<第4回>経営はデザインそのものである(4) ― ビジョンを商品・サービスまで一貫させるデザイン

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本連載コラムは、ビジネス情報サイト「日経BizGate」に、2015年6月から11月にかけてHAKUHODO DESIGNおよび博報堂コンサルティングが寄稿したものです。
連載第4回は、西村啓太氏による記事です。


前回の「ビジョンをビジネスモデルにつなげるデザイン」では、会社のありたい未来像=ビジョンをビジネスモデルに落とし込む際にデザインという方法論を用いることで、①未来像を起点にすることで社内外の様々な要素を組み合わせることができる、②利益を生み出すツボを見いだせる、ということをご紹介しました。

今回は事業活動の中心となる商品・サービスを開発する際に、デザインという方法論がどのように役立つのかご紹介したいと思います。

  

■見た目だけのデザインでは差別化が難しい時代

 
様々な会社が、家電製品や家具など商品から、アプリや美容室など多種多様な商品・サービスを提供しており、それぞれに個別の色や形、使い勝手などいわゆる「見た目のデザイン」があります。それぞれの商品・サービスには会社ごとの狙いに基づいたデザインが備わり、一定水準の美しさ、カッコよさを備えた商品・サービスが世の中には多くあります。

それらの商品・サービスは、見た目のデザインの良さだけで売れているというわけではないようです。家電量販店や小売店に行くと、必ずしも見た目のデザインを重視した商品が多く並んでいるとは一概に言えません。販売の現場では、デザインが良い商品は、高額なことが多く、また個々人の趣味嗜好に左右され、限られたお客様にしか受け入れられないと考えられていることが背景にあります。

しかし、アップルのように「デザイン」が良いと言われていて、実際に売れている商品・サービスもあります。同じ「デザイン」でも、何が違うのでしょうか?

 

■「そもそも、必要なのか?」という問いから始まるデザイン

 
2015年4月にアップルは「アップルウォッチ」という腕時計型のデジタルデバイスを発表しました。その発表の際のコピーワードが「腕時計を再び創造する。」でした。腕時計という既に普及しているモノについて「なぜ、アップルが新しい腕時計を創る必要があるのか」考え、現代の暮らしに最も適した新しい腕時計を提供することを目指していたことがうかがえます。

これまでに発表されているアップルの商品・サービスでよく指摘されるのは、ジャンルとしては既にある商品・サービスがあるにもかかわらず、全く新しい商品に見えることです。iPodが発表される前からポータブル音楽再生デバイスはありましたし、iPhoneが発売される前からウェブ閲覧が可能な携帯電話はありました。

ただし、それらの商品やサービスのいずれもが、既にある商品では提供できていなかった使い方を提供し、結果として新しいライフスタイルを生み出しています。自社が掲げる暮らしの未来像が既にある商品で実現可能であれば、新たに開発する必要はありません。なぜ、自社が新しい商品・サービスを創ることが必要なのか考え抜くことから、その商品・サービスが備えるべき機能・特徴が際立つのではないでしょうか。

 

■行為をガイドする機能性と心地よさを両立させるデザイン

 
アップルの商品・サービスは、ユーザーが触れる全てのモノや画面内のインターフェースが、ユーザーの次にしたい行為をスムーズに行えるようガイドするという機能性を持っています。アップルの商品は説明書の内容がシンプルで薄いことが知られていますが、ボタンの配置から画面内の操作まで無駄な要素がなく、自分がやりたい行為を直感的に実現できるようにデザインされているという特徴があるのです。

一方で、単にシンプルな機能性だけに留まらず、一般的な経営判断では省略されてしまうような「人間にとっての心地よさ」を追究している点もアップルのデザインの特徴と言えます。例えば、iPhoneやiPadなどの本体の素材から曲面の角度まで人間が手に持ったときに、しっかりと手になじんで心地よさを感じるように設計されています。

