<第2回>マーケティング戦略の「進化の系譜」 ― マーケティングの変化は、テクノロジーの変化と同期する

鳥山 正博 氏  

鳥山 正博 氏  立命館大学大学院 経営管理研究科 教授 副研究科長

  • マーケティング

 
1. テクノロジーが、生活者の行動を変えてきた

マーケティング戦略のあり方に影響を与えるものとして、生活者の変化、供給の変化、テクノロジーの変化の三つが考えられるが、実は「テクノロジーの変化」が生活者の変化と供給の変化に大きく影響を与えていると考えている。どういうことかというと、テレビ以前の生活者とテレビ以降の生活者は全く違う。「マスコミ以前・マスコミ以後」が一番違う可能性がある。
最初は今のテレビと同じようなことをラジオが実現したのかも知れないが、何れにしても、世の中全ての人が同じものを見たり聞いたりし、同じことを信じて…という現象は、それ以前には確実になかった。それが、テレビというテクノロジーの普及に伴い、その様な現象が起こりやすくなると、マーケティングもそれに伴うものとなり、大量生産・大量商品のモデルがそこで生まれていったという見方もある。

特に日本の場合には、戦争の時に大きく国力が下がってしまい、そこからの復興ということで、そこから皆は「時代の線」を引く。しかし仮に「戦争」という要因を外して考えると、戦前と高度成長期は、そもそも質的に相当違う。それは「マスメディアがまだ無い時代」と「有る時代」という質の違いである。それと同じ位の質の違いというのは、インターネットの「まだ無い時代」と「有る時代」である。

もう少し細かく見ても、POSデータが「無い時代」と「ある時代」顧客のIDが「取れる世界」と「取れない世界」でマーケティングが質的に大きく変わっている。

例えば、「顧客IDが取れない世界」では、本当に「4つのP」の考え方だけで多分良かった。セグメンテーションも、誤解を恐れずに言うならば、20代、30代の男性だとか、ホワイトカラーだとか、まあそれ位のおおざっぱな切り口で良かった。何故ならば、そこをどんなに細かくしても、所詮到達出来ないからである。故にテレビならば、それを好むであろう人が多く視聴する番組にCMを打ち、そういう人たちが好きな女優を使えばよいということになる。それでもおおざっぱな塊に対して訴求することは出来る。それは見方を変えると、テクノロジーがそこまでしかなかったが故、そういうやり方しかなかったとも言える。

ただ、今般テクノロジーが急速に進化している中、それに気付かずに従来どおりのSTPをマーケティングの定石として使い続けている。顧客のIDが分かるようになると、当然顧客別にやるべきことは異なってくる。それが最初はダイレクトメール位しか手段が無かったところを、ネットになると個別に且つ動的に違うものをお薦めしたりすることができるようになった。その先にはその人独自の商品を提供してあげるというカスタマイゼーションの世界まで行き得るが、製造コストもあるので、まだそこまでは行っていない。それも「テクノロジー」の進化で実現していく可能性は充分にある。

更に最近になると、SNS等のソーシャルメディアという一種のテクノロジーが普及し、「生活者が自ら発信する」という、今までにない生活行動が生まれてきた。そうすると、それ以前の生活者とそれ以後の生活者は違っており、何かがあったら自ら色々と言うし、購買行動の前には、他の人がどう言っているかをまず検索して見ようという、質的にも異なる生活者になった。

 

2. テクノロジーが、供給側のあり方を変えてきた

同様に、供給する側もテクノロジーによって変わってきた。これは、生活者に与えた影響よりも理解はしやすいかもしれない。

高度成長期以前だと、T型フォードが実現した技術革新をきっかけとし、大量生産が可能となった。それが全ての分野に普及。そしてそれを契機としたモータリゼーションによって、アメリカの場合は「モール」という売り場が台頭し、流通の構造自体が大きく変わる中で、「マスプロダクション」が生まれた。マスマーケティングの世界というのはその様な経緯で生まれたといってもよい。

そしてPOSの登場。まだ完全な個別化までは行かないが、そのテクノロジーの普及によって、「死に筋排除」が簡単にできるようになり、商品が非常に短命化することになった。そうすると企業側は、切られてしまうと一大事ということで、新商品のリリースをひたすら繰り返すように。結果、年間に出る新商品の数が10倍、20倍に増えていった。

