<第3回>経営はデザインそのものである ― ビジョンをビジネスモデルにつなげるデザイン

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本連載コラムは、ビジネス情報サイト「日経BizGate」に、2015年6月から11月にかけてHAKUHODO DESIGNおよび博報堂コンサルティングが寄稿したものです。
連載第4回は、西村啓太氏による記事です。

前回の記事「『生活者』を起点に未来を描くデザイン」は、会社全体のビジョン、すなわち未来像を描く際に、デザインの考え方を導入することで、自社視点ではなく生活者を起点で描くことができ、社内外から支持を得やすくなるというアプローチをご紹介しました。

今回は、そのビジョンを事業活動の前提となるビジネスモデルに落とし込む際に、デザインという方法論がどのように役立つのかご紹介したいと思います。

   

■ビジネスモデルの重要性が高まる時代

 
ビジネスモデル、という言葉は様々なメディアでも頻繁に語られており、特に既存事業の再成長戦略、新規事業戦略など事業成長を目指す際に、語られることが多いようです。

事業成長を模索するのであれば、これまでは売り上げや出荷台数など「市場シェアの増減を重視する競争戦略」が有効でした。ただ、近年は新興国や異業種からの新規参入など、コスト構造の違う新たな競争相手が増加し、市場シェアの増加が必ずしも利益の増加に直接的に結びつかない状況が生まれています。

そうした市場の変化を受け、利益を創出するための工夫と恒常的に利益を得られるようにするための仕組み、その両方を満たす概念としてビジネスモデル=「利益を創出し続けるための仕組み」の重要性が高まっていると言えます。

   

■ビジネスモデル構築におけるデザインの役割

 
では、なぜ事業活動の基盤とも言うべきビジネスモデルにデザインという方法論が関わるのでしょうか?

ビジネスモデルは、会社の利益に直結するため、①どのような「価値」を顧客に提供し、②どのように対価を得るか、という2つの側面を融合させる必要があります。この価値を提供し、対価を得るというビジネスモデルのプロセス自体が、まさに会社が目指したい未来像に直結していると言えるでしょう(図1)。
 
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※図1:ビジネスモデルの構成要素とデザインが関わる範囲

利益の生み出し方は、すなわちどのような商品・サービスを通じて、どのような暮らしを生活者に提供し、支持を得るのかという観点で自社のビジョンにつながっています。ビジネスモデルを構築する際にも、その会社らしい利益の生み出し方でなければ、その会社が手掛ける意義はなく、ビジョンはビジネスモデル検討の前提とも言えるでしょう。

また、ビジネスモデルの構築には様々な要素を組み合わせなければなりません。自社の既存経営資源、社外のパートナー、商流、商品・サービスの特徴、および価格や原価など様々な要素の組み合わせで、利益を生み出すビジネスモデルが構築されるのです。

この様々な要素の組み合わせの最適解を求める際に、デザインという方法論が役立ちます。

  

■デザインで異なる要素につながりを見いだす

  
第1回の「あなたの経営にデザインはあるか」で紹介したように、デザインとは「構想して形にする」思考ですが、「構想する」際に異なる要素間につながりを見いだし、新たな可能性を生み出すこともデザインの力だと言えます。

米アップルの創業者である故スティーブ・ジョブズ氏は、「創造性とは単に物事を結びつけることです」と言っており、新たな可能性を生み出す際の異なる要素をつなぎ合わせることの重要性を示唆しています。(※)
(※)参考文献 ウォルター・アイザックソン『スティーブ・ジョブス』(井口耕二訳、講談社、2011年)

同時に、ビジネスモデルの構築には、当然ながら利益を得るための売り上げの最大化とコストの最小化がセットとなって検討されなければなりません。

利益を最大化する上で、色々なやり方が考えられますが、デザインという方法論では、個別のやり方の積み上げではなく、事業の本質をシンプルにとらえ、売り上げの最大化・コスト最小化を両立させる最もレバレッジが高まる点を模索します。

複雑な事業活動・要素をシンプルにとらえ、レバレッジ・ポイント(小さな力で大きな変化を起こす事業のツボ)を見出すこともデザインという方法論の特徴だと考えます。

もちろん、ビジネスモデルの構築に必要な要素については様々なビジネス書で語られています。ただ、そのビジネスモデルの検討・設計にあたっては、これまでに述べてきた下記2点においてデザインという方法論が有効だと考えられます。

(1)生活者に提供したい暮らし/未来像=提供価値を起点とし、様々な要素を組み合わせること
(2)売り上げ最大化・コスト最小化を検討する上で、様々な施策の積み上げではなく、事業をシンプルにとらえ、売り上げ最大化・コスト最小化を両立するレバレッジ・ポイントを見出すこと