また、画面もウェブ画面やメールなど画面の一番下まで行くと、それ以上スクロールしても反動とともに戻ってくるような挙動が設計されていて、直感的にそれ以上は下に行けないことが分かります。単に素材にお金をかけたり、機能を増やしたインターフェースにしたりするのではなく、ユーザーが使っていて心地よいと感じる点にこだわることで、持っていること自体が楽しい気持ちにさせてくれる商品・サービスとなるのではないでしょうか。

 

■顧客の体験を軸にした、全ての顧客接点のデザイン

 
商品・サービスに込められた心地よさは、モノそのものに留まらずデザインされています。1人の生活者が商品・サービスを知って、購入し、使うまでの全ての接点で共通したアップルらしい「体験を提供する」べく、デザインされているのです。

例えば、アップルのウェブサイトでiPadなど商品のスペックなどを調べ、実際にアップルストアで実物を手に取り、店頭スタッフからの説明を受けながら、そのインターフェースの使い心地やiTunesやアプリとの連携のスムーズさを確かめ、購入する。自宅でパッケージを開く際のそのゆったりとした開き方、シンプルで分かり易い説明書、電源を入れ実際に使い始める際のインターフェース、使い始めてからのアプリとの連動など、商品・サービスを知り、購入し、使い始める。これらの一連のプロセスでアップルの商品・サービスならではのシンプルで直感的な機能性と人間らしい心地よさとを一貫して体験することができます。

商品・サービスそのものだけでなく、アップルの商品を買うこと自体がアップルらしい買い物体験を提供することを狙って、”面”としての顧客接点を設計しています。顧客が感じる体験が連なっていくことで、アップルの商品・サービスの魅力が高まり、生活者からの共感が高まっていくと言えるのではないでしょうか。

 

■自社らしい顧客体験を全ての接点で提供し、ビジョンを具現化

 
自社のありたい未来像=ビジョンを描き、ビジネスモデルに落とし込んでも、最後には、生活者との接点となる具体的な商品・サービスが必要となります。そこでの商品・サービスが実際にビジョンを体現していて、かつ魅力的な体験を提供できなければ、生活者からの共感を得ることは難しいと言えます。

アップルの商品・サービスのデザインには、ビジョンを具現化するために次の3つの工夫があると考えられます。

(1) 「そもそも自社が新たに商品・サービスを開発することが必要なのか?」と問い、自社ならではの商品・サービスの特徴を定義すること

(2) 使い手の行為をガイドする機能性と人間にとっての心地よさを両立する形・色・導線などを両立し、持つこと・触れること自体が楽しいという体験=”質”を提供すること

(3) 顧客との全ての接点で一貫した体験を”面”として提供すること

生活者が商品・サービスを持つこと自体が楽しく、自分の生活に取り込んでみたいと感じるからこそ、実際に自社が描いた未来の暮らしが実現されていき、世の中における自社の存在意義も明確になると言えるのではないでしょうか(図1)。

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※図1:ビジョンを具現化する商品・サービスのデザインが目指す方向性

こうしたビジョンから一貫した商品・サービスのデザインは、デザイナーだけの仕事なのでしょうか。顧客に体験を提供するという観点では、事業を動かす多様な人々が関わるべきだと考えられます。

 

■デザイナーでなくても、提供したい体験は構想できる

 
ユーザーに自社のビジョンを伝え、共感してもらうには、どのような体験を提供するかを構想することが重要です。顧客が商品・サービスと触れる際、広告、ウェブサイト、店舗、パッケージ、ハードウェア、インターフェースなどぶつ切りで体験を感じるわけではありません。一連のプロセスとして体験を感じるからこそ、体験の一貫性は重要であり、多くの部署が連携して検討することが望まれます。最も重要な軸となる顧客体験を要件として取りまとめることはデザイナーでなくとも携わることができます。

