根津の三者

躑躅ツツジの赤に群がった人は絶えた。根津神社の広い境内では、1歳を過ぎた太郎と鳩だけが歩いている。祭りの間は見かけなかった猫も、いつもの場所で目を瞑る。漱石が『猫』を書いた裏手に棲む彼は、「吾輩は」と語り出す言葉は持たぬが、私たちと同じ感情を持っている。 試みに、太郎と鳩と猫、それぞれの頭に電極を差し込み、特定の部位を刺激してみよう。頭蓋の奥深く、古代の脳に存するSEEKING(ワクワク)回路を刺激すれば、三者三様のやり方で、周りを探索し始める。太郎は人差し指で、鳩は嘴で、猫は鼻を使って境内を嗅ぎ回る。強い多幸感(Euphoria)に目を輝かせながら、他のことは忘れたように探索を続ける。

次に、刺激する場所を変え、GRIEF(寂しい)回路を刺激すれば、母を呼ぶ声(”Desperation Call”)を上げて、三様の声色で泣き始めるだろう。

そして、大人である私のGRIEF(寂しい)回路を刺激しても、やはり、声を上げて泣き出したくなる。それを無理に抑え込もうとすれば、喉の奥に物が挟まったようになる。私は経験と知識によって、「身体行動」を無理に抑え込むことは出来る。ただ、沸き起こった強い感情を、自分の意志で無くすことが出来ないのは、他の三者と一般である。

OSはインストール済み

私たちは、哺乳類と共通の「7つの基本的な感情」を持って生まれてくる。経験によって、悲しみ、怒ることを身に付けるわけではない。

前回紹介したヤーク・パンクセップ教授の言葉を引けば、ヒトは、OS(「7つの感情回路」)がインストールされて生まれてくるのである。外界のインプットをどう処理し、どれをメモリー(可塑性の高い新脳)で記憶すべきかを決定するのは、この生得の感情である。この「7つの感情回路」は長い年月をかけ、サバイバル・ツールとして備わった進化の賜物であり、これを持つ種だけが生き残ってきたのである。だからこそ、感情の力は強く、むしろ支配的でさえある。

ポスト産業資本主義における戦場は、消費者の頭の中である。そこで支配的な力を持つ感情を知らないのは、的を知らずに射を掛けると一般である。そして的の中心、熱狂(マニア)を生む回路こそ、SEEKING(ワクワク)回路である。電極を差さずにこの回路を刺激し、熱狂を生み出す方法を知っていたのが、キリスト、仏陀などの宗教家であり、伝道者然としたジョブズである。Archaeological Treasure(進化の賜物)とも呼ばれる感情を詳しく知ろう。皆は戦場の地図を持たずに戦っている。

7つの感情回路

パンクセップ教授の7つの感情回路とは、SEEKING(ワクワク)、RAGE(怒り)、FEAR(恐怖)、LUST(性欲)、CARE(慈しみ)、GRIEF(寂しさ)、PLAY(遊ぶ楽しさ)である(注1)。
7つの感情回路

脳は進化の過程を、その位置に残している。地層と同じく、奥にあればあるほど古い部分である。「7つの感情回路」は、頭蓋の奥深く、古代の脳と呼ばれる部分に存する。その中でも、より古いものが、RAGE(怒り)、FEAR(恐怖)、LUST(性欲)である。

回路(circuit)の名が大文字であるのは、日常的に使う意味ではなく、回路の名であることを示す。それぞれの回路は独立してはいるが、互いに情報のやり取りで結びついている。また、すべての回路と結びつき、その機能をサポートするSEEKING回路は、最も古い回路の1つであるが、熱狂をもたらす最も重要な回路であり、節を改めて詳述する。

RAGE(怒り)回路は、FEAR回路と共に、最も古い感情回路である。そして、最初に動物実験によって発見された回路でもある。自律神経の分野でノーベル賞を受賞したヴォルター・ヘスがラットの実験中に、その脳の一部に電気を流すことで、強い怒りに似た反応を示すことを発見した(彼は晩年までそれを怒りという感情だとは認めなかった)。他の個体に食べ物などを奪われた際に興奮し、強いネガティヴな感情と、暴力的な行動をとらせる回路である。

FEAR(恐怖)回路は、自分が食べ物として食われることを回避するための回路である。外敵の情報に接すると、強いネガティヴな感情、恐怖を感じる。同時に、身を硬直させる。音を消し、外敵の接近を避けるためである。さらに恐怖が高まると、逃げるために心拍数を上げ、実際に跳び上がって逃げさせる。

