価格ではなくて付加価値で顧客に選んでもらえるような、強いブランドをつくりたい。これは、ありとあらゆる企業にとっての普遍的な経営課題の一つである。しかし、実際にブランド・マーケティングに取り組もうと思うと途端に難しくなり、何から手をつけていいか分からないというのが、ほとんどの中堅・中小企業の本音ではないだろうか。

多くの場合、その理由はブランド・マーケティングという概念がほとんど精神論のレベルに留まっており、具体的な戦略にまで昇華されていないことにある。明確な戦略が欠如したまま一足飛びに細かい活動計画や施策レベルの議論に陥ってしまえば、答えの出ない迷路に入り込んでしまうのは必定だ。その結果、結局のところ慣れ親しんだ今までのやり方を大きく変えることはできず、ブランドも育たない。

本稿では、ブランド・マーケティングとはそもそもどういうものなのか、具体的な戦略アプローチとしてどのような選択肢があり、最近の潮流としてはどのようなものがあるのか、ということについて述べる。

ブランド・マーケティングとは何か

ブランド・マーケティングの本質をあえて一言でいえば、「市場の新しい選択軸を生み出すこと」である。顧客が製品・サービスを購入するときの選択軸は、市場の特性によって異なり、通常、いくつかの要素の組み合わせや優先順位が生じる。

まず、誰もが最初に思い浮かべる選択軸は価格だろう。典型的には、スーパーマーケットで食材を購入したりドラッグストアで日用品を購入したりする際に、とりあえず価格の低い方を選ぶという行動に表れる。市場がコモディティー化している場合、顧客は製品・サービス間の違いがほとんど認識できないため、価格を頼りに購入の意思決定をすることになる。特に慣れないカテゴリーの商品を購入する場合、初めて売り場を訪れて、あまりの種類の多さにどれを選んでいいか分からなくなりうんざりしたという経験は、誰にでもあるのではないだろうか。

一方、ブランド・マーケティングというのはコモディティー化から脱却しようという試みであり、そのためには価格以外の何らか選択軸を顧客に提示しなければならない。それは、例えば独自の機能やデザイン、あるいはきめ細かいアフターサービスなどさまざまである。実現可能性を脇に置いて考えれば、戦略アプローチの可能性は無数にあるし、それを生み出すために自社の強みや顧客のニーズ、あるいは最新のテクノロジーなどを元にさまざまな角度から検討・分析するのが、ブランド・マーケティング戦略を立案するうえでの醍醐味でもある。

マーケティング論の大家であるフィリップ・コトラー氏も、次のように述べている。

「マーケティングの技術はブランド構築の技術そのものである。もし、あなたが提供しているものがブランドでなければ、それはコモディティーにしかすぎない。そしてコモディティーの世界では価格こそがすべてであり、低コストの生産者が唯一の勝者となる」

あなた自身の企業の製品・サービスもコモディティー化してしまっていないかどうか、今一度振り返ってみてほしい。

三つの基本戦略アプローチ

ブランド・マーケティングの戦略アプローチは無数にあると述べたとおり、業種や企業によって戦略はさまざまである。とはいえ、戦略のエッセンスとしては共通する部分もあり、いくつかのパターンに分けることもできる。ここでは、筆者のコンサルティング実務の経験に基づき、三つの基本戦略アプローチをご紹介したい(図表‐1)。

image1_20160824
図表-1

戦略アプローチ①は、「新しい価値の創造」。それまで世の中にまったく存在していなかった機能や体験などの価値を自ら生み出すことである。具体的には、グーグル社によるウェブ検索エンジンや、アップル社によるスマートフォンの開発が、その代表的な事例である。いずれも、それまでの市場の構造や秩序を根本からひっくり返してしまう破壊的なイノベーションであったという意味で、いわゆる狭義のマーケティングの範疇に収まるものではないが、ブランド・マーケティングを突き詰めて考えれば、これこそが究極の形といえる。どちらかというとマーケティング力より技術開発力が重要となる場合も多いが、民泊の仲介サイトを運営するエアビーアンドビー社や、タクシーの配車アプリサービスのウーバー社などのように、ビジネスモデルの革新によって実現できる場合もある。

戦略アプローチ②は、「潜在的なニーズの発掘」。それまで自社も他社も気づいておらず、市場が注目してこなかったニーズを探り当て、それにフォーカスすることである。例えば朝専用の缶コーヒーやノンシリコンのシャンプーなどが挙げられる。缶コーヒーにはそれまで朝か夜かなどという選択軸は存在しなかったし、シャンプーにもシリコンかノンシリコンかなどという選択軸はかつて存在しなかった。いずれも、市場の新しい選択軸を提示したことでヒットにつながった事例である。

①「新しい価値の創造」との区別は必ずしも自明ではなく重なる部分も大きいが、製品・サービスをゼロから生み出すのか、既存のものを部分的に変えるだけなのか、というのがおおまかな違いである。また、成功の鍵が技術開発力というよりは、どちらかといえばマーケティングの巧拙にある点も特徴だ。

