本連載コラムは、ビジネス情報サイト「日経BizGate」に、2015年6月から11月にかけてHAKUHODO DESIGNおよび博報堂コンサルティングが寄稿したものです。
連載第5回は、博報堂コンサルティング代表取締役社長 首藤 明敏による記事です。


国内市場の縮小と熾烈なグローバル競争の狭間にあって、私たちはどうすれば持続的な成長を実現できるのでしょうか? 本連載のまとめとして、これからの日本企業の経営の未来に、デザインやデザイン思考が果たす役割や今後の可能性について論じます。

 

■レンガ職人の話

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この話を、ご存知の方も多いのではないでしょうか? 同じ仕事をしていても、その目的や意味を理解しているのとそうでないのとでは、現場の人たちのやる気や誇りがまったく異なるという寓話です。

この10年、コンサルタントとして数多くの経営者と、直接お話をする機会がありました。その中で強く感じたのは、目の前の稼ぎに追われて、「なぜ、この仕事をするのか?」が曖昧になってしまっているという経営者の皆さんの強い焦燥感でした。「なぜ、この仕事をするのか?」を言い換えれば、「何を目指して仕事をするのか?」というビジョンという言葉に行きつきます。そして日々のオペレーションに追われて、それがなかなかうまく表せない、伝わらないというのが現状なのです。

『企業経営とは、未来に向けてこうありたいという姿、すなわち「ビジョン」を構想し、そのビジョンを形(アクション)として具現化し動かし続けていくことに他ならない。そして、「構想し形にする」というデザイン的思考が、これからの企業経営において重要な役割を担う』。これが本連載において、われわれが一貫して主張してきた事柄であり、多くの経営者の悩みにも答えるものであると感じています。

 
 

■ビジョンを構想する力

企業にとってビジョンとは、経営上の企てであり、ビジネスの構想です。そして、どんなに企画者の思いが強くても、一人では実現できない。ビジョンの大きさとは、その企て自体にどれだけ人を巻き込む力があるかに尽きるのではないでしょうか? 一緒に働く社員、取引先、株主、顧客、そしてそれらを包含した多くの生活者に共感してもらえるかどうかが極めて重要です。

そのためにはビジョンの構想の中に、経済性、社会性、文化性の三軸が含まれていなければなりません。経済性とは「得か、損か」、文化性とは「好きか、嫌いか」、社会性とは「良いか、悪いか」という人間の持つ本質的な評価軸に根差したものです。社会や時代の環境、その企業の成長段階、業界における地位などによって、三つの視点の重視点や優先順位は変わっていきます。しかしながら、三つの視点のど真ん中を鋭く射ぬいたものであれば、多くの生活者を巻き込む耐久性の高いビジョンになるはずです。

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一般的には、企業ビジョンというと、数字や言葉で発想し、表現するのが普通です。数字はもっとも論理的で、英語よりもわかりやすい世界共通のコミュニケーションツールです。数値目標は曖昧さを排除した極めて明確なゴールを私たちに与えてくれます。一方で、言葉の力は強烈です。経営者の強い言葉は言霊となって多くの人を動かします。しかしながら、数字や言葉だけでビジョンを発想するには限界があるのです。

ここで「面白くて眠れなくなる社会学」(私の場合は、面白すぎて一気に読み終え、ぐっすり眠ってしまいました)という本の中から、言葉の持つ本質を抜き出してみましょう。著者である社会学者の橋爪大三郎さんは言葉を以下のように表現しています。

 

言葉には意味がある。そして、言葉はモノを指し示す。でも言葉とモノは一体ではない。言葉は言うならば、デジタルな性質を持っているのに対して、モノはアナログな性質を持っている。例えば、「犬」と「イヌ」。われわれは、犬と猫は違うと思う。犬と狼は違うと思う。そして、すべての犬は犬だと思う。けれども、狼とシベリア犬、シベリア犬とチワワでは、むしろ狼とシベリア犬の方が似ている。すなわち、この世界がどうなっているかということとはある程度無関係に、「イヌ」と「イヌ」でないものの間に、線が引かれていて、その線の内側を「イヌ」としている。そして、「イヌ」という言葉ができた途端に、その線引きが自明のものとなってしまい、それ以外の考え方ができなくなる。そしてそれは、「イヌ」という言葉を使っている人びと全員を拘束してしまう。

 

このように言葉の意味やモノとの関係は、その社会の歴史の中である程度、恣意的に決まってきたものです。そして言葉は、デジタルな特性を持つがゆえに、今にはないモノを表現しようとすると、どうしても抜け落ちるところが出てきてしまいます。人は見えていないものは、達成できません。ビジョンとは単なる数値目標や言葉遊びではなく、鮮やかに視覚化された映像に近いものであるべきです。具体的で魅力的なイメージを持てば持つほど、夢に近づくことが可能になります。そして、魅力的なイメージを描くには、数字や言葉の持つ限界を補うデザインの力が極めて重要です。

冒頭のレンガ職人の話に戻ってみましょうか? レンガを積み上げる目的が教会だとわかっていても、サグラダファミリアみたいに凝った大教会を造るのと、一人の修道女が守るブドウ畑の一角にある小さな教会を造るのとでは、そのイメージは大きく異なります。まして世にない、まったく新しい事業を起こすとしたら、数字や言葉だけでは足りないのです。

 
 

■経営はデザインから何を学ぶべきか

この連載の第1回「あなたの経営にデザインはあるか」でも指摘したように、ビジョンは実際の企業活動において具現化され、実践されてはじめて意味を持ちます。ビジョンとは、事業と切り離されたものではなく、必ず企業活動における具体的なアクションにつながるものです。常に、「構想して形にする」という1つの連続した行為として実践していくという意識が重要です。

