石となる硬貨

視力を失った後も、夢の中で虎を見ることを好んだ男、すなわちJ.L.ボルヘスは、ハーバードの『詩学講義』で表現について語った。その結論が、次の科白である。

「私の考えでは、われわれは暗示することしかできない」(注1)

作家のための作家とも呼ばれ、同時代の誰よりも、文学に精通していた彼の言葉を、私たちは聞き捨てにすべきではない。

これは言葉を使った書き物なら全てにあてはまる。もちろん、ビジネス本についても同様である。そこで私たちが手にするのは、暗示に過ぎない。ここに落とし穴がある。

何かしらすぐに使える知識を得た。ビジネス本では特にそのような勘違いを起こしやすい。なぜなら、そこには夢や鏡、無限の図書館、もちろん、悠然たる虎も出てこない。美しくない以上、実利を求めたくなるのは、むしろ必然である。

結果、土日にスタバで読み終えたビジネス本を閉じ、月曜日のオフィスに戻った際に、大きなギャップを感じるのである。使えるはずの知識は、現実には歯が立たない。小奇麗なフレームで整理され、How toの順序も並んでいるにも関わらずである。私たちは新たに握った硬貨が、ただの石だと気づくのである。では、私たちはそこで何を読んだのか。

次のグーグルになるには

ビジネス本が実際に伝えるもの、すなわち、暗示するものとは何か。それは作者の「世界の見方」に他ならない。成功企業のケースから共通の要素を抽出し、また群れとして統計的に処理をしたとしても、それが主観を離れた本物の科学になることは稀である。

なぜそのケースを選んだか、なぜその統計的な手法を、数字を選択したのか。どんなに客観的に見せても、作者の主観を脱することは難しい。大半はケースを使い、統計的な記号を使って、元々持っていた作者の主観を語っているに過ぎない。

結果、一枚一枚皮をむいて行けば、その核にある作者の経験に辿り着く。そして、よく書かれたビジネス本を読んで、私たちが何か分かった気になるのは、この核のおかげである。私たちと作者は同時代の記憶を共有し、同じような言葉を使っている。そのため、彼が自分の経験に基づいて語ったものは、私たちの経験にも則しており、容易に飲みこめるものとなる。共通の経験に新しいラベルを付けて与えられれば、私たちのSEEKING回路が、既存の記憶との因果を自ずと結んでくれる。それはよく腹に落ちるものである。

ただ、「違い」を作ることのみが利潤を得る唯一の方法である「ポスト産業資本主義」の現代において、共通の記憶に基づいた理論は役に立たない。

この議論の妥当性は、既存のビジネス書を開いてみれば明らかであろう。Google、Apple、Pixarを神棚に祀ることはしても、打ち負かす方法はどこにも書かれていない。また、立派なコンサルティング会社のオフィスで、「次のGoogleになりたいのだが」と相談しても、明快な答えは返ってこまい。これも、経験をのみ手掛かりとするという落とし穴のためである。

「違い」を作るためには、意図的に経験を超えなければならない。そうしなければ、SEEKING回路を刺激し、熱狂(マニア)を生み出すための「失われた価値」も当然見付けられない。それは目の前を見ても「失われている」からである。

人生の時間を超える

岩井先生の資本主義論、カントの道徳の哲学、パンクセップ教授の感情の脳科学は、現実の経験を意図的に超えるものである。企業と消費者の底を流れる資本主義の大きな潮の流れ、古代から進化の過程で授かった「7つの感情回路」。いずれも個人の経験を、規模でも時間軸でも超えるものである。それは、言葉と同じように、私たちが生まれる前も、そして死んだ後も続くものである。

では、実際にどのようにして仕事を行えば良いか。実戦で活用した例を示し、読者の意見を乞う。それは、私たちがいつの間にか「失った価値」を、世界に取り戻す仕事である。

以下の事例中、守秘義務の関係から、具体的な企業名は出さない。また、示すのは複数のプロジェクトを材料として、再構築したものである。ただ、全ての部分は実戦を経たものであり、そして、その戦いの相手は、いずれもビジネス本において、ベスト・プラクティスとして祀られている巨人ばかりである。そのような一見勝ち目のない戦いを請け負うのが、私の仕事である。もし、読者が巨人の経営に関わる仕事をしているなら、どこから攻められるかが分かるだろう。