戦略アプローチ③は、「心理的価値による差別化」。製品・サービスの中身ではなく、印象やイメージなどの心理的な要素に基づいて顧客に選択してもらうというアプローチである。BtoCカテゴリーであれば、有名なタレントを起用したプロモーションや独自のデザインを用いることなどが挙げられる。ルイ・ヴィトンなどの高級ブランドが採用している戦略もこれに該当する。BtoBカテゴリーであっても、営業マンのキャラクターや信頼関係などが顧客にとっての選択軸となり、「別にどの会社から買ってもいいんだけど、○○さんがいうなら……」ということで契約に結びつくのはよくある話だ。ともに世界的な著名コンサルタントであるマイケル・トレーシー氏とフレッド・ウィアセーマ氏の共著『ナンバーワン企業の法則』では、製品力と業務オペレーション力に並ぶ戦略の方向性として「カスタマー・インティマシー」(顧客密着力)が挙げられているが、その意味するところは同じである。

社会課題の解決という新たな潮流

さらに、近年では新たな戦略アプローチとして、「社会課題の解決」が注目されている。すなわち、自社の製品・サービスを利用することが社会貢献にもつながる仕組みを構築し、それを顧客にとっての新しい選択軸として打ち出すものである。例えば、靴メーカーのトムス社の「One for One」という取り組みは、1足の靴が購入されるたびに、靴を必要としている発展途上国の子どもたちに新しい1足の靴が贈られるプログラムだ。靴を提供することで途上国の子どもたちの健康維持や通学を支援しているのである。社会貢献への関心が高く、このトムス社の理念に共感する層にとっては、「せっかく靴を買うのなら、世の中の役に立つ方を選択しよう」という具合に、この仕組み自体が選択軸となっているのだ。自分の行動が世の中の役に立っているという実感こそが、顧客にとっての価値となっている。

2011年(平成23年)に、競争戦略論の大家であるマイケル・ポーター氏がCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)と呼ばれるコンセプトを提唱し始めたこともあり、最近、企業からの注目も非常に高まっている。エンゲージメント・ファースト社の調査(「CSV Survey 2016」、図表‐2)によれば、生活者の62%が社会課題に取り組む企業の商品やサービスに購入意向を持ち、さらに48%が社会課題に取り組む企業の商品やサービスの購入経験があると回答している。今後、消費社会の成熟化に伴って、この傾向はさらに進むと考えられる。

image2_20160824
図表-2

この戦略アプローチを採用する際に、重要なポイントとなってくるのは顧客体験(カスタマーエクスペリエンス)の設計である。単純に寄付の仕組みだけを無味乾燥に伝えても、人の心は動かない。顧客が誰かの役に立っていると実感できるための仕掛けが不可欠なのである。前述のトムス社の例でも、店頭には靴を受け取った発展途上国の子どもたちの写真が飾られていたり、購入された靴が途上国の子どもたちに届くまでのプロセスを描いたドキュメンタリービデオが流されていたり、さまざまな工夫がなされている。このユニークな顧客体験こそが、その他のコモディティー商品群との決定的な差別化につながり、顧客にとって靴という商品の新しい選択軸になるのである。

中堅・中小企業のためのブランド・マーケティング戦略

社会課題の解決の仕組みをつくるというこのブランド・マーケティングの新しいアプローチは、大企業ではなく中堅・中小企業にこそぜひお勧めしたい。なぜなら、このアプローチであれば自社の経営資源が潤沢にない状況にあっても、他のステークホルダーをうまく巻き込むことによって実現できる道が切り開けるからである。自社が解決すべき社会課題をひとたび規定すれば、その社会課題に関心を持つ行政や企業、あるいはNPO・NGO団体などのステークホルダーが数多く存在することに気がつくはずだ。彼らのリソースをうまく活用する仕掛けを構築できれば、自社の経営資源の不足を補うことができる可能性がある。

さらに、社会課題という新たな視点が加わることにより、自然と視野が広がり、自社の存在意義や事業価値を根本から見直すという、ブランドの本質を追求する議論が活性化しやすいというメリットもある。

このアプローチを採用して革新的な戦略を生み出し、それを具体的なアクションプランにまで落とし込むのはもちろん簡単ではない。しかし、もしもそこまでたどり着くことができれば、規模にものをいわせてパワーマーケティングを仕掛けてくるような大企業とは、まったく次元の異なる独自のブランド・マーケティングを展開することができるはずだ。

※本コラムは、りそな銀行グループのりそな総合研究所株式会社(https://www2.rri.co.jp/index.html)発行の月刊情報誌『りそなーれ』(2016年8月号)に掲載された特集『中小企業にもできるブランド戦略(Part 1:ブランド・マーケティングの新潮流)』の内容を転載しております。