重要な点は、今、世の中にある商品・サービスに何が欠けているのか、もっと欲しい特徴は何か、使っていて不便はないか、心地よさを感じることができるか、など1人の生活者として実際に感じることと自社がビジョンで提供したい暮らしと照らし合わせて、新たな商品・サービスで提供したい特徴や機能性、心地よさを取りまとめることです。

自分がお客様としての生活者になりきって、自社の商品・サービスにどのように出会うのか、その際にどのように感じてほしいのか、また共感してもらう上でどのような課題があるのか、使い勝手としての課題など、購入に至るまでのプロセスの上で列挙することで、必要な体験と、商品・サービスや顧客接点に必要な特徴が明らかになってきます。

こうした顧客化のプロセスにおける体験を検討する上では、実際に既存の商品・サービスを知り、購入し、使用する生活者の一連の行動を観察し、そのプロセス上で自社らしい体験を提供する上での課題や機会を発見することも有効な手法です。

 

■ビジョンが共感を得ることを検証するためのプロトタイピング

 
ある程度、顧客に提供したい体験を定義することができたら、概念のまま精緻化していくのではなく、試作品=プロトタイプを制作していくこと(プロトタイピング)が重要です。製品としての精度の高さを伴わなくとも、商品・サービス、顧客接点でのイメージが実際に目の前に現れることで、体験を提供する上で十分な特徴を備えているか、どこを精緻化するべきかが明らかになっていきます。この過程で、商品・サービスや顧客接点に関わるメンバー間で顧客に提供したい体験に関する共通認識が生まれ、精緻化するためのアイデアが触発されます。

次に、商品・サービスなどのデザインの精度が高まった時点で、実際に生活者に提示することで、1人の生活者が本当に思い描いていた体験ができるのか、その体験は自社のビジョンまで感じさせることができるのか検証することができます。単なる、機能や色、形の精緻化のためのプロトタイピングではなく、自社のビジョンが商品・サービスの体験を通じて伝わるかどうかを検証するためのプロトタイピングに位置付けることで、体験自体がビジョンを体現しているか、体験を提供する上で適切な特徴や機能性、心地よさを提供できているかを精緻化することができます。

このように、ビジョンに基づいて、生活者に提供するべき体験を構想し、体験を提供する商品・サービス、顧客接点のプロトタイプを制作し、お客様の共感を得られるかどうか検証をしていく過程を何度も繰り返すことで、商品・サービスの精度を高めていくことが重要だと考えられます。

本シリーズでは、第2回から本稿までを通じ、生活者からの共感を得るための自社が提供する未来像=ビジョンを描くだけではなく、それをビジネスモデルに落とし込み、さらに、生活者に共感してもらうべく、商品・サービスまで一貫して提供することを「デザイン」という方法論としてご紹介しました。このビジョン策定から商品・サービスまでの一連の活動を会社として実行することこそが、デザインを経営に活用することだと言えると考えています(図2)。

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※図2:デザインという方法論で一貫して検討する経営領域

次回は、現代の日本企業の経営課題を概観した上で、事業や経営にとって、デザインが果たす役割や今後の可能性について論じたいと思います。

(日経BizGate 2015年10月13日付掲載)
本コラムは、日経BizGateで連載された「経営はデザインそのものである」の内容を転載しております。

 

西村 啓太

論理と感性を合わせもった人材になるべく、The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂ブランドコンサルティングに入社後、ブランド戦略立案からブランドの確立までをデジタル領域で一貫するための子会社、株式会社博報堂ネットプリズムの立上げ・サービス開発に従事(2006年~2008年)。
また、経済産業省における政策立案を支援し、経済産業省製造産業局の「クール・ジャパン室」(現クリエイティブ産業課)立上げに携わる。
現在は、通信、製薬、金融、教育、住宅、アパレル、メディア、行政、非営利組織等の幅広い業界における、ブランドをテコにした全社成長戦略、新規事業戦略、マーケティング戦略の策定から実行支援に関するコンサルティングに従事。

 


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