戦場の地図

AppleやGoogleが持つ強みはどこにあるのであろうか。一つは従業員である。彼らは「グーグルの逆説」を通して集められた「違い」を意図的に作ることができる従業員である。では、その従業員たちは、どこにその違いを作るのか。もちろん、消費者の頭の中である。

模倣のスピードが加速し続けるポスト産業資本主義において、目に見える物は簡単に模倣され、違いは食い尽されてしまう。どの市場も、いずれは消費者の頭の中での戦いに収斂するのである。

そして、その頭の中で支配的な力を持つのが感情である。それは、サバイバル・ツールとして、進化の過程で備わったものである。人類の歴史を超える時間を掛けて作られた「世界を評価する仕組み」である。その評価基準が、Panksepp教授の明らかにした「7つの感情回路」に他ならない。消費者の頭の中での戦いを制するには、この従来ブラック・ボックスに入れていた感情の力を、明示的に利用することが必要である。

三位一体

消費者の頭の中での戦い方とは、すなわち、次の3つを順序を踏んで作ることである。それは「ビジョン」、「記憶Chain」、「組み換えアクション」の3つである。(図1)

図1 「ビジョン」、「記憶Chain」、「組み換えアクション」

ここで言うビジョンこそ、他の2つ、「記憶Chainの構築」とその「組み換えアクション」という実作業の指針となるものである。それは、どの「失われた価値」を現代に蘇らせるかを言うものである。選択した「失われた価値」の差異に応じて、どれだけの規模・期間で人々を熱狂させるかも決まる。ジョブズがAppleのDNAと呼んだビジョンは、変わること急な現代において、少なくとも30年の間、世界中を熱狂させた。

“It’s technology married with liberal arts, married with the humanities, that yields the results that make our hearts sing.”

(機械とリベラル・アーツの融合、機械とヒューマニティの融合、それこそが人の心を動かす) (注2)

では、現代に言うべきビジョンとは、すなわち取り戻すべき「失われた価値」とは、どうやって見付ければ良いのであろうか。それは、やはり経験を超えたところに答えが見つかる。私は、ここに労力を割く以上の投資を、未だ知らない。

流れの急な場所

人はまったく新しい価値に熱狂することはない。世人が熱狂したものをよく検すれば、一見それが新しく見えても、実は社会が進む過程で「失われた価値」を取り戻したものであることに気付く。SEEKING回路は、世界の「新しい因果」に興奮する回路である。つまり、求めるべきは、「新しいが、どこか懐かしい価値」である。

岩井先生の議論にも、さまざまな「失われた価値」についての言及があった。

「人間は本来交換する存在であるという交換の持つ本来の意味を、現代にかき立てる、そういう企業がある程度成功し始めているのかもしれない」

交換の効率が極みに達し、そこで失われた「交換の本来の価値」を取り戻す企業が成功を収めている例である。フェイスブックが、また、コンテクストを作る仕組みを持つスターバックスが求められるのも、交換の場に「顔」を入れることで、「失われた交換の価値」を取り戻す企業であるからである。

「失った価値」を見つけ出す、その探し場所の一つ目は、社会が急速に変わった場所である。物事には両面あり、何かが急速に進むとき、そこには取り落とした価値が存在する。そして、変化が急であればあるほど、「失われた価値」への不満足は消費者の中に急激に蓄積し、そこに熱狂の素地が生じる。特に、その変化が人間の孤立をもたらし、GRIEF(寂しい)回路を刺激しているならば、消費者はその解消を本能的に求めているのである。