LUST(性欲)は、異性への性的な欲望を司る回路で、ポジティヴな感情を伴う。さまざまなホルモンが情報の伝達を行う。目の前の個体の生存ではなく、種としての継続をもたらす回路である。性差が大きく、特にどちらかの性を対象にした商品ならば、この回路への理解が必要となる。

この3つとSEEKING回路が、哺乳類より前時代の動物である爬虫類などの脊椎動物とも共有する古い感情回路である。次に、哺乳類と鳥類に見られる、より新しい回路を見よう。人間の「社会性の基」となる回路である。人間は生物学上も、社会的な生き物である。

Socialの基

CARE(慈しみ)回路は、母親が子に授乳し、撫育するときに、ポジティヴな感情をもたらす回路である。生命の危険をもたらす出産と、その後の子育ての大きな負担に耐え得るように、心を落ち着かせ、自信を与える複数のホルモンを、必要なタイミングで分泌する。この回路を人工的に興奮させると、ラットは子どものために巣を整え、妊娠したことのないラットでさえも、ケージにいる他のラットの子どもたちを、急いでかき集め始める。

GRIEF(寂しさ)回路は、CARE回路の裏返しともいえる回路である。子どもが親から離れた際に、強力なネガティヴな感情をもたらし、親を呼ぶ独特の声を上げさせる(”Desperation Call”)。そして、親や群れと再会した際には、脳内麻薬を分泌し、この感情を鎮める。この回路が興奮した状態が続くと(親から十分な撫育を受けない場合、愛した人が死んだ場合、集団から爪弾きにあった場合)、鬱病の引き金となる。

人間が麻薬に中毒性を持つのも、この回路が脳内麻薬を受容する機能を持つことが一因であるとされる。集団から疎外を感じているものが、覚醒剤に手を出しやすいのは、GRIEF回路の興奮から来るネガティヴな感情を和らげるために、脳内麻薬の代替を探す結果である。

GRIEF回路は、未熟に生まれ、保育が必要とされる哺乳類の生存上、極めて重要な回路である。そのため、大人になった後でも、その回路を刺激すれば、強い感情をもたらし続ける。したがって、熱狂を生むSEEKING回路と共に、ビジネス上のヒントに富む回路である。社会の変化により、この回路が興奮している場面が生まれていないか。もし、そうであるならば、それを和らげる商品があれば、強く欲される。

PLAY(遊ぶ楽しさ)回路は、笑いとポジティヴな感情を生み出す回路である。若い個体同士が同じゲージに入れられた場合、笑い声をあげながら遊び始める(YouTube参照)。むしろ遊ぶことを我慢することは出来ない。他の個体との関係性など、集団生活を行うための訓練を促す回路である。既にADHD(注意欠陥・多動性障害)の子どもの治療に、この回路の研究成果が活用されている。

節を改めて、的の中心、熱狂(マニア)を生むSEEKING回路に移る。ここを刺激することが出来れば、消費者の頭の中の戦いに、勝ちを収めることが出来る。

熱狂のもと:「可能性」と「因果」

SEEKING回路は、世の中の良いもの・こと、すべての機会(opportunity)を貪欲に探し続ける回路である。これをする個体・種だけが、長い進化の過程で生き残ってきたのである。

この回路を人工的に刺激した場合、ラットは何の変わった所のないケージの中を、機会を求めて休む暇なく嗅ぎ回る。この回路の興奮が、中毒的な強いポジティヴな感情、多幸感(Euphoria)をもたらすため、マウスは食べ物を摂ることも忘れ、この回路への電気刺激をもたらすレバーを押し続ける。情報の伝達物質はドーパミンであり、自分が世界に対して「力を得た感覚」をもたらす。

この回路を刺激するために、私たちが特に知悉すべき働きは2つである。それは「可能性」と「因果」についてである。

まず、可能性についてである。この回路は実際の消費ではなく、消費の「可能性そのもの」に強く興奮し、強いポジティヴな感情をもたらす。むしろ消費を行っている際には、その興奮の程度が下がる。ラットは食べ物を食べている時よりも、それを探し、手掛かり(「Cue」)を見つけた時に、もっとも回路が興奮するのである。

ヒトも同様である。カレーの匂いを嗅ぎつけた時の方が、実際に食べる時よりも興奮し、映画の予告編には本編よりもワクワクする。可能性の固まりである貨幣に熱狂するのも、モロよりチラを好むのも、この回路の働きである。