では、デザインの方法論を用いてビジネスモデルを構築するとはどういうことか、商品・サービスの素晴らしさのみならず、革新的なビジネスモデルで成長してきたアップルの経営を事例として読み解いていきたいと思います。

 

■圧倒的な利益を生み出すアップル

  
最近、アップルの利益率の高さを示すニュースが報じられました。2015年1~3月期の世界の主要スマートフォンメーカー8社の総営業利益の92%をアップルが得たというニュースです(カナダの投資銀行調査)。(※)
(※)参考文献 ウォール・ストリート・ジャーナル紙(2015年7月13日)

また、2015年4~6月期のアップル全社の売上高は496億ドル(約6兆円)、純利益は107億ドル(約1.3兆円)と、純利益率は実に22%に達しました。売上高の構成では、iPhone、iPad、Mac、iPodなどハードウェアで88%を占め、高利益率ながら、依然としてメーカーです(図2)。

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※図2:アップルの事業別売り上げ構成比(2013年下半期)
出典:CBS Interactive

一般的に、メーカーとして純利益で22%の数値を達成することは極めて困難です。どのようなビジネスモデルの工夫があるのでしょうか? 大別すると、2つのビジネスモデル上の工夫があるようです。

アップルの躍進は、1997年にジョブズ氏が復帰して以降、2003年のiPod発売時から始まりました。当時、ソニーのウォークマンが携帯音楽プレーヤーとして市場に普及していた中、後発ながらiPodが発売されました。単なるオシャレな携帯音楽プレーヤーというだけであれば、世界中で普及するまでに至らなかったでしょう。

重要だった点はやはりiTunes Storeと連携し、それまでパソコンの中に録り貯めていた楽曲を簡単に同期・管理することができ、全楽曲を持ち歩いて楽しめ、また音楽配信サービスも楽しめるようになった点です。音楽を買い、管理し、屋外で聴くといった全ての行為が組み合わさることで、iPodが音楽を楽しむ上で欠かせないアイテムになったのです。

iPodの爆発的なヒットを基盤に、iPhoneではさらに異なる要素を組み合わせました。それまでは通話とネット閲覧端末として見られていたスマートフォンを、iPhoneではiPodで実現していた音楽だけでなく、写真、映像、ゲーム、電子書籍、アプリなど、生活全般を変える端末へと変化させたのです。

iPhoneでは、iTunes Storeに加え、アプリを楽しめるApp Storeや電子書籍を購入し楽しめるiBookStoreが融合し、Kindleなど単機能端末を超えようとしました。こうした進化により、生活者は次々に新しいコンテンツをネット経由で購入でき、単なる端末以上に楽しみ続けることができるようになったのです。

    

■生活者への提供価値を軸に領域を横断

 
こうしたハードとサービスの融合は、よく語られることではあります。しかし、ポイントは、初めはバラバラで違う領域にあったこれらの要素の組み合わせを発想することにあります。事後に見ると、それは当たり前のように感じてしまいますが、iPodやiPhoneの発売前に今の生活を予見できた人は少ないのではないでしょうか。

すでに世の中には多様な商品やサービス、技術があります。それらの異なる領域にある要素を横断して組み合わせるための起点は、生活者にどのような価値を提供するかを規定するビジョンにあります。

ジョブズ氏は創業時に「テクノロジーを介して何百万人もの人の生活を変える」という考えを掲げ、常に生活を変えることを意識していました。それは「デジタルライフスタイル」とも言うべき、デジタル機器が当たり前のように生活に浸透し、より楽しい暮らしだったのではないでしょうか。

生活を具体的にどのように変えたいのか、そのビジョンがあれば、様々な要素の組み合わせの可能性に気づくことがより容易になると言えます。

アップルのビジネスモデルにはもう1つ特徴があります。

    

■収益のレバレッジ・ポイントの明確化

  
もう1つのビジネスモデル上の特徴は、収益のレバレッジ・ポイントです。商品とサービスの融合を踏まえると、収益源としてiTunes StoreやApp Storeからの販売手数料収入が大きいのではないかと想像しがちです。
 
しかし、実際にはアップルの粗利益のうち、iPhoneとiPadの端末販売で全体の8割以上を得ている(2012年4~6月期)と言われています。(※)
(※)参考文献 週刊ダイヤモンド 2012/10/06

端末の利益率を高める工夫は、一般的なメーカーと異なり、自社の強みを生活者への価値につながる業務に特化した点にあります。具体的には、製品自体を生み出す背景となる企画、デザインなど設計、技術開発に専念し、自社では工場を持たず製品に必要な部品はすべて社外のパートナーから調達、生産も台湾の鴻海精密工業に外部委託しました。

自社が付加価値を生み出せる業務に特化し、生活者の暮らしを変えられる製品に特化することで、少品種・大量生産を実現。販売量が増えるほど規模の経済が利くため、iPhone5では原価率は約3割まで抑えられていると言われています。(※)
(※)参考文献 週刊ダイヤモンド 2012/10/06