また、選択したビジョンが、どれだけ長く人々を熱狂させるかは、この社会変化の期間と一致する。機械と人間性が激しく相克し、人に疎外感(GRIEF)を与えている間は、ジョブズのビジョンは、能くその役割を保った。そして、そのビジョンが今はどこか輝きを失ったように感じるのも、ジョブズが居ないからだけではない。

社会の変化とは、経済の変化がもたらすものである。プロジェクトの度に、私が変化のポイントを求めて、岩井先生の資本主義論を参照するのはこのためである。そして、そこに「失われた価値」を見つけることは稀ではない。

理知的な本能主義

「失われた価値」を探すもう一つの場所を示そう。それは美術と文学の中、つまり、それらに反応する自分自身の感情である。

岡本太郎が正しく指摘したように、ピカソはその破壊的な革命性にも関わらず、同時代人からの熱狂を受けた(注3)。彼の革命が、新しいだけではなく、当時の人々が「失った価値」を取り戻すものとして、迎えられたからである。つまり、当時の人々が直面していたのは、資本主義の進展、端的にいえば、重化学工業の進展に伴う分業の加速と、それに伴う個の分断である。そこに、キュービズムという新しい形で、世界の「本来の有機的な姿」をもたらしたのである。

私は漱石や鴎外、ボルヘスを読んできた。しかし、最近、バージニア・ウルフの『灯台へ』を、なぜか感情が繰り返し求める。ラムジー家と海岸で過ごしたくなる。なぜその本、物語が感情を刺激するのか。

ピカソのような美術にせよ、文学にせよ、そこでは「差異」こそが全てである。同じゲルニカは意味を持たない。現代の人々を熱狂させる作品、その作られた「差異」が私たちの感情を刺激する理由を考えること、そこに「失われた価値」を探すもう一つの場所が存在する。

もちろん、私たちが物語に心を動かす時、そこには年齢、家族構成、人生での出来事なども影響を与える。ただ、世人が強く熱狂する作品には、その背景に現代の「失われた価値」と、それを回復させる物語が語られているはずである。

自分の感情の動きに注意し、そして、なぜ心が動いたのかを理知的に解釈すること。ただし、それがこじ付けにならないためには、自分を取り巻く資本主義の変化、そして、「7つの感情回路」の何が刺激されたのかを、正しく判断することが必要である。

「失われた価値」を探すなら、生半可なマーケティングのセミナーではなく、美術館と図書館に行くべきである。

では、以下で実戦の部、「記憶Chain」と「組み換えアクション」を駆け足で見よう。

記憶Chain

人はビジョンを抽象的に示されても、感情が動かず、結果、記憶にも残らない。記憶させるべきは、経営者・従業員のイメージ(伝道者ジョブズや真面目なトヨタ社員)、商品・店舗の体験(スターバックス)、創業以来のその会社の神話・物語(ルイ・ヴィトンのタイタニック号の物語)といった具体的なものである。

ビジョンに基づいて、このような消費者の記憶を構築していくのが、頭の中での戦い方である。そのためには、まず既存の記憶を明示化する必要がある。

消費者が、商品についてどのような関連する記憶を持っているかを言語化し、紙上にマッピングする。そして連関の強い記憶同士をラインで結ぶ。

記憶はその影響の強度により階層に分け、最も主要なものは3~4つ程度に絞る(Core Memory: CM)。その周りには、その主要な記憶を支える周辺記憶(Related Memory: RM)を配置する。どの記憶が主要であるかは、その記憶が失われた際に、どの程度購買行動が変化するかを検討すればよい。図1の記憶Chain図は、イケアやサウスウエスト航空で有名なM. PoterのActivity Systemを模したものであり、頭の内外の違いはあるが、概念的には近いものである。 (注4)

まず、この既存の記憶Chainを作成し、次に、ビジョンを正しく伝えた場合の「理想的な」記憶Chainを作る。この両者の差分を図示し、組み替えるべき記憶の部分が明確になるからこそ、効果的なアクションが可能になる。また、「認知」、「購買意向」のような雑駁なものではない意味のあるKPIを手にすることができる。そのコミュニケーションは、消費者の記憶に何を書きこもうとしているのか。記憶Chainを明示することで、頭の中をブラック・ボックスにしたままアクションを打つ非効率を脱することができる。