それを可能たらしめたのは、フレキシブル・マニュファクチャリング・システム。パッケージデザインなどの製作物はすべてデジタル化できるなど、その様なテクノロジーも相俟って、以前とは違う秩序が出来てしまった。

その様な、新しいテクノロジーが生み出した「新しい秩序」を、ビジネスモデルとしていち早く取り込んだのは、言わずもがなコンビニエンスストアである。今度はコンビニエンスストアが非常に力を持ったことで、今まで「商品群の縦割り」で成立していた、米屋さんや牛乳屋さんや八百屋さんなどの「業種店」が激減した。今は、自分の身近に必要なものは全部揃っているというコンビニという「業態店」が台頭、昔はメーカーの卸だった人たちが、今やコンビニエンスストアのベンダーに再編されてしまった。

アマゾンがレコメンデーションの技術をはじめとしたECの技術と物流技術であらゆる商品の巨大流通業として台頭した結果、ユーザーの買い物行動というものが大きく変わってしまう。

テクノロジーが新しい業態を作る。そしてその業態が力を持ち始めると、今度は流通構造自体を変える力となる、その結果、最後にユーザー自身の生活行動自体が変化していく。それを今、現代の我々は目の当たりにしている訳である。

 

3. 生活者の価値観を変えた「情報のアベイラビリティ」

皆が同じような情報を持っている時代というのは、誰よりも早くそれを採用することがかっこいいという価値観があった。そして貧富の差がそれ程なく、皆頑張れば自分も金持ちになれるかもしれないと期待が持てる時代には、高級ブランドの方がかっこいいとか、そういう置かれた状況によって価値観が生まれてくる構図があった。

おそらく現代の若者の価値観は、我々が若者だった頃と全く違う。我々の時代は、高級ブランドで全てを揃えることがかっこよかった訳だが、今そんなことをやっていたらださくてしょうがない。今の人たちの論理からすると、様々なものを組み合わせ、自分の個性を表現する能力こそが認められる時代になっている気がする。それは当然、情報を発信、共有、利用できるテクノロジーの普及が背景にあることは言うまでもない。

堺屋太一氏が、「知価革命」という著書で紹介している「やさしい情知」という概念がある。この「やさしい情知」とは「その時代に豊富なものをたくさん使うことは正しく格好良いと感じ、不足なものを節約しあまり使わないのが正しく美しいと感じる」感覚をその様に定義している。例えば、戦前、戦後の「お金持ちの家」でそれを説明すると、戦前の金持ちというのは、お手伝いさんが10人位いないと、雨戸を開け閉めしたり布団を上げ下ろしが出来ないような、すごく手間の掛かる家が格好良かった。そして戦後、石油に代表されるエネルギーがふんだんにある時代の格好良い家は、セントラルヒーティングでガラス張り、お手伝いさんがいないような豪邸である。逆に、その時にその資源が細っているものを沢山使うのは無駄遣いなので悪になる。だから戦後人手が足りなくなり、石油がすごく安くなった時に、今だに5人も10人もお手伝いさんを雇わないと成り立たないような家に住んでいるのは古臭い、ということになった。

その後テクノロジーの進化に伴い「情報化」が進むと、豊富にある情報をいかに沢山使っているか、というのがかっこよさに繋がる。SNSにより従来に比べて圧倒的に人脈を広げ・保つことが容易になった。その中で多くの人と繋がっているのが「格好良い」のに対し、資源を無駄遣いする高性能車でこれ見よがしに出かけるのはもはや「格好良くない」のだ。

そんな具合に、テクノロジーは生活者や供給側を変え、生活者はその制約条件の中で価値観を変えていくようなインタラクションが起こるという前提に立つことが、長期的なマーケティングの変遷を考える上での本質的な視座であると考える。

>第3回に続く


鳥山 正博 氏

鳥山 正博 氏

立命館大学大学院 経営管理研究科 教授 副研究科長
国際基督教大学卒(1983)、ノースウェスタン大学ケロッグ校MBA (1988)、東京工業大学大学院修了、工学博士(2009)。1983より2011まで(株)野村総合研究所にて経営コンサルティングに従事。 業種は製薬・自動車・小売・メディア・エンタテインメント・通信・金融等と幅広く、マーケティング戦略・組織を中心にコンサルテーションを行う。とりわけテクノロジーベースのマーケティングイノベーションと新マーケティングリサーチインフラの構築が関心領域。

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