ヒトを含む動物は、消費そのものよりも、その可能性を強く欲する。これを快感とする種だけが、何億年の進化の過程で、周囲の機会(opportunity)を逃さずに生き残ってきたのでる。

SEEKING回路を刺激するもう1つが「因果」である。理解するために、極端な例を見よう。ヒトのSEEKING回路を「過剰に」興奮させたらどうなるか。この状態は統合失調症と同じ症状を発する。同じドーパミンを介在させる覚醒剤を多用した状態とも同じである。世界のあらゆるもの・ことが因果として結びつき、妄想が止まらなくなる。たとえば、上空を飛ぶヘリコプターが自分を連れ去りにきたものと信じるようになる。つまり、SEEKING回路は、常に新しいモノやコトの結びつき、すなわち「因果」を探しているのである。

この地面を突くと餌が得られるのではないか、このボタンを押せば餌が得られるのではないか、世の中のあらゆる機会を見つけるため、SEEKING回路は、「新しい因果」に対して強い快感をもたらす。周囲の世界に「新しい因果」を熱狂的に求める種だけが生き残ってきたのである。

そして、この回路がアルキメデスに「ヘウレーカ」と叫ばせしめ、裸でギリシアの街を駆けさせた。自然界の「新しい因果」を発見したことで、彼のSEEKING回路が興奮し、多幸感に溢れたのだ。人間のSEEKING回路は、他の哺乳類に比べて相対的に大きく、また、大脳新皮質にまで特異的に伸びていることにより、概念的な領域での発見もSEEKING回路を興奮させる。

何億年の昔、海底でヒドラが口の周りに集積したニューロンによって外界を探り始めた頃より、動物は「可能性」と「世界の新しい因果関係」を欲する個体・種だけが生き残ってきた。これが最も生存の役に立つ。したがって、最も根源的な強い感情である。

今を新しく見せる

企業が「新しい因果」をもたらした際に、SEEKING回路が興奮し、熱狂(マニア)が生まれる。既存の世界を新しく見せるものに、消費者のSEEKING回路が刺激され、強い熱狂が生まれるのである。

ここで注意すべきは、全く目新しいものはSEEKING回路を刺激する程度が強くないということである。熱狂を生むのは、「既存の」世界が新しく見えた場合である。目の前に見えていたモノ・コトが新しく結び付くことに、私たちは強い熱狂を覚えるのである。

仏陀もキリストも、「この世」の見方を大きく変えたからこそ、人々を長年熱狂させるのであり、実際に新しい涅槃をもたらしたわけではない。

ここに企業がもたらすべき「新しい因果」のヒントがある。企業がもたらすべき「新しい因果」とは、既知だが「失われた価値」を、新しい形で提供するものである。岩井先生の議論にあった、「交換の失われた価値」を取り戻すために、インターネットという無機的な世界に「顔」を導入するのも、その典型例である。岩井先生の言葉をもう一度載せよう(連載第2回参照)。

「人間は本来交換する存在であるという交換の持つ本来の意味を、現代にかき立てる、そういう企業がある程度成功し始めているのかもしれない」

Needsを満たす商品は満足を与えるが、Lostを取り戻す商品は熱狂をもたらす。企業が呈示すべき「新しい因果」を探すことは、「失われた価値」を探す行為に他ならない。

未来に熱狂のヒントは落ちていない。なぜなら、太陽の下に新しいものが表れても、感情という評価基準(Deep Value System)は、数百年程度では変わらないからである。それは人類の歴史よりも長い時間を掛けて備わったものである。ボルヘスが指摘したように、太古から文学に表れるメタファーの数は限られ、主要なプロットの数が限られることも、基本的な感情は変わらず、その制約を受けるからである(注2)。

では、SEEKING回路を強く刺激するような、蘇らせるべき「失われた価値」とは、どうやって見付け出せばよいのか。もちろん、ただ古ければよいわけではない。それは、再び目の前に据えられた時に、強い熱狂を生むものでなければならない。「失われた価値をもとめて」、それが次の話。

(2014年5月7日 DIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー オンライン 掲載)

【注】
(1)Jaak Panksepp, “The Archaeology of Mind”, W.W. Norton and Company
(2)JL. ボルヘス、「詩という仕事について」、岩波文庫
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※本連載はDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビュー オンラインに寄稿した内容を転載しております。