こうして原価率を抑えつつ、端末の販売面では、アップルストアおよびアップルの提示条件に合意した家電量販店や携帯ショップなど販売面まで業務を垂直統合しています。生活者に価値を伝える直接の接点はアップルにとって非常に重要であり、費用をかけて店舗の世界観を作り込みつつ、同時に通常は利益率を低減させる流通マージンを自社で確保することにもつながっています。

また、特にiPhoneでは、生活者からのニーズが圧倒的に高いことから、有利なポジションで各国携帯キャリアと交渉。販売奨励金(一定期間の利用を前提にした端末値下げ)を携帯キャリアに負担させることで、利益を確保しつつ生活者への安価な価格を実現しています。

iPhoneが普及することで、AppStoreを通じてアプリビジネスの可能性も増大し、アプリ開発が増加。iPhoneで利用可能なアプリが増えることで、iPhoneの魅力が増すという好循環を実現していると言えます。

iTunesを通じた楽曲販売やApp Storeのアプリ販売は、あくまでも端末とセットで生活者の暮らしを変える付加価値の要素であり、収益源ではなかったのです(図3)。

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※図3:アップルの端末生産・販売のバリューチェーン

ここでのポイントは、生活者への価値提供につながる業務に資源を特化することが、売り上げの最大化とコストの最小化の両方につながっている点です。生活者への価値が何であるかビジョンとして規定していなければ、特化すべき業務も特定できず、商品・サービスの魅力が中途半端でコストも高いという事業構造を脱することはできません。

97年に復帰する前のジョブズ氏は、自社工場での生産を誇っており、常に最新設備で最新のパソコンを生産することにこだわっていました。最終的には、こうした生産へのこだわりは生活者への価値ではなく、むしろコスト高につながり、製品価格を下げられない阻害要因であることに気づいたのです。

これまでに俯瞰したアップルのビジネスモデルの特徴に基づいて、ビジネスモデル構築におけるデザインという方法論の効果をまとめたいと思います。

  

■ビジネスモデル構築の判断軸としてのデザイン

    
ビジネスモデルの検討・構築には、様々なアプローチがあります。いずれも、様々な事業活動の要素を組み合わせて利益を創出する仕組み、と言う点では同じだと言えるでしょう。

ただし、重要な点はその事業活動の要素の組み合わせ方の「質」を高める工夫にあります。ビジネスモデルの質を高めるための視点を伴わずにビジネスモデルを構築してしまうと、様々な事業活動の要素を組み合わせることはできたとしても、

(1)事業活動の要素が自社の都合で組み合わされており、生活者が対価を払いたいと思う提供価値が規定できていない
(2)売り上げを最大化する施策と、コストを最小化する施策に一貫性がなく、利益が最大化されていない

といった問題が発生しがちです。

デザインという方法論は、会社が目指す未来像=ビジョンを構想し、形にする思考法です。生活者を起点にビジョンを構想しているからこそ、そこには生活者にどのような暮らしを提供していきたいのか、という提供価値の視点が伴います。

この生活者への提供価値という軸をビジョンから一貫して固持するからこそ、生活者への価値実現という視点で領域を横断して多様な事業活動の要素を組み合わせることができ、また、自社の価値源泉となる業務に焦点を当て、売り上げを最大化しつつコストを最小化する事業構造が生まれるのです(図4)。

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※図4:ビジネスモデル構築の判断軸としてのデザイン

本稿では、デザインという方法論を導入し、会社のビジョンから一貫してビジネスモデルを構築する方法をご紹介しましたが、次回は、そのビジネスモデルからさらに具体的に商品・サービスへと形にしていく際のデザインの役割をご紹介していきたいと思います。

 
(日経BizGate 2015年8月27日付掲載)
本コラムは、日経BizGateで連載された「経営はデザインそのものである」の内容を転載しております。

 

西村 啓太

論理と感性を合わせもった人材になるべく、The University of York, M.Sc. in Environmental Economics and Environmental Management修了、およびCentral Saint Martins College, M.A. in Design Studies修了。
株式会社博報堂ブランドコンサルティングに入社後、ブランド戦略立案からブランドの確立までをデジタル領域で一貫するための子会社、株式会社博報堂ネットプリズムの立上げ・サービス開発に従事(2006年~2008年)。
また、経済産業省における政策立案を支援し、経済産業省製造産業局の「クール・ジャパン室」(現クリエイティブ産業課)立上げに携わる。
現在は、通信、製薬、金融、教育、住宅、アパレル、メディア、行政、非営利組織等の幅広い業界における、ブランドをテコにした全社成長戦略、新規事業戦略、マーケティング戦略の策定から実行支援に関するコンサルティングに従事。

 


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