスグループの傘下に入ることになる。ただ、その後もリーボックの売上が大きく伸びることはなく、スポーツシューズを含むアメリカのスニーカー市場のシェアも2014年時点でナイキが60%、アディダスが6%、リーボックは2%という苦境に立たされ続ける。(*1)

そうした状況の中、リーボックは自社のブランド戦略を大きく変える。
NFLやNBA選手とのライセンス契約に注力し、プロフェッショナル・ブランドとしてのイメージ構築を志向していたところから、直近5年で20%も拡大し、2兆円を超える規模を誇るフィットネス市場を牽引する“クロスフィット・ジャンキー”をブランドターゲットに据え、日々のトレーニングを通じて仲間と共に自身を高める人のためのブランドとして「Be More Human」というコンセプトを掲げた。

ブランドロゴも「physically/mentally/socially」を3つの柱とするデルタをシンボルにしたものに刷新した。(*2) これは、クロスフィットを通じて、“肉体的に”健康になることだけでなく、“精神的に”たくましくなること、“社会的に”強くなることを追求する、クロスフィット・ジャンキーを主とした現代の生活者インサイトが込められている。
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デルタをシンボルにした新たなブランドロゴ

こうしたリ・ブランディングを徹底した結果、クロスフィット事業のみならず、スポーツ用品・シューズ売上もクロスフィット関連商品が伸びたことにより、リーボックの2015年売上は前年比10%を超える増加へと好転した。

このリーボックの事例から我々が得られる示唆としては、120年もの歴史ある企業が「社会性」という生活者潮流を反映したソーシャル・フィットネスに、自らを、そしてビジネスの中核をシフトしていったという事実にある。

伝統や歴史がある企業だからこそ、生活者や市場の潮流に目を背け、自らの事業ドメインや存在意義に固執しすぎていることはないだろうか。様々な業界・企業のブランディング/マーケティング戦略・活動をお手伝いさせて頂く中でそうした状況によく直面するが、現在苦境に立たされている企業にこそ、Brand Purposeの転換の先に開けた未来が待っているのではないかと思うのである。

【参考】

*1)  THE WALL STREET JOURNAL 2014.10.20 http://jp.wsj.com/articles/SB12669324362286583938704580225004260262056
*2)  Reebok公式HP https://careers.adidas-group.com/brands/reebok

 

※本コラムは、スルガ銀行グループ 一般財団法人企業経営研究所(http://www.srgi.or.jp/)発行の季刊誌『企業経営 2016年秋季号』(No.136)に掲載された連載「最近のビジネス・コンシューマートレンド」の内容を転載しております。

 

■最近のビジネス・コンシューマートレンド ― 季刊誌『企業経営』掲載記事