デザイン思考が注目されたきっかけは、米国のデザインファームであるIDEOが生み出した製品開発手法にあります。そこには、よい解決策はユーザーを中心とした試行錯誤からしか生まれないという明確な割り切りがありました。

慶応義塾大学の奥出直人教授は、デザイン思考を「フィールドワークと工作とコラボレーションを同時に行うことである」として、以下のように定義しています。

 

街に出て人を観察し、その経験をもとにアイデアを作る。何を作ればいいかを考えたら、すぐに実際に工作をして、簡単なプロトタイプを作る。そしてその有効性を人に使ってもらったりしながら確認して何度も作り直す。さらに、異分野の人たちが集まって作業をする。人間にとってよいことを実現するという意志を持って、その実現に必要な分野の人が複数でコラボレーションを行い、答えを得る。

 

そして、これは製品開発ということにとどまらず、企業のビジョン構築やイノベーションの推進においても、大きな示唆を与えてくれます。

経営者のみならず、事業企画者の多くは、オフィスの中で構想し、意思決定を行います。しかし社会を動かす新しい発想のヒントは、オフィスの中よりも、人々が生活する現場にあります。日々の業務で忙しい中、常に街に出て観察しろというのはなかなか無理な注文です。しかし、経営者といっても、休みの日には一生活者に戻るはずです。企業の経営を、乾いた数字だけで判断せず、生身の生活者の目線で構想を練る、判断を行うという意識が重要なのです。

そして、まずは形にすること。これこそが、デザインの力が生きるところであり、「構想して形にする」を連続して行う必要があります。需要予測やリサーチ、そして会議室での議論に時間をかけるよりも、粗削りでもいいから、まずは試作品=プロトタイプを作ってみようという発想です。机上の議論よりも、ビジョンに基づく試作と検証をスピーディに回すことで、逆に曖昧だった構想が固まっていきます。

さらに、コラボレーションが実現できるかどうか。単に複数部門をまたがった社内チームを作ったとしても、視野に広がりがなかったり、各部門の利益代表に留まっていてはだめです。社内だけでなく時には社外からも、多様な価値観を持った異分野の才能を集め、その協業を実現できた時、経営に一つのブレークスルーをもたらします。

一体感と統合性を持った魅力あるデザインを生み出すには、優れたデザイナーの高度な技と感性が必要です。しかしながら、デザインの専門家でない経営者であっても、デザインを一つの思考法として活用することで、創造性を生み出し、ビジョンの構想力と実現力を高めることが可能なのではないでしょうか。

 
 

■今、日本的経営に問われているもの

この連載でも、アップルの事例を数多くお手本として取り上げました。しかし、われわれが忘れてならないのは、スティーブ・ジョブスが手本としたのは、盛田昭夫氏であり、ソニーのウォークマンであったという事実でしょう。

戦後の荒廃の中からモノづくりを武器に、日本経済は大きな成長を果たしました。そして、その背後には、盛田昭夫氏をはじめとした様々なリーダーとその仲間たちの数多くの「プロジェクトX」があったのだと思います。1980年代にはその成功を受けて、日本的経営が世界的な注目を集めました。しかし、その後の米国の政策転換とグローバル化の波の中で、日本経済は失速し「失われた20年」という時を経て今に至っています。

そして、国内市場の縮小と熾烈なグローバル競争の狭間にあって、私たちは今後どうすれば持続的な成長を実現できるのでしょうか? 人口が縮小し、平均年齢が50歳を超えようとする国において、成り行きに沿った量的な成長はもはや困難です。かといって、ただ悲観したり、国内市場を捨てるのも間違いです。

 
 

■成熟社会を打破する強烈なビジョンとイノベーションを

個々の経営者に求められるのは、成熟社会を打破する強烈なビジョンを描き、それを具現化するイノベーションへの取り組みを積み重ね、質的な成長を果たすことなのではないでしょうか。

イノベーションとは、技術をただただ高度化していくことでも、まったく新しい物質を発明することでもありません。既存のローテクの意外な組み合わせの中から、破壊的なイノベーションは生まれています。イノベーションが生まれるかどうかは、技術の問題ではなく、経営の問題なのです。

そして、これからの日本が抱える社会的問題は、改善レベルで解決できるものではありません。そういった社会環境にあって、日常生活の中で多くの人が困っていることを観察し、常に生活者の目線で、工夫をこらし、新しい解決策を生み出していく。個々の技術ではなく、その意外な組み合わせの中から、わくわくするモノやサービスを作り出していく。それを単なる社会貢献で終わらせず、ビジネスとして利益が上がる仕組みに仕立て、持続可能なものにしていく。これこそが、社会性、文化性、経済性の三軸を満たしたイノベーションなのではないでしょうか。

そして、そういった取り組みは国内に留まるものではありません。課題先進国と言われる日本での社会的課題へのイノベーティブな解決策は、海外にも輸出可能です。そしてそれを、モノの生産といった量的な側面で終わらせず、日本の文化やおもてなしのサービスといったソフトとセットにすることで、より高い付加価値を取っていくことが可能なのです。さらに言えば、グローバル展開において、言語の壁を超えるためにも、日本文化がそもそも重視してきたビジュアルの力を活用するべきでしょう。

これからの社会課題を解決し、わくわくする未来を生み出すために。デザインやデザイン思考を経営レベルで活用することで、新時代の日本的経営の可能性が見えてくるのではないでしょうか。

(日経BizGate 2015年11月24日付掲載)

 

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