アクション: 記憶Chainの組み換え

では、どのようにして組み替えれば良いのか。効果的なアクションを取るためには、記憶の仕組みを理解することが必要である。ここでもパンクセップ教授の理論を手掛かりとする。

人が何を記憶するかは、古代の脳に備わった感情が決める。感情を強く掻き立てる情報は、サバイバル上重要なものと判断され、深く記憶される。逆に、そのアクションが感情を動かすことができなければ、記憶が組み替わることもない。理屈っぽくスペックのみを伝える企業は、感情を動かすことが出来ず、単に忌避されるのみである。これは、自分の良さを理屈で説得してみても、異性が口説けないのと一般である。

常に意識すべきは基礎となる「7つの感情回路」である。その中でも、全ての回路と繋がり、最も強い感情をもたらすSEEKING(ワクワク)回路を刺激することが、記憶を組み替えるために最も有効である。商品そのものよりも、「可能性」として商品を提示することで回路を刺激する。

ビジョンは長期的に固定するが、記憶Chainはアクションを通して、手間をかけ、盆栽のように育て続ける覚悟が必要である。ブランドとは一時のキャンペーンではなく、育てるものだというのも、それが消費者の頭の中の記憶であるからである。

一見、勝ち目無く思える巨人たちと戦う際も、基本は上記のプロセスを用いる。巨人のビジョンを陳腐化するため、巨人のビジョンとそれを支える記憶チェーンを明示化する。そして、ビジョンを支える最も強い記憶を、新しいビジョンを掲げることで陳腐化するのである。

これは、ジョブズがIBMに対峙した際に、IBMの最も強い「効率性」というExcellenceを陳腐化した手法である。彼は、Think Different”キャンペーン等のアクションを通して、人間の他の側面、すなわち真・善・美・壮の真(効率性)以外の部分を、”掲げることで、IBMのビジョンを陳腐化したのである。つまり、消費者の頭の中で、IBMのもたらす「効率性」という本来ポジティヴな記憶が、「非人間的なもの」として書き換えられたのである。

切るべきは巨人のビジョンを支える最も強い記憶である。すなわちアキレス腱であり、それは人体の最も強い腱であるからこそ、勇士ヘクトールを引き摺ったアキレスでさえも倒れたのである。この戦い方の要点は、あくまで新しいビジョンを掲げることで、巨人を陳腐化することである。そうでなければ、SEEKING回路も刺激されず、記憶は書き換えられない。難癖を付けるだけのものは、かえって有害でしかないことには注意が必要である。

経験を超える

人は過去を、経験を頼りにしたがるものである。データや先例があれば、それを基に意思決定を下したくなる。結果が悪くても、「ファクト・ベース」という免罪符を使える。ただ、それでは、「失われた価値」を世界に蘇らせ、熱狂を受ける英雄的な企業にはなれない。

ただ、本連載の読者は、既存のビジネス書には書かれない「資本主義」と「ヒトの感情」という新しい世界の見方を手に入れたはずである。

最後に、私自身も常に肝に銘じている岩井先生の言葉を引こう。

「真の理論とは、日常の経験と対立し、世の常識を逆なでする。それだからこそ、それはそれまで見えなかった真理をひとびとの前に照らしだす」 (注5)

勇気を持って経験を超えよう。

(2014年10月8日 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー オンライン 掲載)

【注】
(1)J.L.ボルヘス「詩という仕事について」岩波文庫
(2)iPad2公開時のスピーチwww.apple.com/apple-events/march-2011/
(3)岡本太郎「青春ピカソ」新潮文庫
(4)M.Porter, “What is Strategy?”, Harvard Business Review、図の一部はShadowxfox作成(Wikipediaより転載)
(5)岩井克人「二十一世紀の資本主義論」ちくま学芸文庫
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※本連載はDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー オンラインに寄稿した内容を転載しております。